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085.告知

「アキオ、アキオ」

 リストバンドに向かってキイが呼びかけるが反応はない。

 食事が始まった頃から、アキオは返事をしなくなった。


「どうやら、わたしたちの声を聞こえなくしたようだね」

 傭兵が、ため息まじりに言う。

「では、こちらの音声も切っておきましょう」

 ユスラがリストバンドを操作する。


 場所は、シュテラ・ナマドの、エクハート邸の近くにある馬車停ばしゃどめだ。


 御者台への出口から頭を出したキイは、夜空を見上げて天気を確認した。

「どうやら晴れそうだね」

 今宵(こよい)は新月なので、月の光に邪魔されず、数多くの星が明るくまたたいている。

 彼女は、満天の星を見ながら、シュテラについてからのことを思い出していた。


 キイ、ユスラ、ピアノの三人は、この街に到着後、すぐにエクハートの屋敷におもむいた。


 そこでマクスの今後を相談し、その後すぐにラピイに馬車を引かせて、この馬車停ばしゃどめに移動したのだ。

 エクハート邸に滞在すると、何者かに襲撃をされたら迷惑をかけるし、なによりこちらから思い切った反撃もできないからだ。

 大市おおいちの終わったシュテラ馬車停ばしゃどめ閑散かんさんとしており、少々暴れても迷惑はかからない。


 マクスについては、おもにキイが話をした。

 エクハート卿は、彼女が銀の団のマキイであることを知らない。

 ただ、世継ぎ騒動の際に、息子のマクスの頼みを聞いて、エクハート家の冤罪(えんざい)を晴らすために尽力した流れ者の傭兵だと思っている。

 事件解決の鮮やかな活躍ぶりから、キイへの信頼は厚いと言えた。


 しかし、さすがに、いくら彼女が説得しても、伯爵は嫡男(ちゃくなん)であるマクスが家を出て、女性として生きていくことを認めようとはしなかった。


「もちろん、あの子が、男性としてではなく、女性として生きたがっているのは分かっていました」

 母のヤルミンがハンカチで目を押さえながら言う。

 濃緑色(のうりょくしょく)の髪の美しい女性だ

 マクスは、彼女に似たに違いない。

「親ですから――」

「いうな、あの子は嫡子(ちゃくし)なのだ。しかも優秀だ」

 エクハート卿はかたくなに言い張る。


 キイはユスラを見た。

 黒髪の少女は軽くうなずく。

「伯爵……これはできれば、今は、お知らせしないでおこうと思ったのですが……」

「何だ」

「救出の際、マクスは怪我をしたのです。命にかかわるようなものでありませんが」

「ええっ、あの子が怪我を、無事なのですか」

 ヤルミンが目を大きく見開いてキイを見つめる。

「もちろんです。しかし、その怪我の結果……残念ですが、彼は男性ではなくなりました」

「なんだと!」

「本当ですか」

「本当です。彼はもうエクハート家の世継ぎを作ることはできません」

 そう言って、キイは折りたたまれた紙を差し出した。

 ユスラの知恵で、あらかじめ、そのストーリーに沿って書かれたふみだ。

 数枚にわたって書かれた文面を、二人で回し読んだ夫婦は、がっくりと肩を落とす。

「そうだったのか」

「残念です」

「こうなってしまっては是非ぜひもない」

「あなた」

「家督は弟のエクサムに譲ることにする。マクスは、表面上病死ということに」

「ああ」

 ヤルミンが泣きだし、キイが駆け寄って肩を抱く。

 死亡扱いすることは、ふみでマクス自身が提案したことだ。

 彼女マクスを病気ということにして、弟に家督を譲ることも可能なはずだが、つい先日、跡目(あとめ)争いで血を流したエクハート家が、未来に禍根かこんを残さない方法を取るのは仕方がないだろう。


「ちょっと複雑な気持ちだよ。嘘をついたみたいで」

 屋敷を出て、馬車停ばしゃどめへ向かう道すがら、キイはピアノに言う。

「気にする必要はありません。マクスが、男として子供をつくることができなくなったのは事実なのですから」

 ユスラが応えた。

「確かに。女性として産むことはできるのですが……」

 ピアノが続ける。

「また、それを彼女は望んでいるでしょう。愛するひとの子供を産むことを」

「まあ」

 ユスラは、花のように可憐に笑う。

「それは、わたしたち皆が望んでいることでしょうね」

「こ、こ、子供って、誰の」

「何をとぼけているの、キイ。決まっているではありませんか」

「そ、そうだね。でも、そんなこと考えたことがなかったから」

「確かに、彼もまったく考えていないでしょうね。それが問題です」


「キイ」

 ユスラに呼ばれて、我に返った少女は車内に戻った。

「アキオが、わたしたちよりシミュラさまを優先させるのは仕方がありません」

「いまは、アキオも身体が変わったばかりのシミュラさまに集中するほうがよいでしょう」

 ピアノがお茶の入ったカップを手渡す。

「さすがに、姫さまたちは余裕の態度だね」

「あなたも、姿が変わったばかりの時は、アキオにそばにいてほしかったでしょう」

「あ、ああ、そうだ。そうだったね」

 ピアノに指摘され、キイは過去の自分を思い出す。


「そろそろ夕食にしませんか」

 お茶を飲みほして、ユスラが微笑んだ。

「今日は何になさいますか、姫さま」

 ピアノが食事の用意をしようと立ち上がるのを、ユスラが止める。

「お待ちください、ピアノさま。今夜は、この街のバルトで食べませんか」

「そうですね」

「しばらく、自炊が続いていたから、それもいいね」

 ユスラの提案にふたりが同意する。

義兄あにや西の国に襲われるもしれませんが――」

「この街にある()()では歯が立たないでしょう」

「姫さまったら……」

「的確な評価ですね。ユスラさま」

 キイの言葉にピアノが微笑む。

 元傭兵は、彼女には普通に話しかけるのに、ユスラに対しては、元女公爵(パドリエ)という身分が気になるのか、どうしても距離を置いた話し方になるのだ。


「この街はキイの生まれ育った場所ですね。通好(つうごの)みの店も知っているのではないですか」

「お姫さまが、通好(つうごの)み、だなんて……」

「だから、わたしは、ただのユスラですと――」

「わかりました。お連れしましょう。荒くれた傭兵が集う、いかがわしい店へ」

「いかがわしい!」

 ユスラがうるわしい声で叫ぶ。

「キイ、あまり低級な店は……あなたもユスラさまも非常に美しいということを忘れてはいけませんよ。騒動のもとになります」

「あんたもだよ、ピアノ。よし、だったら、そこそこ上品な店に行こうじゃないか」

 3人は、ラピイに挨拶をして馬車を後にした。

 馬車停ばしゃどめの出入り口を右に折れ、路地を抜け目抜き通りに出た。


 まだ、それほど遅い時間ではないためか、通りには人があふれている。

 男女連れだって歩くものや、子供連れも多かった。

 ところどころに埋め込まれたメナム石が、幻想的に通りを照らし出している。

「美しいですね。キイ」

「自慢できるものの少ない街ですが、通りの美しさと、()()がナマドに住まう者の誇りですね」

 そういって、通りの先に建つ像を指さす。


 目抜き通りには、ある程度の距離を置いて、各時代を代表する巨大な英雄の象が建てられていて、多くのメナム石できらびやかにライトアップされているのだ。

「ああ、そうですね」

 気のない返事を返すユスラに、キイが意気込んで言う。

「もっと感動してください。姫さまのご先祖さまも、たくさんおられるはずです」

「だから、つまらないのです。彼らは英雄などではありません。英雄は、この世に一人しかいませんから」

「ああ」

 キイとピアノが同時にうなずいた。


「さあ、ここです」

 キイが案内したのは、目抜き通りから少し離れた場所に建つバルトだった。

 銀月亭ぎんづきていという看板が掛かっている。

 薄汚れた感じはなく、しゃれた造りの店だ。


 短い石段を上がると、入口から中が見える。

 広い店内には、明らかに傭兵と思われる客が多数いた。

 扉を通るなり、喧噪けんそうが、どっと少女たちに襲いかかる。


 客たちは、各グループごとに木製の丸テーブルについて酒をみ交わしていた。


 もちろん、店員が空いたテーブルに案内してくれるような店ではない。


 ピアノが素早く人混みをって店の中央に移動し、帰っていく客の席を確保する。


「ありがとうございます。ピアノさま」

 席につきながら、ユスラとキイが礼を言う、

「さてと」

 キイは、テーブルに置きっぱなしのメニューを手にした。

「この店の売りは――」

 そういって説明を始めるキイを制して、ユスラは、すべて任せるといった。

 ピアノも同意する。


「おまかせください」

 キイは指笛を吹いて店員を呼び、矢継ぎ早に料理と酒を注文した。

「まあ、ナノ・マシンが身体にいる限り、酒には酔えないんだけどね」


 すぐに酒がやって来る。

「ヴォンですね。懐かしい」

 ユスラが言い、

「そうですね。王都やミルドでもよく飲まれています」

 ピアノが応える。

「では、飲みましょう――シュテラに」

「ミーナに」

「アキオに」


「しかし、()()の事件、背後に()()()がいたというのが驚きです」

 酒を飲みつつキイが言った。

「いいえ、()()()は以前からおかしかったので、関係していなかったとしたら、その方が怪しかったことでしょう」

 ユスラがグラスから唇を離して言う。

「便利で変わった道具と引き換えに、金属を欲しがるのも妙な感じですね」

「いずれにせよ、あの国はアキオの敵となりました」

「キューブを奪った国と、あの国のどちらを先に相手するんだろう」

「それは、あの人に任せましょう」


 料理が運ばれてきて、その会話はそこまでとなった。

「では、いただきましょう」

 3人は、ユスラの言葉で食事を始める。


 この街をよく知るキイが連れてくるだけのことはあって、料理の味は悪くなかった。

「暖かい食事は本当においしいですね」

「姫さま――」

あるじさまも連れてきたいけど……」

「アキオは、味を楽しむために食事はしません」

「そうですね。早くアキオも料理を楽しむようになって欲しいです」

「その通りです」

「そういえば――」

 ちょうどキイが話し始めた時、

「これはこれは――こんな店にはもったいない美形ぞろいじゃないか」

 突然、男の胴間声どうまごえが店内に響き渡った。

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