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007.帰着

 戦闘後、思ったよりダメージの大きかったアキオは、小一時間の休養をとった。

 その間にできることを済ませておく。


 黒犬は肉食獣のため、肉に臭みがありそうなので、食べるのは断念した。

 どうやって、球電を発生させたのか知りたくて一匹を解剖してみるが、よくわからない。

 身体構造は、大型の灰色狼に似ている。

 違いは、心臓の裏側に、小さな突起があることだが、これが球電発生器官だとも思えなかった。

(それにしても、球電に炎の塊とは――)

「まるで、魔法だな……」

 アキオは岩に座って、うれしそうに彼を見ている少女を見てつぶやく。


 それからは、主にアキオのペースが落ちたため、太陽が山の影に少し隠れた時点で野営することにした。

 小高い崖を背にした野営地向けの平地を見つけたのも理由の一つだ。

 時期的に、まだ白夜らしく、深夜には陽が地平線に沈むが辺りは明るいままだし、距離はあと五キロほどなので、ジーナにたどりつけないことはないが、無理をして、また怪物と遭遇するのは避けたい。


 野営地のまわり20メートルの距離の円形上に、30センチおきに15本のビーコンを埋める。

 本来は位置情報を発信するものだが、設定によっては、ビーコン間に強烈な電圧をかけることもでき、防護柵の代わりにもなるのだ。

 手に持って使うわけにはいかないので、戦闘には使用できないが、こういった用途にはむいている。

 バッテリーは一晩しかもたないが、ジーナまでひと息のこの場所なら問題ないだろう。


 次に、投げるだけで設営できるナノ・ポップアップ・テントを取り出した。

 あっというまに居住スペースができるの見て、目を丸くするカマラに微笑む。


 食事は、火を使わずに食べられる行動レーションにした。

 少女は特にストロベリー味が好みのようだ。


 食後、カマラに洗顔と歯磨きをさせて、寝ることにした。


 例の炎について聞きたいが、それは言葉を覚えてからのほうがよいだろう。


 テントに入り、二つ並べた薄いナノ・シュラフに潜り込む。

 これはアキオが開発した軍の備品だ。

 洞窟の中とは違い、テント内はかなり寒い。

 だが、ナノ・マシンを含んだジェルを薄く挟んだ布地を用いた寝袋は穏やかな暖かさを保証してくれる。

 体細胞の修復などの激しい作業を行わない限り、ナノ・マシンはさほどの熱量は必要としない。

 ジェル内のナノ・マシンは体温を受けて、ほぼ同量の熱量を返すため、快適に過ごせるわけだ。


 寝袋に潜り込んで、しばらくすると、ふわりと上からシュラフが掛かるのを感じ、するりとアキオの横にカマラが滑り込んできた。

(本当に猫のようだな)

 アキオが苦笑する。

 この軍用の寝袋はサイズが大きいために、カマラが入ってきても狭苦しいことはない。

 洞窟内でも、毎晩のようにアキオに密着して寝ていたので、今夜も来るだろうとは思っていた。

 だが、今晩のカマラは少し様子が違った。


 彼女は素裸だったのだ。

 洞窟では服を着て寝ていたのに。


 そのままアキオのシャツの前を広げて、肌を合わせてくる。

「おいおい、どうしたんだ」

 それに答えず、少女はアキオの背に腕を回し、きつく抱きしめる。

 最初の日には気づかなかったが、今夜は意外に大きい胸の圧迫を感じた。

 同時に形の良い脚をアキオの脚にからめてくる。

「アキオ ケガ カラダ ツメタイ」

 それで、アキオはカマラの行動を理解した。

(昼間の戦闘と怪我を心配しているのか)

「怪我はほとんどないし、もうすっかり治っているから大丈夫だ。だから服を着て自分の寝袋で寝るんだ」

「ホント?」

「ああ、本当だ。だから……」

「ワカッタ デモ コレデ イイ」

 そう言って、少女はもう一度アキオをきつく抱きしめる。

「コレガ イイ」

 アキオは、あきらめてそのまま眠りに落ちたのだった。


 翌日も快晴だった。


 顔を洗って、濃縮ミルクとレーションの朝食をとる。

 ちなみに、毎日、顔を洗って歯を磨いているが、アキオもカマラも、実際のところ、それらを必要とはしていない。

 ナノ・マシンが表皮と口腔内の老廃物を分解してくれるから、ずっとさっぱりしたままなのだ。

 同様にシャワーを浴びる必要もない。

 だが、あとになって、カマラがこの世界一般の生活に戻るときに、ナノ・マシンを取り除いたとしても、きちんと生活をしていけるように、それらは習慣として定着させておくつもりだ。


 テントを撤収し、コフを引いて歩き始めると、一時間ほどでジーナが見えてきた。

「シロイ トリ オオキイ」

 少女が目を丸くしてつぶやく。

「あれはジーナだ。あの中にミナクシがいる」

「ジイナ ミナクシ」

「とりあえず、行こう」


 出かけた時同様、ジーナの後部倉庫から内部に入る。

 全体の形は出かける前とあまり変わらないが、ちぎれたようにギザギザだった後部倉庫の部分がきれいな直線になっている。


 ミーナは、内部のリペアを優先しているのだろう。

 倉庫に作られた扉を開けて中に入る。

 操縦室と居間と作戦室が一体となったコンソール・ルームだ。

「おかえりなさい!」

 若い女の声が出迎える。

 目の前には大きな縦型ディスプレイがあり、その中で、黒髪の女性がにこやかに手を振っていた。

「なんだ、これは……」

 アキオは絶句する。

「あなたの、いえ、おふたりのミーナでーす」

「だから、なんの冗談だ、これは」

「すごいでしょう。消滅した言語パックを、痕跡をもとに復元し改良して、そのうえでわたしのアバターを作りました。どうです。アキオ。ミーナは、278年の人生にして初めて姿を持ちました。わたし日本人のミーナ、です。それとも美奈子のほうがいい?」

「おい、ミーナ」

「各部屋にディスプレイをつけたので、どこでもお話ができるんです。苦労したのは、この部屋が広いので、ディスプレイを移動できるようにした点ですね」

 いわれてみると、ディスプレイは、天井からフレキシブル・アームで吊りさげられていて、天井には細いレールが縦横に張り巡らされている。

「ジーナの補修がそれほど進んでいないのは、このふざけた改悪のせいじゃないだろうな」

「怒ってる?アキオ」

「怒ってないさ。俺が怒らないのを知っているだろう」

「そうでした。もちろん、ジーナの補修とカマラさんの教育プログラムの作成も並列処理でやっていますよ」

 ミーナが、いや、ディスプレイ上の日本人アバターがうつむき加減にもじもじと言い訳する。

 アキオは笑い出した。

「まあいい、カマラの教育係として、ミーナも姿を持ったほうがいいという判断だろう」

「そう、そうなのよ!」

 ディスプレイ上で、あははと笑うミナクシを軽くにらんで、アキオは続けた。

「カマラ、これから君にいろいろなことを教えてくれるミーナだ。薄っぺらいやつだが、言動は正しい。きちんということを聞くんだよ」

「ミーナ ペラペラ ヨロ シク」

「えーペラペラだけど、ペラペラじゃないんだけどなーまあ、ちょっとずつ分かり合っていきましょう。カマラさん」

「あまり丁寧に接しなくていいぞ。カマラでいい」

「では、よろしくね。カマラ」


 青い髪の少女はこくんとうなずいた。


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