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603.決着

 アキオは動かなかった。


 そもそも、これは彼女たちが自分たちの戦闘能力を高めるために行っている演習だ。


 内容もシジマがプログラムしたものであるから、難易度も充分考えられているに違いない。


 そう考えて、彼は少女たちの戦いぶりを見守る。



 怪物のからから突き出た白い槍が、ヴァイユの背中をかすめ、眼前に迫る槍の穂先ほさきを、ミストラがきわどいタイミングで剣で斬り刻む。


 不規則に打ち出される白い砲弾がシミュラの身体を襲い、身体を変形させてそれを避けた。

 あの質量、運動エネルギーの直撃を受けたら、無事では済まないだろう。


 その様子を見て、アキオは本当に安全確保余裕セーフティ・マージンが正しく設定されているか心配になり、空いた手をコートに入れてナノ・ナイフを握りしめるが――


 ふと目を転じると、オプティカとラピィが飛来ひらいする白い岩塊を拳で叩き砕いていた。

 同様に、アルメデとスぺクトラは、それらを脚でくだいている。


 それぞれの少女たちの表情に悲壮ひそう感はなく、微笑みさえ浮かべているのを見て、彼はナイフから手を離した。


 戦いを見守る。


 暗殺に特化(とくか)した技能を持つヨスルとピアノは、こうした()()()()()()()は苦手と見えて、襲い来る触手に押され気味だった。


 今も、ヨスルを襲おうとした触手が、数本の矢で岩壁に縫い付けられる。

 ミリオンが水中銃を使ったのだ。


 彼女が使用している銃は、かつて西ユーラシアで開発されたP14のように、自らロケット推進(すいしん)する矢を用いる拳銃型(ハンドガン)ではなく、アサルトライフルの形状をした、サイベリア製APS水中銃の改良型だ。


 APS水中銃改は、ガス圧を用いて全長12センチの針状の弾丸を初速500メートル毎秒で打ち出す仕様となっている。


 水深30メートルで射程50メートル、水深10メートルで射程は80メートルだ。


 8本の銃身をたばねた形をしたP14は、全弾発射後に毎回分解しなければならないが、APS水中銃改は、巨大ではあるがカートリッジ式の弾倉マガジンを使用するため、再装填さいそうてんのためにバレルを分解する必要がない。

 通常のアサルトライフルのように予備弾倉に差し替えるだけだ。


 一つの予備弾倉マガジンには26本の矢が入っているが、その大きさは巨大なため、ミリオンのような華奢(きゃしゃ)な体格であれば、せいぜい5本の予備マガジンを携行けいこうできるかどうかだろう。


 いま、少女は後方支援(こうほうしえん)に徹し、海の怪物(クラーケン)から離れた位置から少女たちの援護射撃(えんごしゃげき)を行っていた。


 次々と触手に矢を撃ち込んで、少女たちのバックアップをしつつ、予備弾倉を交換していく。


 耳から水が入り込まないように、彼女だけはスーツをフード・モードにしているが、耳の部分だけピンと尖ったフードが揺れる(さま)は、激しい戦場にあって、どこか牧歌的(ぼっかてき)な優しい雰囲気を漂わせていた。



「あいつは、内部が均質(きんしつ)ではないのか」

 少女たちの戦いを見ていたアキオが、シジマに声を掛けた。


 リトーやライスの場合、その内部は、ナノ・マシンが一様に分布していて、それぞれの分子の結合力と()()によって身体を動かしている。


 つまり、リトーに内蔵や筋肉はない。


 だが、上から見る海の怪物(クラーケン)は、破壊された殻の内部が均質には見えない。


 まるで本物の生き物のようだ。


「うん、ちょっと試してみたいことがあったから、今回の海の怪物(クラーケン)は、できるだけ本物の生物をした構造にしてあるんだ。もちろん、血が流れているわけでも、生きているわけでもないけどね」


 珍しくシジマが微妙びみょうな表情で答える。



 やがて、全ての矢を撃ちつくしたミリオンは、大きく両手で×印を作ってから、ライフルを水底みなそこに置いて、ナノ・ナイフを手に海の怪物(クラーケン)へ向かって行く。


 その頃になると、戦いの趨勢すううせいは決していた。


 正確にはわからないが、見る限り海の怪物(クラーケン)損耗率そんもうりつは80パーセントをえている。


 触手は残り数本となり、巨大な殻は、本体が収まる住房じゅうぼうを残すのみとなり、そこから先に複数ある小部屋=気房きぼうは少女たちのこぶし――おもにオプティカとラピィの――によって破壊され、ベルヌーイ螺旋らせんに従って美しく配置されていたであろう隔壁かくへきは、見る影もなくなっている。


 いまでは白い尖槍せんそうを突き出すことも砲弾を打ち出すこともできなくなっていた。


「そろそろだね」

 シジマがアーム・バンドを見て言う。


 その時、白い影が、推進器ハイドロ・ジェットの泡の尾を弾きながら、一直線に海の怪物(クラーケン)の触手の付け根、頭部に向けて突入した。


 ピアノだ。


 一瞬、怪物は痙攣けいれんしたように震えると、まだ動いていた触手が、ぱたりと水底みなそこに横たわった。


 戦闘終了のもう一つの条件、頭部の宝石をすべて破壊する、が満たされたのだろう。


「はい、お疲れさま、終了だね」

 シジマがアーム・バンドに手を触れると、水中に超音波らしいサイレンが鳴り響いた。


 同時にアキオたちの、すぐ下の壁から石造りをしたテラスが伸び始める。


 壁から離れたシジマが身軽にそこに降り立つと、アキオとゴルドーもそれに続いた。


 ゴルドーはアキオの近くに降りたが、すぐに数歩下がって彼から距離をとる。


 シジマはそれをみて微笑みを浮かべた。


 ゴルドーは、いまだに、アキオが近くにいると落ち着かないようだ。


 先日、少女たちの間で、その話が出た時、何気なにげなくスぺクトラが言っていた。


「要するに、()()()はアキオを恐れているのよ。わたしは話に聞いただけだけど、随分恐ろしい目にあったのでしょう。でも、怖いもの知らずだったゴランの血が()()()()()()()をはっきりとは理解させないのね。あるいは分かっていて認めたくないのかもしれないけれど――」


 サイレンを聞いて、次々と少女たちがハイドロ・ジェットを噴射してテラスに戻って来る。

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