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072.報告

「遅いですね」

「慌てる必要はありません」

 立ち上がって窓から外を眺めるキイをユスラが落ち着かせる。


 ここは、シュテラ・ナマドにあるエクハートの別邸だ。

 窓からは、街で一番大きいミスト・パークの風景が一望できる。


 昨日の昼過ぎに、この街についてから、ピアノは義兄に向けてふみを書いた。

 それを彼女自らが、この街で身分を隠してバルトを営む内務調査部の男に手渡したのだった。


 ある程度頭が切れ、実務にけた男なので、ミストラから連絡を受ける準備は万全だろう、そう考えたとおり夕方にはエクハート邸に返事が届けられる。


 こちらの希望どおり、ミスト・パーク沿いにあるエクハートの別邸に、メルヴィル・ド・コントがおもむいて調査結果を話すことが了承されていた。


 エクハート邸で会って敵の奇襲を受けてはいけないので、人の目が多く、開けた場所に建つ別邸で会うことにしたのだ。


 もっとも、今の彼女たちにとって、ただの暗殺者や兵士などものの数ではない。


 かつて、アキオがシュテラ・ミルドのヴィド桟橋(さんばし)で戦った程度の兵士数なら片手間で退(しりぞけ)けられるだろう。

 彼女たちには、アキオからもらった杖銃ロッド・ガンも、コクーン・シールドもペリッシュ・チョーカーもあるのだ。


「そろそろ来ると思います」

 ユスラがアキオに連絡を入れている。

 パーソナル・モードなのか、ピアノとキイに彼の声は聞こえない。

「まあ、心配してくれるのですね。嬉しいです。はい。ピアノさまとキイのいうとおりに」

 まるで、目の前に恋しい人がいるかのようにユスラが微笑む。

 その美しい笑顔を見て、高貴な出自にもかかわらず、まるで野の花のように素朴で柔らかな笑顔だとピアノは思う。


「ピアノ」

 インナーフォンにアキオの声が響く。

「はい」

「いう必要もないだろうが、逃げるのも殺すのも迷うな」

「わかっています」

「――早く元気な顔を見せてくれ」

「はい」

 微妙な間は、ミーナの指示を受けているからとわかっていても心が暖かくなる。


「ああ、わかったよ。うん、無理はしない。嬉しいよ」

 キイも顔を輝かせている。


 しばらくして、

「来たようです」

 ピアノの言葉と同時に扉が開いて、男が3人入ってくる。

 真ん中の長身の男がメルヴィル・ド・コントで、あとは供の者だろう。


 危険を避けるため、屋敷の使用人は全員部屋に下がらせているので、案内をするものはいない。

「こちらへ」

 キイが先導して応接間に入る。

 男たちと少女3人は向かい合って座った。


「――」

 そのままサルヴィルは黙りこんだ。

 腕を組む。

 ユスラも一言も発しない。

 キイとピアノも表情を変えず座っている。


 静かに時が経ち、やがてユスラが立ち上がった。

 少女二人も立つ。

 そのまま部屋を出て行こうとする。

「待て」

 メルヴィルが呼び止めた。

「どこへ行く」

「帰ります」


 メルヴィルは、両隣にいた男たちが座ったままなのに気づく。

「おい」

 肩に触るとぐらりと揺れて、ふたりともそのまま倒れた。


 ユスラが立ち上がった時に、男たちが襲わないように、ピアノが眠らせたていたのだ。


 メルヴィルが整った顔を引きつらせる。


「わたしは、()()()()()に調査をするよう命じました。おまえがここでするのはその報告です。しかし、その気がないようなので話は終わりということです」

義兄(あに)上、愚かな駆け引きなどやめた方が身のためですよ」

 ピアノが氷のような声を出す。

「今のお前の態度を、あの子が望んでいるとは思えません」

 ユスラが微笑む。

 が、目は笑っていない。

「もしあの子の指図(さしず)であれば――いや、そこまで愚かだとは思いたくありません」

「わかった。戻ってくれ、頼む」

「姫さまに対する言葉遣いではありませんね」

「ピアノさま、良いのです」

 ユスラは、ピアノにうなずき、ソファに戻って腰かけた。

 二人の少女も座る。


「つまらぬ時間稼ぎなどいい。早く話せ」

 キイが押し殺した声を出す。


 メルヴィルは、眠った男の膝の上に置かれたケースから書類を取り出した。

 ユスラへ差し出す。

 ピアノが手を伸ばしてそれを受け取り、ユスラに渡した。


 少女は文面に目を通す。

 全部で十数枚あった。

 ユスラは素早く読み進める。

 途中、少女はわずかに眉をひそめた。

 読み終わった書類は順次ピアノに渡していく。


 ピアノも書面に目を通し、読み終わった書類は重ねて膝の上に置いた。


 その間、キイは目を配り警戒を続けている。


「内容について確認します。良いですか」

 読みおわったユスラが言った。


「どうぞ」

「あの時、あの場を仕切っていたのは、人質を捕まえていた者に間違いないのですね」

「そうです。あいつは――」

 サルヴィルが唇のはしを微妙に吊り上げる。

「あなたもご存じの伝承官(スガル・ロウハ)でした。名はサリル」

 先ほど少女が感情を表に現したのは、アキオの知りたがっていた記憶の伝承(ヤルト・グラム)を知る男が、あの場で死んでしまっていたからだ。

「お前は、その男が首謀者だと」

「そこに書いてあるように、死んだ伝承官(スガル・ロウハ)(おさ)サリルが首謀者で、残りの男たちも伝承官スガル・ロウハの一員でした。また、サリルがいい残した言葉から他国の後押しがあったことがうかがえます」

「どんな言葉です?」

「この仕事が成功すれば、かの国の賢王によって伝承ヤルトが血筋ではなく誰もが受けられるようになる……」

「つまり、その方法を手に入れる代わりに、あの男はアキオを罠にかけたのですね」

 ユスラの瞳が冷たくなる。

「わかりました。かの国とは」

「それがよくわからないのです。西の国なのかニューメアなのか」

「それが一番大切なことでしょう。なぜわからないのです?」

「どちらも、サリルに接触していたからです」

「引き続き調査なさい」

「わかりました」

「ここに書かれているマクスの冤罪を手助けしたミライはどうなります」

 ユスラは伯爵を呼び捨てにする。

「女王は、斬首(ざんしゅ)にせよと」

「追放でよいでしょう」

「わかりました」

「書類に書かれていないことがありますね」

「は?」

「監獄からマクスを連れ去ろうとした者たちについてです」

 メルヴィルの表情が硬くなる。

「その者たちは、彼女と同じ――」

 ミスラはピアノを目で示し、

「銀針を使ったようですが、心あたりは?」

「そ、それは……」

「あなたが命じたわけではないのですね」

「義父が死んでから、結社シュネルの残党たちは離散しまして」

「マクスをさらったのは12人の男たちだったそうです。シュネルの残党は、そんなにたくさんいたのでしょうか――」

 貴公子然としたメルヴィルの額を冷や汗が流れる。

「まあ、あなたが把握していない者もいるでしょう。わかりました。ほかに何かありますか」

「直接、今回の件には関係しないので、報告書には載せてないのですが」

 男が言う。

「西の国とニューメアの活動を調べるうちに手に入れた情報です。西の国とエストラとの間に大きな取引があったそうです」

「取引ですか」

「ええ、なんでも空から落ちてきた四角い物体だそうで」

「詳しく話しなさい」

「詳細は不明です、落下した物体はエストラ国王へ献上されたのですが、そのことを知った西の国がそれを欲しがって、食料援助及び利権の譲渡と引き換えに手に入れようとしたようです。しかし、それを運ぶキャラバンが、わが国とエストラの国境付近で、昨日行方不明になってしまったというのです」

「わかりました。その情報は次回までに、かならず調べておきなさい」

 ユスラがピアノに向かってうなずく。

 灰色髪の少女がリストバンドに触れると、気絶していた男たちが目を覚ました。

「では、次回の報告を楽しみにしています。お行きなさい」

 少女に(うなが)され、メルヴィルたちは立ち上がって部屋を出て行く。

「それまでに背後関係を明確にするのです」

 男たちの背に声をかける。

「ああ、そうでした。ふみにも書いてあったと思いますが――」

 メルヴィルが振り返る。

「彼は死にませんでした。()()()()()、あなたたちは無事です。あとは次回の報告次第です」


「どこまで信じられますか」

 男たちが出て行くと、キイが言った。

「ある程度は信じられますね」

「そうです。義兄は命に執着する性格ですから」

「すると、黒幕は西の国かニューメア王国ってことだね」

「そうですね」

 ユスラが考えこむ。

「どうしました、姫さま」

「いえ、あのサリルが、それほど伝承ヤルトを欲していたとは思わなかったのです」

 少女の脳裏に、落ち着いた物腰の伝承官(スガル・ロウハ)の姿が甦る。

「姫さまの能力が手に入るなら、命を差し出そうって奴があらわれてもおかしくないのでしょう」

「問題は、その方法を西の国かニューメアが持っているということですね」

「その通りです、ピアノさま」

 ユスラは紅い眼の少女の肩に手を置く。

「アキオはどう思いますか」

「ニューメアだろうな」

 それまでミーナと共に部屋の様子をモニタリングしていた彼が答えた。

「やはりそう思いますか」

「そうかい?わたしは西の国の方が怪しいと思うけどね。ニューメアは、なんていうか、よくわからなくて遠すぎる感じがする」

「それなのよ、キイ」

 ミーナの声が響く。

「今回の襲撃では、絶対に、この世界にありえない技術が多数使われていたでしょう」

「そうだね」

「確かに、それだけカガク?が進んでいるのはニューメアしかなさそうです」

 ユスラの言葉で、アキオはキイの話を思い出す。


 便利な道具を発明しては他国に売り込み、代わりに金属を手に入れる。

 つまり地球の技術を小出しにして金属を集め、何か巨大なものを作っている、ということだろう。


「それについて、あなたたちに知っておいてもらいたいことがあるの」


 そう言って、ミーナが会話をオープン・チャンネルにした。

 以降の会話は、応接間とジーナにいる少女たち、それにミストラとヴァイユの全員に聞こえる。


 ミーナは、次元の亀裂に飛び込むときに見た軍用機らしきものについて話した。


「すると、アキオの世界の者がニューメアにいるかもしれないのですね」

「たぶん、そうね。技術水準の高さを考えたら」

「彼らもナノクラフトを使うのですか」

「それはないわ。いま、ナノ・テクノロジーはアキオだけのものだから」

「でも、それっておかしくない?」

 マクスの声だ。

「今、いろいろ勉強しているけど、ある技術がひとりの人間に独占されるなんてことは、たぶんあり得ないでしょう。あ、アキオ、何するの、髪が乱れるじゃないか」

 おそらく、アキオに頭を撫でられたであろうマクスの声が響き、応接間の少女たちが微笑む。

「よく学んでるわね。その通りよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、隠していても、別な経緯で必ず他の者に見つけられる。だけど、ナノ・テクノロジーにはそれがないの」

「わからないねぇ」

 ユイノの声だ。

「簡単なことよ。ある出来事のために、地球上のすべての生き物には、アキオのナノ・マシンがすでに取り込まれていた。そして、それは通常では何の活動もしない。無害でただ存在するだけ。一般の人だったら、その存在を知らないまま一生を終えるものだった」

「すべての生き物――」

 マクスの茫然とした声が響く。

「ただし、アキオのものでないナノ・マシンが注入されると、ただちにそれは破壊され排除される。つまり、地球上の生き物の体内には、アキオがコントロールするナノ・マシン以外、存在が許されなかったの」

「ちょ、ちょっと待って、ということは」

「たとえば誰かが不老長寿のナノ・マシンを開発して体内に入れても効かないということね。彼だけが寿命を決められる」

「それだけじゃないでしょう」

「そう、アキオは、全人類の命を握っていた」

「前の世界で、アキオが命を狙われていたと言っていたのはそれが原因かい」

「ナノ・マシンの制御自体は、量子暗号の多重利用でロックされているから、解読は、ほぼ不可能。彼のコントロール装置を手に入れれば――」

 ふっとミーナは笑う。

「地球では、いい古されて恥ずかしいけど、()()()()すら可能だったから」

「命を狙われるわけだ」

「でも、それは知る人ぞ知る事実で、広く喧伝(けんでん)されたわけではなかった。だから数百年経つうちに、彼がそんな野心を持っていないことが分かって来たのと、アキオの存在自体が伝説化したために、彼を狙う者もほとんどいなくなったんだけど――同時に、一時期盛んだったナノ・マシン研究も(すた)れてしまったから、ニューメアの科学者が来ていたとしても、この世界にナノ・テクノロジーが広がることは、今のところはないでしょうね。もともと主流メインストリームの技術ではなかったし」

 ミーナは言い、

「誤解しないでね。アキオは、わざとそんなことをしたんじゃないの。そうしなければ、地球上の生物が滅んでしまうから、仕方なくそうしたのよ。ある事故のせいで」

「そのへんにしておけ」

 アキオが言い、ミーナは黙った。

「それよりも、キューブだ」

「そうね。エストラに譲られていたなんて意外だけど」

「調べなければならないな」

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