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088.脱出

 ピアノに続き、ふたりの少女は音を立てずに庭に降り立った。


 月の無い夜なので、あたりは暗闇に包まれている。

 三人は暗視機能を強化した。

 こういった個別の機能強化は、出発前に、カマラがリストバンドで行えるように改造してくれていいる。

 見渡すと、広い庭に見張りはいないようだった。

 門と玄関に、数名、歩哨がいるだけだ。


 薄暗い庭を、漆黒のコートに身を包んだ少女たちが、音を立てずに横切っていく。

 建物の前でピアノが立ち止まり、そのまま無音でジャンプし二階のバルコニーへ着地した。

 ユスラとキイもそれにならう。


 ピアノが室内に入る扉を開けようとするが、鍵がかかっていた。

 ポーチからピッキング(解錠)・ツールを取り出そうとする赤眼の少女を押しとどめて、キイがナノ・ナイフを取り出し、扉の鍵の部分を丸く切り裂いた。

 布でも切るかのように抵抗なく分厚い木製の扉は切断される。

 扉を開け、バルコニーから部屋に入った。

 そこは広い客間だった。

 かつては、応接室のように(ぜい)()らされていたのだろうが、今は、いたるところにほこりが積もり、無人の期間が長かったことを物語っている。


 そのまま廊下へ出ようとして、そこにも鍵がかかっていることに気づいたキイは、再びナイフを取り出した。

 ピアノがその手を押さえる。

 (ゆる)やかに首を振り、壊してばかりではダメです、との意思を示して、解錠ツールでたちまち鍵を開けた。


 そっと外に出る。

 二階の廊下は、吹き抜けになった大きな広間をぐるりと取り巻いていた。


 吹き抜けの天井からは、木が枝を広げたような形のほこりだらけの巨大な照明が吊り下げられている。

 それぞれの枝に取り付けられていたであろうメナム石はすべてなくなっていた。

 鈍い明かりが下からして天井に怪物のような照明の影を落としている。


「ドラッドの眠り深からんことを」

 階下から声がする。


 少女たちは、音をたてないように、身をかがめて廊下の端まで移動し、下をのぞき込んだ。

 部屋の中央では、奇妙な衣装と帽子をかぶった男たちが、向かいあって挨拶をしている。

 6名ずつ全員で12人いた。


「ドラッドの眠り深からんことを」

 挨拶をされた男が、同じ言葉を返している。


 ドラッドとは、ドラッド・サンクのドラッドだろうか。便宜上、ドラッド・サンクを魔法機関と呼んでいるが、それに当たる言葉は大陸にはなかったはず、とピアノは思う。

 彼女は、大陸の、ほぼすべての言葉が話せるのだ。


 ひと通り挨拶を終えると、男たちは小声になり本題に入ったようだ。

 少女たちは聴力強化を試みるが、さすがに遠すぎてよく聞こえない。

「……の、活動が、一時……」

「エストラの……が、いなくなったのは……」

「……ドラッドの復活……」

「我々の……夢が……ドレキを増産……」

 重要そうな単語の羅列が気になって、思わず、キイは手すりに強く体を押し付けてしまった。

 彼女は忘れていたのだ。

 自分の体重が一般女性の数倍あることを。

 メキ、と手すりが音を立てた。

「誰だ」

 鋭い声が響いて、キイは腰の(アイリス)に手を伸ばす。


 だが、男たちの注意は、階上ではなく、階下の一点に向いていた。

 足音が交錯し、激しい格闘の音が聞こえた。

 やがて、ひとりの大男が引きずられてくる。

「あれは……」

 声を発さずにキイが言う。

 そこにいたのは、傭兵ノラン・ジュードだった。


「姫さま」

 素早く部屋に戻った三人が小声で会話する。

「分かっています。あの者は、わたしたちの後を尾行()けていたのでしょう」

「普通なら絶対ついてこられないのに、変なところで有能なんだよ、あいつは」

「どうします」

「捨ておいて、撤退(てったい)します」

 当然のようにユスラが言い放つ。

「こんなことでアキオに迷惑はかけられません」

「わかりました」

 ピアノがバルコニーへ向かう。

「――ですが」

 まるで、黒髪の少女が、言葉を続けるのがわかっていたかのように、ピアノが振り返り戻ってくる。

「はい」

「あいつは、わたしが音を鳴らしたのを知って、わざと捕まったんだ――まったく、変なところで気の利く奴だよ」

 『変』を繰り返すキイの言葉にユスラは微笑みを浮かべ、

「アキオは、わたしたちが傷つくのを好みません。そして、このまま、ここを去ってしまえば、わたしたちの気持ちに傷が残ります。あの人はそれを望まないでしょう」

 そう言って、ユスラは表情をきりっと引き締めた。

「ピアノさま、キイ、もう一度、屋敷内外の戦力を確認してください。その情報をもとに最適な作戦を立てます」

「仰せのままに、姫さま」

 いうなり、最大限に身体強化をしたふたりは、消えるようにいなくなった。


 それを見てユスラは笑顔を浮かべる。

 本来なら、この程度の人数に作戦など必要はないのだ。

 彼女の予想では、彼我(ひが)の戦力差およそ520倍。

 敵を圧倒的に凌駕(りょうが)している。

 力任せに制圧すればよいだけだ。

 全員、殺してしまうのはたやすいが、それだと後々に禍根(かこん)を残すことになる。

 今後、さらに深く地下に潜られて探し出すのが困難になってしまうだろう。

 だから殺人はおかせない。

 また、自分たちの姿を見られるのも愚策(ぐさく)だ。

 正体不明の組織から追跡を受けたら、アキオに迷惑をかける。


 そのうえで、今回の場合、傭兵が、のちのち、謎の結社に狙われないように救い出さなければならない。


 そこが工夫のしどころだ。


 ユスラは再び廊下に戻った。

 身をひそめながら階下(かいか)の会話に耳を澄ます。


「お前は何者だ。こんなところで何をしている」

「お前たちこそ何者だ――俺は傭兵だ。このあたりが物騒だというんで、たまに見回りを頼まれてるんだ。さっき、この屋敷に明かりが見えたんで見に来たのさ」

 ノランが、少し呂律ろれつの回らない声で答える。

「……」

 男たちの声は聴き取りにくいが、明かりのことで仲間を叱責しっせきしているようだ。

 ユスラの顔に微笑みが浮かぶ。

 ノランが、彼女たちを追ってここまで来たのは確かだろうが、彼はそのことを一切口にしなかった。また、傭兵の直感で、相手が危険な手合いであることをすぐさま見抜いて、ここでの集まりに興味があったのではなく、単に明かりが見えたからやって来たと偶然を主張している。


「しかし、これでやりやすくなりました」

 ユスラがつぶやくと同時にキイとピアノが帰ってきた。

「建物の外に見張りはいません」

「屋敷内にいるのは、下に集まった12人だけです」

 再び部屋に戻ると二人が報告する。

「わかりました。それでは、作戦を伝えます……」



 男たちに囲まれて、ノランは唇をかんだ。

 少女たちを救うために、わざと音を立てたのだが、捕まってしまったのは計算外だ。

 まさか敵が毒針(どくばり)を使うとは思わなかったのだ。

 体力は回復しつつあるものの、今もしびれが続いている。

 ユスラたちを助けたことに後悔はない。

 また、彼女たちが、なぜ、このようないかがわしい連中の集会を探りに来たかにも、それほど興味はなかった。

 姫さまがそれを必要と考えたなら、それは正しいのだ。

 今回のことで、少しでも姫さまの役に立てたのなら、それが何よりの喜びだった。


 しかし……

 ノランは、男たちの奇妙な服装と(かぶ)り物を見、彼らの前に置かれた箱のようなものに目をやった。

 そのどれも、彼が見たことのないものだった。

 さて、どうやって抜け出したものか。

 ノランは考える。


 男たちの会話と、秘密めかした会合の様子から、彼を生きたまま逃がすことはなさそうだ。

 もちろん、ノランはこのまま死ぬつもりは毛頭ない。

 巨大な傭兵は、多くの修羅場をくぐって来た歴戦の戦士なのだ。

 常人の数倍の体力と、戦闘時の狡猾(こうかつ)さに絶大な自信がある。

 彼らの誤算は、ノランの力を人並みに考えていることだ。

 すでに、痺れはほぼなくなり、手足にも力が戻ってきつつある。

 ノランに匹敵するのは、あの素晴らしき好敵手であったマキイしかいないのだ。

 そのマキイも、ゴランとの戦いで死んでしまったが。


 キン、キン――

 頭上で音がして、ノランは天井を仰いだ。

 吊り下げられた巨大な明かりが、微妙に揺れている。

 さらに明かりから、ピキピキという不気味な音も響きだす。

 どう考えても、何かが壊れつつある音だ。

「おい、お前ら、上を見ろ」

 ノランの言葉で、男たち全員が一斉に天井を見る。

 パラパラと天井の破片らしきものが足元に降り注ぎ、男たちは後ろに飛び退しさった。

 その途端、部屋を覆うばかりに巨大な照明が落下してきた。

 悲鳴を上げて、男たちが逃げ出す。

 ノランも逃げようとするが、回復しつつあるとはいえ、万全の状態ではないので、うまく動けない。

 打撃は避けられないと考えたノランは、身体を丸め防御態勢をとった。

 首から下げたペンダントをしっかり握りしめる。

 凄まじい轟音(ごうおん)が響き、もうもうたるほこりが舞い上がった。


 しかし、ノランは衝撃も痛みも感じなかった。

 ふわふわとした感覚に目を開けると、目の前に金髪碧眼の美人の顔があった。

「あ、あんたは」

「立てるかい」

 少女が微笑む。

 それで気づいたのだが、なんと彼は、豪傑のほまれ高く比類(ひるい)なき傭兵であるはずのノラン・ジュードは、金髪の美少女に横抱きにされていたのだ。


「す、すまない、おろしてくれ」

「こっちこそすまないね。とっさのことだったから、失礼なことをしてしまった」

 そう言いながら、少女がそっと彼をおろした。

 ジュードが立ち上がると、彼女の黄金色の頭は彼の遥か下にある。

「いったい、どういうこと――」

 ノランの言葉が途切れる。


 美少女の後ろに、彼の王、あるじが立っていたからだ。


「無事ですか、ノラン」

「はい、おかげさまで傷一つありません」

 とっさに膝をついた彼の肩に、ユスラは軽く手を置いて言う。

「あなたには、礼と小言をいわねばなりません」

「はっ」

「さっきは、わたしたちの窮地(きゅうち)を救ってくれましたね。ありがとう。でも、わたしたちの後をつけたのはいけません」

「は、はい。しかし――」

「ユスラさま」

 置かれていた箱ごと、大きく陥没した床の下からピアノが現れた。

 何かの破片を手にしている。

「手に入れました」

 ユスラはうなずいた。

「まずは、この場所を出ましょう」

 そう言われて、ノランは、改めて男たち全員が床に倒れていることに気づいた。

「こいつらは」

「眠らせています。目覚めたら、照明が落ちた衝撃で失神したと思うでしょう」

「これを」

 ピアノが、捕まった時に取り上げられた彼の剣を渡してくれる。


「さあ、行こう、ギャンプシー(ちびすけ)

 キイが、ポンと彼の肩を叩いていう。

 身長差があるので、ほとんど伸びをしながらだが……

「あ、あんた、なぜその呼び名を、マキイしか知らないはずなのに」

「さあ、早く」

「ああ」

 大男の傭兵は、少女たちに続き、慌てて部屋を出て行くのだった

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