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069.湯殿

「アキオ、待って。話があるの」

 ユイノたちがジーナに戻るのを見て、歩き出した彼をカマラが呼び止めた。



 しばらくして、アキオがジーナに戻ってくる。

 夕食のテーブルにマクスの姿はなかった。


 キイに尋ねると、まだ部屋で寝ているらしい。

 彼女がマクスをどのように寝かしつけたのか心配になる。

 栄養自体は、ナノ・ゼリーから充分とっているから食事抜きでも問題はないようだが――


 食卓には、シュテラ・ゴラス名物のパオカゼロに似た固焼きパンが出た。

 ミストラとヴァイユが持ってきた、小麦粉に似たバロワという粉から焼いたものらしい。

「どうやって焼いたんだ」

 不思議に思ったアキオが尋ねる。

 ジーナにオーブンに類するものはなかったはずだ。

「ミーナに頼んで金属の板で箱を作ってもらって、それをギャレーで熱したのです」

 ヴァイユが説明する。

 パン以外にも、アキオがこの世界に来てから今までに見たことがない種類の料理が並んでいる。

「すごいでしょう」

 ミーナが、我がことのように自慢する。

「ピアノとユスラ、ミストラとヴァイユが作ったのよ」

「そうか」

「そうか、じゃないでしょう」

「よく頑張ったな」

「ピアノはともかく、ユスラとミストラってお貴族さまだろ。なんで料理なんかできるのさ」

 ユイノが驚く。

「わたしはピアノさまから教わりました」

 ユスラが誇らしげに告げる。

「アキオさまに助けてもらった時の経験で、料理ぐらいできなければと、モイロ家の料理長に教えてもらったのです」

 ミストラも続ける。

「そうだったんだ」

「その時、一緒にいたあんたは料理ができるようになりたいとは思わなかったんだね」

 キイがカマラをからかう。

「あたしは食べる方が好きだね。あんただってそうじゃないのかい」

「わたしは傭兵さ、簡単な料理ならできる」

「あたしだって、キャラバンにいたんだ。料理くらいできるさ。カマラはどうなんだい」

 突然質問された少女が表情を変えずに答える。

「できます。料理は化学実験のようなものですから」


「ええっと――そうなのかなぁ」

 それはかつて地球にあった分子ガストロノミー(美食学)でしょう、という言葉を飲み込んでミーナが言う。まさか、カマラが液体窒素を使って食材を凍らせることはないだろう。


「美味しいですか」

 尋ねる少女たちにうなずいて、アキオはどんどん食べていく。


「そうだ。さっきユイノから提案があったんだけど……アキオとお風呂に入るときに着る服を作ったらどうかって――」

 ミーナが言うと、

「不要です」

「いりませんね」

「なぜ必要かわかりません」

 カマラ、ピアノ、ユスラが直ちに否定する。

「いらないだろう」

 キイも否定派だ。

「あんたたちは恥ずかしくないのかい」

「少し恥ずかしいですが、服を着て水や湯に入るのもおかしいと思います」

「そういえば、この世界には水着というものがなかったわね」

 ミーナが納得する。

「でも、アキオの世界にはあるんだろう」

 なおもユイノは食い下がる。

「あるけど……みんな、本当にいいの?」

「はい」

 皆が声をそろえる。

「ユイノ、残念だけど」

「仕方ないね。あたしだけ着て入るのもおかしいし――」

「独りで入ればいいんですよ」

 ヴァイユが悪気なくそう言う。

「それをいうかねぇ。いいよ、我慢して入るよ」


 今日のダンスのことや明日からの予定を話しながら食事が終わる。


 少女たちが食事の後片づけをしている間に、アキオは自分用に作った浴槽のコクーンに向かった。

 服を脱いで、かかり湯をしてさっさと湯につかる。


 コクーン内は、いくつかメナム石を置いてあるだけなので薄暗い。

 大きめに作った浴槽は、充分体を伸ばせて快適だ。


 湯舟で体を伸ばし、空を見上げようとしてコクーンしか見えないことに気づいた。

 外は、日暮れ時から雪が降り始めており、露天風呂にできないことは分かっているが残念だった。


 ばさ、と音がしてコクーンの幕を破って人影が入ってきた。

 入口が逆光になって誰かは見えない。

 しかし、ナノ・マシンの共振からアキオには分かる。

「マクスか」

「そうだよ」

 外からの光で、体のラインが鮮やかに透けて見える。

 寝間着がわりの薄布の服をさっと脱ぎ捨て、マクスが近づいた。

 薄明りの中に、緑の髪の少女の裸体が浮かび上がる。

 まだ大人の女性になりきれていない硬さはあるものの、美しいプロポーションの身体だ。


「キイに怒られるぞ」

「いいさ。だって、みんなはもうアキオと一緒に風呂に入ってるんだろう。だったらボクだって」

 そう言いながら、かかり湯をして、湯舟に入ってくる。

 そのまま泳ぐようにアキオに近づくと、彼の首に抱き着いた。

「身体はまだふらつくか」

「いいや、もう大丈夫だよ」

 アキオは、指で少女の頬に触れる。

「でも、不思議な気分だ。身体が女の子になるっていうのは……」

「そうか」

 かつて、マクスより少ない生身から全身を再生したことのあるアキオも、性別は変えたことがないからわからない。


「前にアキオに抱きしめてもらった時と気持ちは変わらないはずなのに、身体が女の子になったら、もっとアキオのことが好きになった気がする。もっといっぱいくっつきたい」


 ふ、とアキオは笑う。

「あ、なんで笑うの?」

「キイと同じようなことをいうからだ」

「へえ、キイもそうだったんだ」

「マクス、お前は俺への感謝の気持ちを愛情と勘違いしているだけだ。あの牢獄で心細かった時に俺はお前を助けたからな」

「そうじゃない」

 首から片手を離してマクスが身体を起こす。

 見た目より大きな胸がアキオの腕に当たって形を変える。


「それは、あの時は嬉しかったよ。でも、ずっと前、アキオがキイさんと寝ているのを見た時からなんだ、この気持ちは……」

 アキオはゆっくり首を振った。

 これからは少女を助けるのはやめにしよう。人が増えるにつれて、どんどん身動きがとれなくなる。


「それに、ボクだけだよ。アキオに真っ二つにされたのは」

 そういいながら、アキオの胴を足で挟みこもうとする。

「もうだめだ」

 突然、コクーンの外からキイの声が響き、大きな音を立てて中に入ってくる。

「ある程度まで我慢しようと思ったけど、さすがにそれはいけないよ、マクス」

「なんでなの」

「なんでもだよ。まったく、女の体になったらいきなり全開なんだから。カマラだってしないよ、そんなことは」

 そういいながら猫の子を持ち上げるように軽々とマクスを湯から引き上げる。

 少女は暴れることなく浴槽の外へ連れ出された。

 キイは、濡れた体の上から服を羽織らせる。

「さあ、みんな大浴槽にいるから、そっちでゆっくり温まるんだ」

「えー」

「えー、じゃないよ。みんな順番を待ってるんだから」

 マクスが連れていかれようとするのを見ていたアキオの眉が曇る。

「順番ってなんだ」

 キイは、とん、とマクスをコクーンの外へ押し出した。

「ちょっと待って……」

 外に誰かがいて連れていくのか、マクスの声が遠ざかって行く。

 キイが、さっさと着ていた服を脱いで湯に入ってくる。

「順番ってのは、こういうことさ」

 そう言って、アキオの腕を抱きしめた。


 こうして、自分専用の湯舟を作って、ゆっくり独りで風呂を楽しもうとしたアキオの目論見(もくろみ)はあっさりと崩れ去ったのだった。

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