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067.変身

「これからの予定は?」

 ミーナが尋ねる。

「まだ少し余裕があるが、食料としてセリスを狩ろうと思っている」


 セリスとは、カモシカに似た生物だ。

 この辺りは気温が低く雪が多いため、ムサカは生息していない。

 セリスはムサカに似ているが、厳しい自然の中にあって、苔を主食にして生きているため肉に臭みがなく、独特のうまみがあるらしい。


「いいねぇ」

 キイが目を輝かせる。

「わたしも行くよ」

 カマラを見て、

「と、いいたいけど」

 少女はにっこり笑い。

「わたしは昨日、アキオを貸してもらったからね。狩りはあんたに任せるよ。タンクから出たマクスを迎えてやりたいし」

「ありがとう」

 カマラが微笑む。


 それから、午前中いっぱいを使ってアキオとカマラはセリスを狩った。

 昨晩の雪で消えかけている痕跡をカマラが見つけ、素早く追走する。

 やがて、崖下の岩陰で苔を食べているセリスの小集団をふたりは発見した。


 カマラとアキオは素晴らしいコンビネーションを見せる。

 アキオが、身体強化した速さで駆け寄り、細身のナイフで2つあるセリスの心臓を突いて即死させる。

 危機を感じて逃げ去ろうとするめす2頭とおす1頭を、逃走経路を予測したカマラが待ち伏せて仕留めた。

 純白のコートと銀色の髪は、雪に溶け込んで迷彩となっている。

 若い雌雄(しゆう)と子供のセリスは種の保存のため逃がした。


「いいぞ」

 珍しくアキオが笑顔を見せる。

 軍隊時代、高度な身体能力と隠蔽いんぺい技能を駆使して敵地に潜入し、破壊するワンマン・アーミー(一人だけの軍隊)としての行動が多かったアキオは、協力コオペレート行動をほとんどしたことがない。

 地球では、信頼できる戦友がいなかったこともある。

 だが、この世界で彼は、信頼できる少女を見つけ協力行動をとることができた。

 それが心地よかったのだ。


 アキオとカマラが狩りに出た後、少女たちのうち、ピアノとユスラ、ヴァイユとミストラがギャレーで昼食の準備を始めた。


 料理の苦手なユイノは、キイを伴ってメイン・ルームのテーブルに座って、ピアノが入れなおしてくれたお茶を飲んでいる。

「うまくやってるかねぇ、あのふたり」

 カップに息を吹きかけながらキイがつぶやく。

「どっちの意味だい?」

「え」

 独り言に質問されてキイが驚く。

「狩りのことなら全く問題ないだろうね。でも、カマラの恋心の方なら、たぶん望み薄だよ」

「だろうね」

「しかしさ、驚いたね。アキオの周りは、お姫さまばかりだ」

「それに、みんなありえないぐらいきれいだものね」

 ミーナの声が響く。

「え、どういうことだい、当たり前じゃないか、お貴族さまがきれいなのは」

「え、当たり前なの?」

「あんたたちの『地球』では違うのかい」

「まあ……違うわね」

「それじゃあ、権力者は美しい女を妻にしないのかい」

「政略結婚もあるから……」

「それにしたって、長年にわたって美しい女を妻にし続けたら、身分の高い女は、だいたい美人になるだろう」

「――ここはそういう世界なんだ」

「だから、ピアノやユスラ、ミストラ、ヴァイユなんかはきれいで当たり前なんだよ」

「そうなんだ」

「ま、あたしなんかは、田舎者だからね。特技は踊りだけさ」

「わたしも、力だけが自慢だった。それが、こんなきれいな体にしてもらって――でも、ユイノ、気をつけるんだよ。まあ、あんたにはいう必要もないだろうけど」

「なにがだい」

「前にミーナにいわれたことがある、アキオは見かけの美しさで人は見ない、と。つまり、その人の精神を見てるってことさ」

「わかってるよ。ある意味、それはきついことだね。みっともない行動を取ることができないんだから」

 その会話を聞いてミーナは内心微笑む。

 たとえ、仲間を置いて逃げたとしても、アキオがその行為で彼女たちを嫌いになるはずがない。

 人が弱いものだということを、彼はよく知っている。

 同時に人が驚くほど強いものだということも。


 ヤクーツクで徴用ちょうようされたロシアの農夫は、愚痴ばかり言っては戦闘のたびにおびえ、妻の名を叫んでは逃げようとした。

 そのため、皆から臆病者だとさげすまれていた。

 しかし、絶望的な最終決戦を迎えたとき、もっとも勇敢に戦ったのは、その男だった。

 逆に、頭を抱えて、ろくに役に立たなかったのは彼を馬鹿にしていた街のギャングたちだ。

 農夫は、愛する妻の住む街を守るために命をかけたのだ。


 結局その戦いも負け戦で、アキオと、彼が消防夫(ファイアーマンズ)搬送(キャリー)で運びだした農夫だけが生き残ったのだった。


 また、その逆の例を見たこともある。

 いつも人に害を与えている男が、危急の時に役立つこともあるし、普段から人によくしてやる人気者が、いざという時逃げ出して役に立たないこともある。

 どちらが良いということはない。

 それが人間なのだ。


「さっきの話だけどさ」

 ユイノが、飲んでいたお茶に落としていた視線を上げて言った。

「なんだい」

 キイが形のいい指先でカップの縁をなぞりながら答える。

「お貴族さまがきれいだって話――カマラも、それじゃないのかい」

「それ?ああ」

 舞姫ダンサーはカマラも王族ではないかと言っているのだ。

「まさか、貴族以外でもきれいな娘はいるさ。あんただって貴族じゃないのに可愛いじゃないか」

「あ、あたしの話はいいんだよ」

 ユイノは顔を赤くする。

「カマラまで、お姫さまってことは……」

「さすがにそれはないだろうね」

 ふたりは同時にうなずく。


 昼前に、アキオとカマラが帰ってきた。

 少女は、今まで見せたことのない、溌溂はつらつとした美しさで輝いている。

「あれが、死ぬまでにやりたいことの一つを成し遂げた顔なのです」

 ユスラが笑顔になる。


 二人は4頭のセリスを持ち帰っていた。

 なるべく多くの部位を食材にするように切り分けたため、大荷物となっている。


 敵として殺すのでなく、食料として殺すなら、できるだけ多くの部位を食べる、それがアキオの基本方針だ。

 説法(せっぽう)的、哲学的、寓話(ぐうわ)的な意味ではなく、戦時下で食料供給を絶たれた小部隊での活動が多かったため、限りある資源を有効に使わなければならなかった故の習い(しょう)だ。


 昼はセリスの肉を焼いて食べる。

 いつものように熟成させたかったのだが、外気温が低くて無理だった。


 食事をしながら、アキオは、少女たちの総意として風呂を作るように頼まれる。

「あなたもそうだけど、みんなの疲れをとるためにもちょうどいいと思うのよ」

「夜はブリザードになるだろう」

「それには考えがあるわ」

 ミーナが答える。

「浴槽を大きめのコクーンで包むの。あれは熱も遮断するからちょうどいいでしょう。このところ昼は好天続きだからヒートパックの充電は完璧だしね」

「わかった」

「あんた専用の小さい風呂はなしだからね」

 ユイノが釘をさす。

「……」

「アキオ」

「わかった」

 そう言いつつも、ひそかに自分用の小さな浴槽をつくろうと彼は決意するのだった。


 食後、アキオはいつものようにナノ・ボードを組み合わせて浴槽を作り始めた。

 馬車と違って、ジーナには細かい材料が豊富にあって助かる。


 大浴槽を組み上げ、立ち上がったアキオの背後へ、おぼつかない足音が近づいた。

 とん、と優しくぶつかって、背後からアキオを抱きしめる。

「マクスか」

 ナノマシンの共鳴から近づいたのが彼女であることはわかっていた。

「そうだよ」

 以前聞いた彼女の声より優しく高いトーンの声が響く。

「まだ、体がうまく動かないだろう」

 身体の大部分を新しく作ったのだ。

 手足をうまく操れないのは仕方がない。

「大丈夫だよ」

 胸と顔を背中に当てているのか、マクスの声が骨伝導で響く。

 アキオは、回された少女の手をつかんで離させると、振り返った。


 彼の目の前に、細身の白いワンピースを着た美しい生き物が立っていた。


 緑の髪、紫がかった青い瞳、膝たけのスカートから綺麗な脚が伸びる小柄な美少女だ。

 軽くカールのかかった髪は、腰の上あたりまで伸びている。


「あ、あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」

「そうか」

「で、でも、どんな感想をもったかは――あとで教えてね」

 そう言って、にっこり笑う。

 最初に会った時に比べると、随分くだけた口調だ。


 おそらく、心身ともに女性になることができて、心にまとっていた鎧がとれたのだろう。

 もともと、彼女はこのような性格なのかもしれない。


「マクス、あの時――」

「謝らなくていいからね。アキオはボクを助けてくれた。アキオが斬ってくれなかったら、どのみちボクは死んでいたんだから」

 そういって、胸の前で手を合わせる。

「それより、あやうくボクはあなたを殺すところだった。ごめんね、アキオ」

 そう言って彼に近づこうとしてマクスはよろめく。

「あ」

 次の瞬間、彼女はアキオに抱き上げられていた。


「あああっ」

 マクスの背後で声が上がる。

 キイが、ふたりを指さし、反対の手で口に手を当てていた。

「それって、それって……」

「アキオ」

 彼のインナーフォンにミーナの声が響く。

 プライベート・モードのようだ。

「それ、今度、キイにもやってあげてね。あの娘の夢なんだから」

「よくわからないが――」

()()()()()()ね」

「わかった」


 彼の顔を見つめるマクスを抱いて、ジーナに歩く。

「あの色を見たかい?やっぱりあたしのいうとおり、アキオはおっきい胸じゃなく形の良い胸が好きなんだ」

「少なくともお尻には興味はないようです」

 好き勝手なことを言われて、アキオは苦笑する。


 メイン・ルームに入って、マクスを椅子に座らせた。

「何か暖かいものを」

 アキオが言うと、すぐにピアノが茶をもってきた。

 彼は彼女の横に座る。

「キイとは話したか」

「話したよ、ねえキイ」

「うん。話した」

 遠巻きに二人を囲む少女たちの中からキイが答える。

「気分はどうだ」

「変な感じだ。ボクは女になっちゃったんだね」

「嫌なら、すぐ戻すことができる」

「嫌だなんて!嬉しいんだ」

「そうか」

 アキオは、マクスの緑の髪を撫でてやる。

「身体の違和感はすぐに取れるはずだ。あとのことは、みんなに聞けばいい」

「この道30数年のあたしに聞けば間違いないね」

「ユイノさんの場合、何かずっと間違ってやって来ていることが多いような気がします」

 真面目な顔でミストラが言う。

「恥じらい方は天才的ですけどね」

 ヴァイユも続く。

「あんたたち、好き放題いってくれるね」

「あはは」

 マクスが笑いだした。

 大きな身体変化のせいか、不安そうにしていた少女が笑ったことで、皆がほっとした顔になる。

「ここはいいなぁ。みんなあったかくて」

「そうさ、冷たく見える娘もいるけど、中身はすごくあったかいからね」

「誰の事でしょうか」

 カマラが言い、

「そんな人はいませんね」

 ピアノがうなずいた。

「マクス――」

 アキオが声をかける。

「捕まってからのことはわたしが聞いているから今は尋ねないで」

 インナーフォンにミーナの声が響く。

 彼は話題を変える。

「これからの名前はどうする」

 マクスはうつむいた。

「アキオはどう思う」

「そのままでいいだろう」

 彼はしばらく考え、

「この世界で女性がマクスと名乗るのがおかしくなければ」

「アキオさまの名前は全部使っちゃいましたしね」

「マクスが欲しがるかどうかわからないし」

 少女たちの言葉でマクスが顔を上げた。

「欲しい」

「えっ」

「ボクも欲しい。アキオの名前」

 そういって、椅子から立ち上がって、アキオの首に抱き着く。

「あ、あ、あ」

 少女たちの驚きをよそに、緑の髪の少女はアキオに囁く。

「欲しい、欲しい、欲しい。ね、ちょうだい。ちょうだい」

「な、なんなんだい、この全力の女の子ねだりは……」

「マ、マクス――」

 ユイノが呆れ、キイが茫然と見ている。

「言葉だけ聞いていると、なにかいけないものをねだっているようにも聞こえますね」

「姫さま……」

「あたしたちは、すごいライバルを生み出してしまったんじゃないだろうか」


「まあまあ、彼女の名前はまたあとで考えるとして、とりあえず、それぞれの作業に戻ってちょうだい。マクスも無理しないで。もう少し部屋で寝なさい」

「はい」

 ミーナの言葉に全員がそう答え、皆それぞれに散っていった。


 アキオも自分専用の浴槽をつくるために戸外に出る。


 振り返ると、キイに何か説教されながら部屋に連れていかれるマクスの姿が見えた。

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