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075.荒野

「アルドスなら、ここから約70キロだな」

『中途半端な距離ね』

 ミーナが言う。

 日没の時間が過ぎて、あたりは薄闇に包まれ始めている。

「もう少し行けば街道に当たるだろう」

 アキオは上り始めた月を見る。

「雲が途切れて月が顔を出している。とりあえず暗視を強化をし、このまま街道へ出てアルドスまで行ってみる」

『わかったわ。無理はしないで』


 アキオは再び走り始める。

 やがて樹林が切れ、道に行き当たった。

 これが街道だろう。

 かなり幅広はばひろの道路で、ケルビの馬車が行き違えるほどだ。

 日没後の山道に人影はない。

 アキオはパルナ山脈に向かって左に進む。


 道が徐々に急勾配きゅうこうばいになる。


 立ち止まって、地図を確認した。

 街道はパルナ山脈のダルネ山を越えていくらしい。

 山頂を超えるとエストラ王国で、その先にアルドス荒野が広がっている。


 ナノ強化した体には、通常の坂道など何でもない。

 アキオは凄まじい速さで山道をかけていく。

 登るにつれ、樹々は少なくなり、苔も消えた。

 さすがに高山だけあって気温は下がるが、雪が積もるほどではないようだ。

 さらに坂が急になると、九十九折つづらおりの山道がはじまる。

 右に左に折り返す道に沿って走るのは時間の無駄だし、面倒なので、筋力にものを言わせて近道ショートカットし直進した。


 しばらく走ると、前方に明かりが見える。

 こんな辺境の山奥でも、国境だけに関所があるらしい。

 粗末な小屋と頑丈そうな木で作られたゲートが対照的だ。

 外部に人の姿は見えない。

 おそらく中で暖をとっているのだろう。

 人が近づくと、小屋から出てきて応対するのだ。


 もちろん、アキオは関所など通りはしない。

 ゲートを大きく迂回すると、かなり急な崖を、エストラ側に滑り降りる。

 落下する途中、巨大な猫のような生物と行き会うが、相手は突然の来訪者に驚いて飛び上がると風のように走り去った。

 あれが噂のアルドなのだろう。


 崖下につくと、思いついてアキオは、カマラから受け取った赤いカプセルをポーチから取り出した。

 横に着いたボタンを押して起動させ、アーム・バンドを見る。

 このあたりは意外なほどPS濃度が濃いようだ。

 魔獣が多いかもしれないので、今後注意する。

 さらに、アーム・バンドで地図を確認し、街道に戻っていく。

 少し崖を登らなければならなかったが、すぐに広い道に出た。


 そのまま、エストラ方面へ向けて走る。

 登りと同様の九十九折(つづらお)りの山道を近道(ショートカット)して、ダルネ山を下っていくと、道の左右に植物が戻ってきた。

 しかし、今度は完全にサンクトレイカとは違う植生しょくせいだ。

 温度も高度も変わらないのに、異常なほど2つの国の植物分布は違う。

 おそらく何か理由があるのだろう。PS濃度が関係しているかもしれない。


 アキオは立ち止まって、月明かりに浮かぶ、サンクトレイカでは目にしない奇妙な形の植物を見渡した。

 道の片側の岩壁は、びっしりと(こけ)むしている。

「ミーナ」

 アキオが声をかける。

『見てるわ』

 ライフルの銃身につけた可動カメラで、彼女(AI)はアキオと同じものを見ているのだ。


 これは、今回初めて利用する装備だ。

 実のところ、ほとんど強制的にカマラに持たされたのだが。


「記録は」

『してるわよ。あとで分析しましょう。それと、いくつかサンプルを持って帰って欲しいんだけど』

「了解だ」

『でも、夜とはいえ主要街道なのに、まったく人影がないのは不思議ね』

『それがエストラなのです』

「起きていたのか、ユスラ」

『まだ時間は早いですよ。それに、ミーナが持たせてくれた鏡型ディスプレイでアキオの見ているものが見えるのは面白いです』

 そういって、ふふっと笑い。

『さっき、アキオが崖を降りてアルドと鉢合わせした時は、わたしだけが飛び上がってしまいました』

『驚く暇がなかったのですよ。姫さま』

『危ないことするよねぇ。毎度だけど』

 ピアノとキイの声が聞こえる。

『アルドは初めてみましたが、凶暴そうな魔獣ですね』

「ちゃんと寝たか、カマラ」

『はい、先ほど目を覚まして、三人でおフロに入って熱量補給をしてきました』

「そうか」

 地図を確認すると、アキオは再び走り始める。


 やがて、進行方向右手に、広大な荒野が見え始めた。

 月明かりに照らされる大地は、他とは違って苔が無く、地面がむき出しになっている。

 これがアルドス荒野らしい。

 アキオは立ち止まって眺める。

「ユスラ」

『はい』

「話では、このあたりでキャラバンが魔女に襲われたんだな」

『街道を行くキャラバンを突然襲った魔女は、隊員1人とキューブを奪って荒野へ帰っていったそうです』

「人間を狙って襲うのか」

『はい、ですが、おそらく連れ去られた者も数日で返されてくるはずです』

『ひどいです』

 ヴァイユの声だ。

『きっと、もて遊ぶのですよ。悪魔ですね』

『いや魔女だよ』

『今回連れ去られたのは男性ですよ。そして、魔女の扱いはそうひどくもないのです。あなたも聞いたことがあるでしょう。ヴァイユ』

『噂はね。でも本当とは思えない』

「どういうことだ」

『連れ去られたものは、ほとんどの場合、数日後に大した被害もなく戻されてきます。ただ誘拐されていた期間のことは、ぼんやりしてよく覚えていないのです』

「魔女は何をしたいんだ」

『わかりません。ただ、そのように普段は目立った実害もないので放置されているのですが、今回は、さすがに国同士でやりとりする重要な物品が奪われたので、エストラ王国も動かざるをえないでしょう』

「もう少し教えてくれ。その魔女には知性があるのか」

『正確なところはわかりませんが、ある、といわれています』

「魔女、と呼ばれているのは女だからか」

『そういえば、地球では男も魔女ね』

『申し訳ありませんが、それもわかりません。ただ、昔から、アルドスの荒野には魔女が住む、とされているのです』

「調べてみるしかないな」

 そう言って、アキオは荒野を見る。


 広い荒野には月光が降り注ぎ、青白い光に岩が鈍く光り、あちらこちらに、その陰ができている。


「とりあえず、行ってみる」

『夜明けを待たないのですか』

 ユスラが叫ぶように言う。

怪物モンスターは夜出るものだ」

 そういって、アキオは荒野を走り始める。


 アイギスの捜査マップには、遠すぎたためか、はっきりとはしないが、荒野の北の果てに何か建物のようなものがあった。

 そこを目指す。

 

 走り始めて、アキオは、アルドス荒野に普通でない気配を感じ始めた。

 その気配は北上するにつれて強くなる。


 アキオは立ち止まって、赤いカプセルを取り出し、PS濃度を測った。

『何なのこれは!』

 ミーナが叫ぶ。

『アキオ、そこはおかしい。PS濃度が通常の800倍以上ある』

「カマラ、通常の人間に影響は?」

『おそらくはないはずです。でも、お願いですからPSPは使用しないでくださいね』

「そうだな」

 周囲のPSを光に変えて消費するPSPの使用は、可燃性ガスが充満する部屋で、ライターを使うようなものだ。

『魔獣はいませんか』

「まったく見かけないな」

『PS濃度が濃すぎて、入り込めないのだと思います』

「わかった」

 アキオは再び走り出す。


「ここへ、君やヴァイユが来たらどうなる?」

『おそらく魔法を使用したら暴走するでしょう。PSが強すぎます』

「そうか――まて」

 言葉を続けようとしたアキオは、岩陰に不審な影を見つける。

「人が倒れている」

 近づくと、それは傭兵だった。

「おい」

 声をかけると、身体を起こそうと身動きするが、すぐに倒れる。

「生きているようだな」

 アキオは近づいて傭兵を抱き起こした。

 その動きで、傭兵の兜が地面に落ちて豊かな金髪が滝のように流れ出た。

 傭兵は女性だった。

『やっぱり』

 インナーフォンに少女たちの声が響く。

「うう」

 女傭兵がうめく。

「どうした」

「身体が燃えるように熱い、苦しい」

「カマラ」

『おそらく、その女性は魔法使いで、強化魔法ザグレフを使ったのだと思います』

 アキオはうなずく。

 魔法が暴走しているのだ。

強化魔法ザグレフを使っているな」

 アキオ尋ねると、女性はガクガクとうなずく。

 かなり状態が悪そうだ。

「魔法を解除しろ」

「し、した……で、でもダメ……」

「カマラ」

『カプセルを彼女の体の上に置き、アーム・バンドを使って、コクーンで体を包むように指示してください』

「パラメータは」

『ゼロ距離、大気透過、PS透過率10、モード透明(トランスペアレント)、柔軟度95』

 数値を撃ち込み、アキオはコクーンを起動した。

 パシュッと破裂音がする。

 見た目は変わらないが、透明で柔らかな膜が女性を包んだのだ。

 しばらくすると、女性の呼吸が目に見えて落ち着いた。

 体を起こす。

「ありがとう、助かったよ」

『やっぱり、美人だ』

 ユイノの声がうるさい。

 大柄で、少し男っぽい印象はあるが、整った顔立ちをしている。

 見た目はアキオと同じぐらいの年齢だ。

『なんだか、もともとのキイに似ている人だね』

『なんだ、あんた美人だったんだ』

『いやいや、こんなきれいじゃないよ』

 耳元でうるさく騒ぐ少女たちの会話を無視して、アキオは尋ねる。

「なぜ、こんなところへ」

「わたしの相棒が魔女にさらわれたんだ」

「そうか」

「あなたは」

「俺は――」

 アキオはしばらく考え、

「魔女を見に来た」

『アキオ!』

『もう少し、信じられる答えをいわないと。あるじさま』

 耳元で少女たちの声がかしましいが、女傭兵には聞こえていない。

「そ、そうなのか」

 傭兵は疑わしそうな目になるが、頭をふって続ける。

「名乗るのを忘れていた。わたしはエルミ」

「俺はアキオだ。君たちはキャラバンにいたのか」

「そうだ。一緒にいたのに、あいつだけがさらわれた」

「君たちは西の国の傭兵か」

「いや、わたしたちはサンクトレイカの者さ。キャラバンがシュテラ・ノリスを通った時に雇われたんだ」

「魔女を見たか」

「見たよ。噂には聞いていたが恐ろしいやつだった。あんなに大きいとは……」

「大きいのか」

「馬車ごと包み込むような大きさだよ」

「包む?平面状なのか」

「いや、魔女は――」

 言いかけて、エルミはアキオの腕にすがる。

「頼む、アキオ。わたしと一緒に相棒を助けてくれないか」

「魔女はどこにいるか分かっているのか」

「ダラムアルドス城にいるはずだ」

「荒野の北の果ての建物か」

「そうだ」

「よし、いこう」

 例によって、アキオは間髪(かんはつ)をいれずに決断する。

「ありがとう」

 エルミは、アキオの手を握り、抱き着かんばかりに顔を近づける。

「あー、近い近い」

 その中にピアノとカマラの声が混じっていることに気づいてアキオは苦笑する。


「少し休んで、朝から城に向かうか?君は疲れているだろう」

「いいや、一刻も早くポランを助けないと」

「害は与えられないと聞いたが」

「アキオは知らないのか。魔女に連れ去られた男は、()()()()なってしまうんだ」

「おかしく」

「だいたいは、()()()()……ダメになる」

 言いにくそうにいう。

「よくわからないな」

『わかるじゃないか。いいかい、アキオは()()()魔女につかまっちゃダメだってことだよ』

 マクスの声が響く。

「ちくしょう。魔女の奴、ポランがいい男だから、さらったに違いないんだ」

 エルミが独り言をつぶやく。

『なんだか、妙な話になってきたわね』

 ミーナがおかしそうに言う。

『わたしも、その魔女に会いたくなってきた』

「だから、一刻も早くポランを救い出したい。今すぐにでも城に向かいたい」

「わかった。行こう」

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