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601.参戦

 アキオは、ナノ吸着によって、突起のない壁面に両足の爪先と片手の指先を用いて安定的に取り付き、もう片方の手でオプティカを抱いていた。


 戦況を確認する。


 この部屋はかなり大きい、おそらく一辺100メートルはある立方体だ。


 それが演習ということなのか、戦場となっている空間は、天井がまばゆく輝き、水中も明るく照らされて、彼らが今いる壁面からも怪物と少女たちの動きが良く見える。


 いま、少女たちはそれそれがブーツに仕込まれた推進装置ハイドロ・ジェットを使って目まぐるしく襲い来る触手から逃れつつ、攻撃の機を伺っていた。


 敵であるクラーケン、その素材は、全体の色から考えて、おそらくライスやリトーと同じナノ・バルーンだろう。

 動きの重量感から内部のマシン濃度はかなり高そうだった。

 その活動の素早さから見ても、内部にナノ・マシン用の熱源を持っているのは間違いなさそうだ。


 概形がいけいは、シジマがいったようにオウム貝(ノーチラス)に似ていて、直径30メートルはあるベルヌーイ螺旋構造の白い殻から、これも白色の巨大な触手が無数に伸びている。


 全体としてはたこ烏賊いかオウム貝(ノーチラス)などの頭足類=目や口の頭部部品(パーツ)から直接触手が出ている形態の生物、という設定のようだった。


 オウム貝(ノーチラス)と違う点は、90本はあると言われているそれぞれの触手が、触手というには太く長く、たこ烏賊いかのように吸盤がついていることだ。

 その数も20本程度しかない。



 ユイノが水中を舞うように移動し、追いかけて来る触手を交わして空中に飛び出した。

 身をひねって、腰のベルトにした細身の剣を引き抜いて大きく両断する。

 切断した触手をって体勢を整えると、長い手足を真っすぐにして、ほとんど水飛沫を上げず優雅に着水した。


「さっきまで戦うのを嫌がってたのに、いざ始まると良い動きをするよね。それに、どんな時も身体の線がきれいだ。さすが舞姫」

 頭上で響いた声にアキオが応える。

「なぜ、本人の前でそれをいってやらない」

「ユイノをからかうのがボクの役目だから」

 ()ました顔でシジマが答える。


「仲がいいんだねぇ」

 アキオの首に手をまわしてつかまりながら、オプティカが笑った。


「この演習の意図いとは」

 アルメデとユスラが連携れんけいしながら螺旋軌道らせんきどうを描いて触手を(から)めさせ、手にした三叉槍トライデントで壁にピン止めするのを見ながらアキオが尋ねた。


「前回は、神殿エリアでヒトサイズの半漁人マーマンとの集団戦を行ったから、今回は新しく作ったこの大型エリアで巨大敵との海中戦を設定したんだよ。ドッホエーベで空中戦は経験したから」

「君は行かなくていいのか」

「ボクが作った演習だからね。どこを責めればいいか分かっちゃうんだ。だから今回は、ここで様子見かな。みんなの動きは、いつものように体内のナノ・マシンと水中に設置された128機のカメラで活動記録ログを取ってるから、あとで反省会の時に参考にできるよ。それで――」

 シジマは彼女の横で、同様に壁にとりつく大男を見た。

「君は行かなくていいの、ゴルドー」

「スぺクトラは、俺に見ているように命じた」

「従者なのに?」

「あの程度の敵、スぺクトラなら武器さえいらないだろう」

 3点支持で壁をつかむむ大男は、残った手で掴む槍を示す。

「まあ、そうだよね」

「彼女は戦えるのか」

「ああ、そうか。スぺクトラが、カマラとボク以外に戦う姿をみせるのは初めてだったね。大丈夫、彼女は強いよ。身体はもとより、仲間を助けるために、自分の命を投げ出す勇気のある人だから」


 シジマが笑顔を見せる。


 かつて、意思疎通も満足に行えなかった彼女は、洞穴が崩れようとした時、自らの身体で、会ったばかりの少女たちを守ったのだ。


 ――もっともあれは、アキオを守ろうとしたんだろうけど

 シジマは、やれやれと首を振る


 いずれにせよ、独りで長く生きてきたものの、他者と戦ったことがなく、戦うのを恐れ、自分の力を恐れ、膝を抱えて震えていた少女はもういない。


「ほら、あの通りさ」

 彼女の指さす先では、スぺクトラが巨大な触手を素手で殴りつけて切断していた。


「アキオ」

 声を掛けられ、彼が腕に抱いたオプティカを見る。

「あたしも行くよ。水にも慣れたいからね」

「そうか」


「あ、あのね。左右の踵を強く打ち合わせたら、靴に仕込んだ推進器ハイドロジェットが起動するよ。あとは――使って覚えて」

「わかったよ。ありがとう」

 慌てて説明をするシジマに礼を言うと、オプティカは、優しく彼の腕を叩く(タップ)


 アキオは、彼女を抱えていた手をゆるめ、オプティカは彼の首に回した手を離した。

 ゆっくりとアキオから離れ、頭から水面へ向けて落下する。


 だが、そのまま着水することはできなかった。

 突然、水中から現れた巨大な触手が、横殴りに彼女を襲ったのだ。


 しかし、オプティカは慌てなかった。

 長く豊かな白髪を一振りして体勢を整えると腕を引き、触手へ向けて空中ながら腰の入ったパンチを繰り出したのだ。


 ナノ強化とショックレス・グローブの効果で、殴られた部分から触手が千切ちぎれ飛ぶ。


「いいパンチだねぇ」

 それを見たシジマが感心した声を出す。


 アキオの脳裏に、一昨日の夜、彼の腕の中でつぶやいた彼女の言葉が蘇った。

強化魔法(ザグレブ)はいい魔法さ、だってね――」

 彼の耳元に唇を近づけ、密やかに告げる。

「あたしはね、アキオ、悪い奴を殴るのが好きなんだ」


 水に入ったオプティカが、踵を合わせるのが目に入る。

 凄まじい推進力で動き始める身体に、初めは戸惑ったような素振りを見せた彼女も、すぐに操作になれて、飛ぶように水中を移動し始めた。


 それぞれの少女たちが、個別に海の怪物(クラーケン)を攻略し始めていた。

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