064.色彩
一時の興奮が去った少女たちは、アキオを囲んで、しめやかに会話をしている。
「カマラ」
ミーナに呼ばれ、アキオの顔を放心したように眺めていた銀髪の少女が顔を上げる。
ディスプレイのミーナが手招きをしていた。
周りの少女の反応から、彼女だけが呼ばれたらしい。
カマラは、少女たちの輪を離れてディスプレイの前に行く。
「ミーナ、あれは何?」
きつい調子でカマラが尋ねる。
「あなたならわかるでしょう」
「わたしが訊いたのは、なぜ、彼女があれに侵されているか、いえ、そもそも、なぜ、あれがこの世に残されているかよ」
「それをわたしに訊かないで」
「答えて」
「言いたくない。聞かせたくない」
「ミーナ!」
声が大きくなり、談笑をしていた少女たちがカマラとミーナを見る。
「なんでもないのよ。気にしないで」
皆にそう答え、ミーナは続けた。
「いいわ、そんなに聞きたいなら教えてあげる。最初の質問ね。彼女があれに侵されているんじゃないの。あれがもともとの彼女なの」
「そんな――」
「次の質問の答えも聞きたい?いいわ。教えてあげる。アキオが望んだからよ。彼が、彼女を残したいと考えているから」
「卑怯だわ、そんな答え」
「でも事実なの。お願い、アキオのことを大切に思うなら、いまは、ほかの娘たちには黙っていて」
「……」
「お願い」
「――わかったわ……でも、ミーナ。わたしはやっと理解した。なぜ、アキオが元の世界で多くの人間から命を狙われていたか。この世界でも事実を知られれば、きっとあの人は狙われる」
「あなたはどうなの?」
ミーナの問いに、少女は硬かった表情を一瞬で緩め、夢見るような瞳になって答える。
「決まってるわ。わたしはいつだってアキオの味方。たとえ世界を敵に回したってね」
「ありがとう」
「お礼はいらない。あとで必ず詳しい話を教えて」
「わかったわ」
カマラはアキオのもとへ戻っていく。
少女たちの輪に戻ったカマラは、ヴァイユとミストラが、ユスラの手を取るのを見る。
「あなたの、女王への言葉を聞きました」
彼女が行った女王に対する宣言は、ミーナによって、リアルタイムですべての少女に共有されていたのだった。
「アキオさまの命は保たれました。次は彼女が約束を守らなかった時の準備をしなければなりませんね」
ヴァイユが微笑む。
「そうです」
「その方法は?」
「シュテラ・ゴラスの街で、ピアノさまを通じて、各街に置かれた者につなぎはつけてありますが……」
「あら、一介のユスラ・ラミリスになったとき、すべてを捨てられたのでは?」
からかうようにミストラが言う。
「わたしは、今も一介のユスラ・ラミリスです。ただ、わたしのアキオに弓引くものが現れたとき、それに抗する武器を捨ててはいないだけです――ですが」
ユスラが苦笑する。
「あの娘は、わたしに逆らわないでしょう。それができるほど精神力が強くないのです。今頃は、愛人メルヴィルに命じて必死に調査させていることでしょう。今回の件、完全解明は無理としても、ある程度は明らかになると思います」
「なんだ残念です。必要になるかと、国中のお金をかき集めようと思っていたのに」
「わたしも、サンクトレイカと諸外国との同盟阻止に動こうと思っていたのに――というのは嘘です」
「嘘?」
「わたしは、明日行われるはずだった西の国との会議が、サンクトレイカ側から一方的に延期されたことを知っているから」
「会議……海戦結果を受けての判定会議ですね。どちらがどれだけ勝ったかという。調査に必死で、外交どころではないということでしょうか」
「愚かなことです。内政と外交が国を維持する二本柱だというのに」
まあ、と驚くヴァイユとミストラ。
「すべてはあなたを恐れてのことですよ。国を消す、なんていうものだから」
「ええ、消しますよ。アキオを害するなら。何度でも――きっと、あなたたちもそうでしょう」
ユスラに問われて、ヴァイユは可愛く小首をかしげる。
「そうですね――もし王女がアキオを害するなら、わたしのやりかたで滅ぼすでしょうね。国の財政をうまく揺さぶってやれば――」
「確かに。サンクトレイカを狙う国にちょっと情報を与えてやるだけで、2、3年で国など消えてしまうでしょう」
「あ、あのね、あなたたち。3人で好きにしゃべらせていたら、なんて物騒なことを話し始めてるの」
ミーナが止める。
「本当に恐ろしい娘たちだねぇ」
「まったく……」
「あら、みなさん、真剣に受け取らないでくださいね」
ユスラが笑う。
「そうです。これは、なんでしょう……ミーナが教えてくれた『四方山話』、ガールズ・トークというものですよ。本気にしてはいけません」
ミストラも朗らかに言う。
「あのねえ、あなたたち。ガールズ・トークっていうのは恋についての話をするの」
そう言いながら、AIは、少女たち呆れ顔で見る。
「キイさんこそ、今になってシュテラ・ザルスにまで聞こえてますよ。美少女傭兵100人斬り」
「な」
「すごかったみたいですね。濃紺のコートを身に纏う金髪、碧眼の美少女が、単独エテルベ卿の屋敷に乗り込んでの傍若無人……」
「剣を抜かず鞘ごと殴っただけさ。誰も死んじゃいない」
「それでしょうか」
ピアノが言い、
「おそらくは」
カマラが答える。
「なんだい」
「今回の事件の発端です」
「ピアノ、やめなさい」
ミーナが止める。
「え、どういうことだい」
「先日、ミストラが『突然現れて不思議な力を使う者を探している組織』の情報を入手しています」
カマラが言う。
「それって……」
「かなりの確率でアキオのことでしょう」
「いったい誰が探してるんだい」
「分かりません――ですが」
ピアノが口をにごす。
「ですが?」
ミーナがそれを受けて続ける。
「そうね。アキオはまだ意識が戻ってないけど、あなたたちとは情報を共有しておきましょう」
「はい」
「ピアノ、あれを持ってきて」
ミーナに言われて、少女が、研究室に入る。
手に黒いものを持って帰ってくる。
「あ、それは」
「ええ、爆発の直前に、フードの男がアキオを撃ったワイヤー針スタンガン、テーザーよ」
「これで撃たれたから、あの時、アキオの首が光ったんだね」
キイが美しい目を細める。
「ワイヤーを打ち出して電撃を与える装置なの。素早く雷球を撃ち込む道具だと思ってもらえばいいわ」
「爆発の前に、それでアキオは撃たれた――」
黒髪の美少女が恐ろしい眼でテーザーを睨む。
「これは、この世界には絶対にないものよ。そして、マクスに施されていた人間爆弾の手術――ごめんなさいね、キイ、でもいわなければならない」
「いいさ、いっとくれ」
「わたしたちの世界では、人を爆発させて被害を与えることはよくあった。でも普通は爆薬、爆発するものを体に巻いて攻撃させるの」
「死ぬのが分かっていて、敵地に飛び込む。剣士としてはよくある状況だ……でも、それはどこか違うね。なにか――」
「おぞましいですね」
ピアノが言う。
「その感覚は正しいわ。つけ加えれば、そんなおぞましい戦いが、アキオの、わたしたちの戦争だった。剣士が誇りをかけて闘う戦ではない――それでね、爆弾がうまく働かない場所では、人間の体に埋め込んで爆発させるということが行われたの。それが、人間爆弾よ」
「マクスはそれにされたんだね」
「取り去ってもしばらく命にかかわらない内臓を摘出し、その代わりに爆薬と威力を増すための金属片を収めるの」
「考え出した奴は頭がおかしいね」
ユイノが青い眼を釣り上げて怒る。
「でも、そんなことができる外科技術は、まだこの世界にはない」
「ないですね」
ヴァイユがつぶやく。
「さらに、マクスの体には、劣化ウラン合金が入れられていた」
「そのためにアキオは死にかけた」
カマラが暗い眼で言う。
「劣化ウラン合金とは?」
ユスラが尋ねる。
「多くは使用済み核燃料が使われるの。核を使ったあとの残りカスね。鉄よりも比重が大きい、つまり重いから、砲弾の……あなたたち、アキオの銃は見たことあるでしょう?あれの巨大サイズの弾に使われるの。今回、マクスの体内には、劣化ウラン合金の金属片が多数入れられていた。鉄の2.5倍の重さの金属は、ナノ・コートを貫通してアキオを傷つけ、放射線被爆を起こしたのよ」
「よくわからないけど、それって、何一つあたしたちの世界にないものじゃないか」
ユイノが叫んだ。
「それらをアキオを狙う組織は持っている。これは危険なことよ」
「ちょっと待って」
キイの顔が青ざめる。
「さっき、わたしが暴れたことが発端だっていったね」
「そ、そんなこといったかな」
スクリーンのミーナが目を逸らす。
「いったね、カマラ」
「……」
「つまり、わたしが目立つ行動をしたからアキオが狙われ、おびき寄せるためにマクスが、マクスが……」
「そうかもしれない。いえ、おそらくそうでしょう」
「カマラ!」
「でも、気にしなくていいわ」
「なんでだい」
「それは――」
カマラを遮り、ユスラが言う。
「アキオの力は強大で、奇跡に満ちています。どのみち人の目につき噂は広がる。キイさん、あなたの行動があろうがなかろうが、いずれ、誰かがおとりにされ、アキオはおびき出されていたはずです」
「姫さま」
「あえていいます。今回は幸いでした。アキオは死なず、マクスも完全に元通りになるとミーナが保証しているのですから」
和装のAIは優しい表情になる。
カマラが合理的に事実のみを伝えようとするのに対し、ユスラが、王の威厳と包容力、優しさで傭兵であるキイを諭したからだ。
「でも、でも、わたしがアキオを、マクスを」
しかし、なおも豊かな金髪を乱しながらキイが涙ぐむ。
「!」
少女の青い瞳が大きく見開かれた。
彼女の手が、アキオの右手によって、しっかりと握られたからだ。
「ユスラのいう通りだ。君は悪くない」
「アキオ!」
少女たちの叫びが交錯する。
「ミーナ、状況を」
アキオに命じられ、例によって簡潔、高速に情報がアキオに伝えられた。
「分かった」
アキオは言い、
「もう一度いう。キイ、君の行動は間違ってない。そのおかげで敵の存在がわかった」
「アキオ」
キイがアキオの手に頬を当てる。
「気分はどう」
ミーナが尋ねる。
「悪くない」
「あなた、死にかけたのよ」
「そうか。だが死んでいない。いつものことだ」
「まあ、いつものことね」
「この調子だからねぇ」
そのやり取りを聞いて、ユイノが呆れる。
「だが、今回はいつもより気分がいい」
「そう」
「良い夢を見た」
「え」
全員が声を上げる。
「ど、どんな夢だい」
「色が見えた」
「色?」
「暖かい、様々な色だ」
「どんな?」
「赤、青、灰、黄、茶、桜、そして白――」
アキオは苦笑し、
「ああ、君たちのコートの色だな。偶然だ。意味は――」
「あるのさ」
ユイノが叫ぶ。
「あります」
「あるんです」
口々に少女が言い、ディスプレイの少女が笑った。
「ほら、みんな、しっかりと伝わっていたでしょう」