009.別離
カマラを連れ帰ってから一週間後の夜、アキオは少女に、明日から無くした大切な物を探す旅に出ること、カマラはミーナと残って学習を続けて欲しいことを告げた。
少女はうつむいたまま、黙ってそれを聞いている。
それまでに、アキオがミーナと交わす会話から、覚悟はできていたようだ。
「案外、あっさりと受け入れてくれて助かった。一緒に行くと言われたらどうしようかと思っていた。危険な旅に出るより、ここで学習を続けたほうが良いとわかっていたんだな」
カマラを、あてがった居室に引き取らせた後、アキオはミーナに言った。
「相変わらず、アキオは女心がわかってないのね」
「なんだ?」
「一緒に行きたいに決まってるじゃないの。でも、あなたを困らせたくないから必死で我慢しているのよ」
「利口な子だ」
「理性で分かっているのよ、一緒には行けないって」
「そうだな」
そう言って自室に戻るアキオの背に、ミーナは小さくつぶやいた。
「理性では分かってる。でも感情はね……」
その夜、カマラは夜遅くにアキオの部屋にやって来た。
いつものようにベッドにもぐりこみ、黙ったまま抱き着いてすぐに眠りに落ちる。
翌朝、アキオが目を覚ますと、すでに少女の姿はなかった。
「では、出かけるか」
戦闘と生活のための物資をフル装備したアキオはジーナの後部ハッチに立った。
「はい」
ディスプレイに表示される今日のミーナは袴姿だ。きりっとした表情をしている。
「カマラは?」
「昨夜にお別れしたから、今日はもういいそうよ」
「そうか……」
「気をつけてね、アキオ。この世界のウイッチクラフトには、まだまだ謎が多いから」
「ああ」
「でも大丈夫よね。向こうが魔法ならこっちには沙法があるんだから」
ミーナは、どうしても「沙法」を使いたいらしい。苦笑してアキオは手を振った。
「行ってくる」
巨大なバックパックを背負って、アキオはジーナのタラップを降りていく。
しばらく歩くと、背後からすごい勢いで雪を踏む音がして、ドカッと何かがぶつかった。
振り向くと、カマラが荷物にしがみついている。
「見送りに来てくれたのか」
さっとカマラが前へ回り込んでアキオに抱きついた。
「嫌だ!」
「どうした?」
「嫌だ嫌だ嫌だイヤダ!行ってほしくない。ずっと一緒にいて欲しい」
「カマラ……」
「行くならわたしを連れて行って。どこまでもついていくから。邪魔にならないから。役に立つから」
「カマラ」
「分かってる。今のわたしではアキオの役には立てない。言葉もまだまだ。カガクのこともわからない。分かってる。分かってるけど――」
カマラはさらにきつくアキオを抱きしめる。
「アキオと離れるのヤダ。ひとりで寝るのヤダ。ひとりでなんか寝られない。ひとりで寝たらきっと死ぬ」
アキオは天を仰いだ。
「人は独りで寝るものだよ。カマラ。長い間、君もそうだったろう」
「それはそうだけど――でも、ツガイ、夫婦はずっと一緒に寝ると読んだ」
「ずっとってことはないと思うが……」
それに、俺たちは夫婦じゃないし、という言葉は、さすがのアキオも地雷であると理解できたので、言わずに飲み込む。
アキオは、カマラの銀色の髪をやさしく撫でた。撫で続ける。
カマラの泣き声は、だんだんと小さくなり、やがてとまった。
「アキオ、わたし、賢くなる」
アキオを見上げてカマラは力強く言う。
「そうか」
「強くなる。アキオがどうしてもわたしと一緒に旅したいと思うくらいに」
「うん。がんばれ」
「だから、だから」
うつむいたカマラは、消え入るような声でつづけた。
「アキオが血をくれた時みたいにして」
一瞬、アキオはあっけにとられたが、すぐに理解した。
つまり、カマラは口づけを望んでいるのだ。
「いいよ」
あっさりとそう言って、アキオはカマラの顎を持ち上げ――彼女の額に口づけた。
「あ、あれ、それ違う」
「続きは、カマラがしっかり勉強して、大人になってからだな。おとなしく待っているんだよ」
不満げな表情のカマラの頭をくしゃくしゃとかき混ぜると、アキオは背を向けて歩き出した。
今度はカマラも追ってはこなかった。
ふりむくと少女はじっとこちらを見ている。
さらに歩いて振り返るとカマラはまだこちらを見ていた。
彼女の姿は、樹林に入って見えなくなるまでそのままだった。
「やれやれ……」
後部監視カメラでその様子を見ていたミーナは、ため息をついた。
「昨夜まで、行儀よく物分かりのいい態度をしていたから、いつか爆発すると思ったけどね……表向きは氷みたいに冷静な印象なのに、その中身は溶岩みたいにホットなんだから……その点はアキオに似てるわね。まあ、わたしもそうなんだけどさ――」