084.露見
『アキオ、いい?』
シミュラがぐっすり眠りこんだ頃、ミーナが話しかけてきた。
「大丈夫だ」
アキオは、少女の髪を撫でながら応える。
『現段階でのシミュラの状態と新しく手に入った情報を共有しておきたいの』
「続けてくれ」
『まず、シミュラの状態だけど――』
そう言って、ミーナはいくつかのバイタル数値を羅列する。
「悪くないな」
『ええ。検査機やナノ・マシンを使えない、バングルの簡易センサーによる数値だけど、それほど間違っていないと思うわ』
「そうだな」
アキオはつぶやき、思いついて尋ねる。
「カマラたちは」
『お風呂に入れて寝かせたわ。今日の彼女たちの働きはすごかったのよ。明日、必ず褒めてね』
「よく半日たらずで、シミュラをここまで仕上げたな」
『そのことも話したかったの。あれはね、ふたりが考え出した、まったく新しい方法、コクーンによる感覚フィードバック法(SFMC)のおかげなのよ』
「内容は」
『まず、食道や声帯内で小さくコクーンを展開するの。次にコンピュータで理想の動きをシミュレートしてコクーンを動かし――』
「そうか」
アキオが言う。
『そうなの。その感覚に一致するように身体を運動させ、理想値からどの程度ずれたかをフィードバックして修正させる』
「うまいやりかただ」
『ものを飲み込む嚥下動作と、発声練習にはすごく有効だったわ』
「なるほど」
彼が感心する。
SFMCは、肉体に正しい動作を覚えこませる、という生物が苦手な行為を、コクーンを使って素早く学習させる方法なのだ。
「戦闘の運動学習にも応用できるな」
『そう、コクーンで全身を包んで動かし、理想の動きを身体に覚えこませて、実際の動きとどのくらいズレがあるかを指摘する、なんてこともできるわ。短距離走や競泳の練習には有効でしょうね』
「そうか」
アキオは突然興味をなくした声音になる。
『あいかわらずスポーツには興味がないのね』
ミーナが笑う。
「だが、ナノ・コクーンを動かす、という発想はなかったな。カマラもマクスもよく思いついた」
アキオは微笑み、
「さすがに、強度とパワーから、コクーンをヒト型にして作業させるのは無理だろうな」
『巨大なゴーレムを作って、重機がわりに岩を動かすことはできないわね』
「ああ」
「重さで考えたって、土のゴーレムじゃなくて、サンクス・ギビングデーの風船人形だもの』
ミーナの軽口にとりあわず、アキオが言う。
「皮膚の色や髪の毛の再現性も高いな」
『あれは、バングルの熱センサーを使ったミレッド・フィードバック法の成果よ』
「ミレッド――逆色温度を使ったのか」
『そうよ、知ってのとおり、色温度は――』
アキオはミーナの説明を遮った。
「今はいい。明日にはジーナに戻るつもりだ。その話は帰ったら詳しく聞く」
『わかったわ』
「それ以外の報告は?」
『まずは、ミストラね』
「頼む」
『外交筋からの情報よ』
そう言って、ミーナは要領よく話し始める。
もう各国に、アルドスの魔女が討ち取られた話は伝わっているらしい。
半月前、エストラ王国と西の国は、かねてより重ねていた交渉の末、宝物と交換に物資援助と新たな貿易条約の締結をすることとなった。
しかし、長年にわたって、エストラ王国に仇なす魔女により、運搬中の宝物が奪われてしまった。
そのことを知ったエストラ王シャルラは、1万2千の軍勢を率いて、ついに怪物を討ち取ったのだった。
奪われた宝物は見つからなかったが、西の国は、キャラバンを編成したのが自国であり、魔女に奪われた落ち度も当方にあると言って、契約は履行すると宣言し、大いに世間の評価を上げているとのことだった。
『というシナリオね』
「そうだな」
『別な情報では、討伐から帰った王は、すぐ病に倒れ、いまだ床についたままだというけど……昼間の男の話と合わせて考えると、そっちの方が信憑性があるわね』
「少なくとも、シミュラは宝物に興味がないし奪ってもいない」
『キューブは、別動隊が無事に西の国へと運び込んだのね』
「なぜキューブを欲しがる」
『それも調べないといけないわね』
「心労で倒れたエストラ王か――」
『アキオ、あなた、シミュラを王に会わせようと考えているでしょう』
「自分を想ってくれる存在は、生きる力になる、といわれたことがある」
『彼女ね』
ミーナの言葉にアキオは取り合わず、
「シミュラも、その存在を知る必要がある」
眠り続ける魔女の頬に指を触れる。
「他には」
『次はユスラたちからの情報よ』
ピアノの義兄メルヴィルが探り出した情報によると、伝承官サリルの狙いは、やはりアキオの殺害だったらしい。
そして、彼を操っていたのはニューメア王国だった。
メルヴィルたちは、まず、残った伝承官たちを、片っ端から捕まえて尋問した。
権力に胡坐をかく者たちは暴力に弱い。たちまち、サリルが何を企んでいたのかが露見する。
次に、彼は西の国の使者を捕まえて拷問した。
その男の話によると、ニューメアが先に接触したから、その理由と内容を知ろうとしてサリルに近づいたのだという。
近年、両国間には微妙な緊張感があり、西の国はニューメアのすることを、すべて把握しようとしているのだという。
「やはり、ニューメアか」
『初めから疑っていたのね』
「わからない、だが――」
『そうね。人間爆弾の手術といい、小型で強力な体内爆弾といい、劣化ウラニウム片といい……』
「ああ、地球の科学の匂いがする。噂に聞く西の国は、よくも悪くもこの世界の範疇だ。だが、ニューメアは――違う」
『見たことのない発明と交換に、大量の金属を欲しがっている、というのも怪しいわね。アキオは、北極上空で見た輸送機が、この世界のニューメアにたどり着いたと考えているの』
「まだ、可能性だ」
アキオは言い、
「だが、低い可能性ではないな」
「うう、ん」
シミュラが身動きした。
アキオの声が大きかったのかもしれない。
彼は、もう一度少女の身体をコートで包みなおして、軽く抱きしめてやる。
シミュラは、穏やかな表情になって再び眠りに落ちていった。