092.偶然
「おはようアキオ」
「おはようございます」
朝、目を覚ますと同時に、言葉がステレオで耳に響いた。
「おはよう」
ベッドにうつぶせになって顔をアキオの左右の肩に乗せている、ユスラとピアノに挨拶を返す。
昨夜は、どういう経緯があったのか、このふたりが添い寝に来たらしい。
「さあ――」
体を起こそうとして、ふたりから腕を締め上げられ、足を巻き付けられて動かせないことに気づく。
まるで拘束術のようだが、腕には柔らかく暖かい胸があたり、足には熱い太腿が絡みついて、全体としてはナノ・マシンが喜ぶ状態となっている。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
そろそろ起きる時間だ。
アキオは再び身体を起こそうとした。
しかし、少女たちは、にこにこ笑って離そうとしない。
「ユスラ」
「はい」
「ピアノ」
「すみません。でも、もう少しこのままいさせてください」
「アキオは冷たいです」
ユスラが怒ったような声を出す。
「カマラともキイともマクスともユイノともヴァイユともミストラとも一緒に寝ているのに、わたしとピアノは、ずっと放置なのですから。嫌いです。大っ嫌い。いつも――」
ピアノが驚いたように目を見開き、自分を見つめているのに気づいて黙り込む。
頬はもちろん、耳たぶまで桜色に変わった。
そこには、街で見せていた、毅然とした王の表情は片鱗も無い。
「嘘です。ごめんなさい」
そういって、絡めた足をほどこうとして、
「あ」
アキオの力強い腕に抱きしめられ、つい声が出る。
「なんというか――すまないな」
「いいのです」
「すまないと思うなら――」
ピアノが腕を締め上げながら続ける。
「今度、街に連れて行ってくださいね」
「ピアノさま……いつのまにそんな技を――」
どうやって覚えたのか、ピアノの、おねだりのタイミングの戦術的うまさに、ユスラが舌をまく。
その後、ゆっくりと起床したアキオたちがメイン・ルームに入っていくと、テーブルでキイとシミュラが何やら真剣な表情で話し込んでいた。
「ほう、なるほど、色がな」
「一番はラピイだけど、ユイノもなかなかの色をしてるんだよ」
「つながった時も、その色というのは見えなかったぞ。アキオからは、その色とやらが分からないのだな」
うんうんとキイがうなずき、アキオに気づいて挨拶する。
「あ、主さま。おはよう」
「仲がよさそうだな」
「昨夜は一緒に寝たんだ。わたしは重いから、ナノ強化しないとだめだっていったんだけど、姫さまは大丈夫だって――おかげで、色々話せたよ」
「姫さまだらけで、誰のことかわからなくなるわね」
等身大のディスプレイに映ったミーナが笑う。
いつもの和装だ。
「ミーナは、コートを持っていないのか」
シミュラが尋ねる。
突然、質問されてAIはとまどうが、
「え、ええ、ないわね。必要ないし……」
「持てるとしたら、何色にする」
「考えたことがないわね。どうしてそんなこと聞くの――ああ、わかった。あなたのコートね。ジーナに来るまでに作っておくわ。色は黒紫色でいい?」
「おぬしは察しが良いな。たのんだぞ」
その後、手早く朝食をとったアキオたちは、出発の準備をしてジーナとの合流地点に向かった。
その車中、
「これか、これがイニシエーション前のWB、ドレキなのか」
研究室のデスクに置かれた2つの物体を見てアキオがつぶやく。
ユスラたちが、ドラッド・サンクから手に入れてきた物質だ。
「これは、ケースの破片だな。もともとは、どんな形をしていた」
アキオの問いにピアノが答える。
「男ひとりが、かろうじて持てる大きさの六角柱です。表面に複雑な模様が施してありました」
「これが全面に描かれていたんだな」
アキオは、破片らしきものの表面の模様を指さす。
「ミーナ、見えているな。この破片から元の形状を、推測復元してディスプレイに表示しろ」
「了解」
室内の壁のディスプレイに、まず破片そのものが表示される。
ついで、その破片を核として元の形が復元されていく。
「確かに、こんな形をしていました」
画像を見てユスラが言う。
「この複雑な模様の描かれた六角柱の中に、こっちの――」
そう言って、もう一つの回収物である濃緑色のドレキを示す。
「こいつが入っていたんだな。これも、どう入っていたか復元してくれ」
「わかったわ」
まず、入力されたドレキの画像の前後左右が復元され、それがケースの内部へ納まっていく。
「完了よ」
「これは……」
蜂の巣のような断面を持つケースの、それぞれのパーティションに収まる復元体を見てミーナが言う。
「ハニカム構造ね。そして、この外部の材質は、カルシウムと未知の元素が主成分」
「まるで――まるで」
カマラの上ずった声が響く。
「生き物の一部じゃな」
言ったのはシミュラだった。
研究室の入口に立って、ディスプレイを見つめている。
「懐かしいのう。ドレキではないか」
「知っているのか」
「被験者であったわたしには知らされなかったが、ルミナス・エラスを作り出すための実験で大量のドレキを使ったと聞いている」
「前からこの物体を知っていたのか」
「ああ、見たことはある、ぐらいだが」
「やはり、入手はドラッド・サンクからか」
「他にはないのでな。彼奴らにはさんざん足下を見られたらしいが……」
「すると、この、いかにも生物の器官の一部、あるいは生物が作った物体といったものの中に、多くのドレキがふくまれているこということね」
ミーナが言う。
「シミュラ」
「なんだ、カマラ」
「エストラは魔法を国の根幹としてきたわね。だから、他の国よりドレキやイニシエーションについての知識が深い」
「そうだな」
「なら教えて。ドレキというのはなに」
「ドラッド・サンクは固い組織だ。あやつらからは、どれほど長く親密に付きあっても情報が漏れることはない……が、エストラでは、人が決して口の端に登らせない言い伝えがあってな――」
シミュラは言葉を切り、
「その一つが、『かつて空から降りてきた鱗ある聖なる獣、ドラッド・グーンの死体からドレキは作られている』」
「ドラッド・グーン――」
「アキオ……」
「そんなはずはない。ないが……」
「ドラッド・グーン――ドラゴン……偶然の一致よね」
だが、アキオは固い表情のまま言う。
「俺は偶然の一致を信じない」