070.贈物
翌朝、アキオはカマラと一緒に部屋から出てきた。
彼が銀髪の少女の頭を何度も撫でる。
「よくやった。素晴らしい知識と技術だ」
「ありがとう、アキオ」
それをヴァイユとともに部屋から出てきたユイノが目撃する。
「な、なんだよ。何が素晴らしいんだ!テク、テク……」
うろたえながら、少し潤んだ目で彼を見つめるカマラを指さす。
「おはよう」
その時、キイがマクスを抱きしめながら部屋から出て来た。
腕の中で緑の髪の少女が暴れる。
よく見ると、キイはマクスを逃がさないように捕まえているのだった。
「どうしたんだい」
マクスを無視して、キイがユイノに尋ねる。
「あれ、あれだよ」
「ああ、昨夜は、ずっとふたりで工作室で作業するって言ってたじゃないか」
「そ、そうだったね」
そう言いながら同時に、ユイノはテクニックが作業技術を意味する地球語であることを思い出す。
「だから、わたしたちは添い寝を諦めたんだろう」
「キイは酷いよ。一晩中ボクを離さないんだから」
ようやく彼女の束縛から逃れたマクスがぼやく。
「だって、離したらあんたはアキオの部屋に忍び込むだろう」
「そんなことは――あるかも」
「いったいどうしてこんな娘になってしまったんだか……」
キイが嘆く。
「おはようございます」
ユスラとミストラも部屋から出てくる。
昨夜は、この組み合わせで眠ったらしい。
「作業は捗りましたか?」
ミストラが尋ねる。
「ああ、食事が終わったら皆に渡すものがある」
「なんだい」
「良いものです。楽しみにしてください」
珍しく、カマラが素直な微笑みを見せる。
朝食後、テーブルについた少女たちに、カマラが1つずつ小さな箱を渡していく。
全員に行きわたるとアキオが言った。
「開けてくれ」
それぞれ箱を開ける。
「まあ」
「これは?」
中に入れられた幅1.5センチ程度の薄いバンドを見て、皆が声を上げる。
「これは首につけるものだ」
「地球ではチョーカーと呼んでるわね」
ディスプレイに映ったミーナが補足する。
「この真ん中にあるものは何でしょう?」
バンドに着けられた弓矢のような形の銀細工を見てユスラが尋ねる。
「スイッチだ」
「スイッチ?」
「あなたたちの体内にはナノ・マシンがいるから、ほとんどの毒や怪我は問題ないでしょう?」
ミーナが説明する。
「でも、雷球やこの間アキオが受けたテーザーで電気を流されると、ナノ・マシンが動かなくなって危険になる。テーザーは気をつければ避けられるし、ナノ・コートでも防げるけど、たくさんの魔法使いから連続で雷球を投げられたら、避け続けるのは難しくなる」
「ああ、そうだね」
ユイノがつぶやき、少女たちもうなずく。
「そこで、これよ。これはね、魔法の攻撃を無効にする装置なの」
「なんだって!」
「敵が魔法の攻撃を仕掛けようとしたら、このマークに触れて、『滅せよ』と叫ぶの。それで敵は魔法が使えなくなる」
「その……言葉を叫ばないとだめなのですか?ボタンを押すだけでは動かないのですね」
「そうよ。誤作動を避けるためにね。これは、一度使用すると、その場所のかなり広い範囲で二度と魔法が使えなくなるから」
「確かに、不用意に使うといけませんね」
「この道具は直径50メートル、昨日ダンスをしたぐらいの広さのPSを一瞬で光に変えて消し去るものです。ポアミルズ胞子消滅器、PSPと名付けました」
カマラが説明しアキオがうなずく。
昨夕、カマラから魔法無効装置の実験器ができたと聞かされたので、それを使って少女たちの護身装置を急遽作ったのだ。
「すごいです。一晩でこんなに小さくできたんですね」
ヴァイユが感心する。
「あなたは知っていたの」
ミストラが驚いた顔をする。
「昨日の夜、アキオさまから教えられました。この中で、わたしとカマラさんだけが魔法を使えるので、この道具についての感想を尋ねられたのです」
「ああ、そうだね。確かに、魔法を使う者にとって、これはあってはならない道具だ」
「でも、カマラさんもわたしも特に魔法に頼ってはいませんから。前に盗賊に襲われた時も役に立ちませんでしたし」
「というわけで、みんな、これを首に巻いてちょうだい。本当はコートに合わせたかったんだけど、色は黒で我慢してね」
「いいえ、とても素敵です。ありがとう」
少女たちは口々に礼をいう。
「このマークは?」
ミストラがバンドのマークを指さして言う。
「これはシュッツェ、つまり射手座のマークよ。わたしがつくったの」
ミーナが嬉しそうに言う。
「カマラの功績への感謝もこめてね」
「わかったよ」
ユイノが代表して答える。シュッツェはカマラの名前でもある。
少女たちはそれぞれ、チョーカーを身に着けた。
「これは可愛いですね。皆さんお似合いです」
「初めはリスト・バンドに組み込もうかと思ったが、護身の装備は分散させた方が安全だからな」
「こちらは何ですか?」
箱に、もう一つ入っている黒い棒を手にしてヴァイユが尋ねる。
長さは12センチ、太さは1センチあまりのカーボン製の棒だ。
先細りになっている。
「それは短針銃だ。君たちが持ちやすいように杖型にした」
「杖?」
「地球では、魔法使いがそれを使って魔法を発動するのよ」
ミーナが笑う。
「でも、この世界では、そんなものは無くても魔法が使えるわね」
「カマラ」
アキオに声をかけられ、カマラが杖を手にする。
先細りの方を壁に向け真ん中あたりにあるボタンを押した。
プシュッという圧搾音が響いて、細かい針が壁に突き刺さる。
針はすぐに壁から押し出され、床に転がった。
「針先には、ピアノやユイノの武器に塗ってあるのと同じナノ・マシンがコーティングされている」
「魔獣は殺し人は眠らせるやつだね。あれは役に立つよ」
「針は100エクル(20メートル)は飛ぶし、ある程度向きを決めてやれば細かい照準は自動でやってくれるわ」
カマラは杖を服のポケットに挿す。
「さあ、これであなたたちの護身装備は万全よ」
「はい」
通信のリスト・バンド、緊急バリアのバングル、魔法無効化のチョーカー、そして短針銃の杖を手にした少女たちが微笑む。
「今現在の天気は快晴。今日一日、天気は崩れないから、あなたたちみんな、日没までに目的地に到着できるはずよ。それでは出発の用意をして、ここに集合して」
ミーナに指示され、少女たちは各自の部屋に戻って行った。
30分後、ユスラとキイ、そしてピアノがアキオの前に立つ。
彼女たちのうしろにはミストラとヴァイユがいた。
「行ってきます」
ユスラがアキオに近づき、軽く口づけする。
「アキオ」
入れ替わりにピアノが胸に飛び込み、きゅっと抱きしめてから頬に軽く唇をあてた。
「任せておくれよ。ふたりは必ず守るし、情報は手に入れるから」
キイが、きりっとした表情で笑う。
(引き寄せて、抱きしめてやって)
ミーナがインナーフォンで囁く。
アキオは、キイの手をとって引き寄せ、軽く抱きしめてやる。
「あ、アキオ」
キイが顔を上げ、アキオに口づけた。
「無理はするな」
少女は何度もうなずく。
「アキオ」
めずらしくミストラが、「さま」抜きで彼の名を呼び、アキオに抱きつく。
いやいやをするように顔を胸にこすりつける。
「わたしを覚えていてくださいね……忘れないで」
アキオは少女の栗色の髪に触れ、言った。
「忘れたことはない」
少女はそのまま伸びあがるようにアキオに軽く口づけをする。
うつむいたまま離れたミストラに代わり、ヴァイユが歩み寄る。
彼の顔を手で挟んで近づけ、躊躇なくアキオに口づける。
激しい口づけだ。
「ああ」
ユイノが声を漏らす。
「ちょっと激しすぎないかい」
「しばらく会えないから」
ミーナがつぶやく。
やがて、ヴァイユは唇を離し、言った。
「英雄さま。アキオ、わたしの力が必要になったらいつでもいってください。必ずお役に立ちますから」
「君の値打ちは役に立つからじゃない。が、その時は頼む」
「はい」
「じゃあ、みんな気をつけてね。連絡を絶やさないように」
「用心しろ」
「はい」
元気よく返事をして、少女たちはジーナを出て行く。
アキオはジーナのタラップに立って見送った。
少女たちは、振り返り、何度も手を振りつつ雪原を歩き、樹林の陰に入るとその姿は見えなくなった。