060.要求
文章をずらそうとして、二重にペーストしていました。
読みにくい文章になっていてすみませんでした。
数キロ流された時点で、ナノ・シンが再起動したアキオは川から出た。
川の水は冷たく、冷え切った体内のナノ・マシンの動きは鈍い。
月光が月に隠れるのを待って、身を低くして地面を這うように走ったアキオは森に飛び込む。
気配を探るが、追手らしいものは感じられなかった。
川の流れが急だったので、追跡が追いつかなかったのかもしれない。
アキオは、大きく迂回しながら街へ向かって走り出した。
毛布は水中で離していたので、今は薄汚れた黄色の囚人服だけを身に着けている。
身体強化をし、数分も走ると風で衣服は乾いた。
ナノ強化して単独行動をするアキオを追跡できる者は、この星には存在しないだろう。
先刻も、マクスを連れていたから追い立てられたのだ。
最大限の警戒をしながら街の壁に近づいたアキオは音を立てずにその上に飛び乗った。
基本的に、街の壁より外100メートルまでは魔法が発動しない、つまり魔法エネルギーであるポアミルズ胞子が存在しないと言われているので、壁の上にいる彼が火球や雷球で攻撃されることはない。
街に飛び降り全速で宿に向かう。
時刻は04:15過ぎだ。
傭兵の街だけあって、シュテラ・ナマドにも夜間外出禁止令が出ているようだ。
街に人影はないのは助かる。
囚人服を見られるわけにはいかない。
宿である鋼武苑の周りをさぐったアキオは、待ち伏せの気配がないのを知って、窓から部屋に入った。
最初にベッド下の装備を確認する。
誰かに触られた痕跡はなかった。
囚人服を脱ぎすて、自分の服を着る。
ナノ・コートを羽織り、装備を身に着けた。
「ミーナ」
彼のAIを呼ぶ。
「何かあったのね」
夜中の連絡で異変を察知したミーナが言う。
アキオは経緯を報告した。
「今のところ、どちらが狙われたのかわからないのね」
「そうだ。お前は、今どこにいる」
「女の子たちと一緒に馬車でそっちに向かっているわ。ラピイに無理をいって一晩中移動し続けているから、明日の昼にはそちらに着くはずよ」
「わかった」
「あなたはどうするの?」
「防備を固めて、ここで昼まで過ごす。獄には偽名で入っていたから、衛士に捕まることもないだろう」
「エクハート家に連絡は?」
「それはキイに任せる」
「では待機していて」
「わかった」
アキオは、怪力を振るってベッドを横向きに立てると扉に向け阻塞とした。
壁とベッドの間の床にじかに座る。
片膝を抱いて目を瞑った。
夜明けを待つ。
「アキオ――」
ミーナが話かける。
「雷球対策だけど……」
陽が昇るまで。彼らの会話は続いた。
07:00になると、アキオは手持ちのレーションで食事をとった。
さらに待つ。
10:45、ミーナから連絡が入った。
「街の門に着いたわ」
「俺は鋼武苑という宿に泊まっている。場所はわかるか?」
「分かるよ、主さま」
キイの声がインナーフォンに響いた。
「そっちに行こうか、それとも直接エクハートの屋敷に行った方がいいかい」
アキオは少し考え、言った。
「エクハート邸に来てくれ。俺も行く」
「わかった」
彼はベッドを元通りに戻すと部屋を出た。
エクハート邸へ向かう。
「キイ、君は自分のことをエクハート伯爵にどう説明した」
歩きながらキイに尋ねる。
「死んだマキイの友人と言ってあるよ。辺境の傭兵団に所属していたって。マクスも話を合わせてくれたから伯爵はそれで納得してくれている」
「そうか」
「もちろん、今は傭兵団を抜けて、あんた個人の傭兵だと説明してあるから、心配しないでくれ」
その説明の方が不自然で心配だ、とは口に出せない。
前に調べた通り、屋敷は鋼武苑から近かった。
屋敷の正門近くで待っていると、向こうからラピイがやってくるのが見えた。
「主さま」
キイが御者台の上で手を振る。
ラピイも馬車も、もともとは銀の団の所有物だったため、キイが扱うことになったのだろう。
彼は、自分が出かけたあとの同期騒動の顛末をまだ知らない。
アキオは、キイに手を上げて応え、近づいた。
馬車が停まると、彼はラピイを労って軽く首を叩いてやり御者台に跳ね上がった。
キイの横に座る。
「よく来た――マクスのことはすまない」
「話は聞いたよ。あんたは悪くない。あの状況では仕方ないさ」
「では、行ってくれ」
「わかった」
キイの肩を軽く叩いてアキオは車内に入る。
「アキオ」
彼の姿を見て、少女たちが口々に声をかけた。
その中に、ユイノの姿を見つけてアキオは眉を上げる。
「なぜ君が――」
「キイはあたしを家族同然といった。マクスって子がキイの親友なら、あたしにとっても大切な子さ。だから来た」
「そうか」
青い瞳に宿る決意を見て、アキオは黙ってテーブルにつく。
「アキオ」
彼が口を開く前にピアノが呼びかけた。
「気になることがあります」
「なんだ」
「あなたとマクスを襲った暗殺者たち、わたしと同じ銀針を使ったそうですね」
「ああ、結社シュネルの者なのか」
「サルヴィル・ド・コント、義父と義兄たちが死んだ上、主な団員もいなくなったからシュネルはほぼ壊滅状態です」
「そうか」
少女はさりげなく言っているが、そのほとんどをピアノと彼で倒しているのだ。
今更だが、コントは地球後のカウントの意味ではなさそうだ。
「この国で暗殺を司る結社は、シュネル、ラング、ライデの3つ。ラングは毒を用いて緩慢に殺すのに長け、ライデはできるだけ多く切り刻んで殺したがる。どちらも銀針は使いません」
「では、国外の者か」
「それが……銀針を使う部下たちを持つ男が一人だけいます。わたしの長兄です」
アキオはうなずく。
確か王国の内部調査部の課長と言っていた。
刺客は、ピアノの兄の差し金なのだろうか。だとすると、狙いはアキオだったということになる。
「覚えておこう」
情報不足の問題にそれ以上関わる愚を避けて、アキオは会話を打ち切る。
馬車が止まった。
「みんな、ついたよ。これから伯爵に会うけど一緒に来るかい」
御者台からキイが呼び掛ける。
「行きます」
ユスラが立ち上がり、他の少女たちもそれに続いた。
「ミーナ、ミストラとヴァイユは?」
アキオも彼女たちと馬車を降りながらAIに話しかける。
「ゴランが退治されたことを知ったダンクが迎えに来て、一緒に街に帰ったわ。」
「そうか。奴は、文句をいわなかったのか」
「何かいいたそうにしてたけど、ヴァイユににらまれたら黙ったわ」
ミーナは愉快そうにいう。
「無事に街に帰ったのならいい」
「ああ、ふたりには栗色と檸檬色のナノ・コートを渡しておいたから」
「わかった」
馬車は玄関の前に停められていた。
キイは先に伯爵に挨拶にいったのか姿が見えない。
執事らしき男が先に立って案内する。
背後で馬車が移動されていく。厩に回されるらしい。
大きな屋敷だ。
長い廊下を歩き、通された部屋には、キイとエクハート夫妻と思われる男女がいた。
「主さま」
キイが声をかけて近づく。
「どうだ」
「さっき、文が届いたそうだよ」
「動きが早いわね」
ミーナの声がインナーフォンに響く。
この声は、部屋にいる少女たち全員に聞こえているはずだ。
キイが、アキオを伯爵を引き合わせる。
エクハート伯爵は、長身で輝く銀髪を持つ40代の男だった。
「伯爵、これがわたしの主、アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミスです。アキオ、こちらがエクハート伯爵さま」
アキオは軽く頭を下げる。
「妻のヤルミンです」
伯爵は横に立つ、緑色の髪をした美しい女性を紹介する。
マクスは母親似のようだ。
「キイの、彼女の話ではあなたがマクスを取り戻すのに力を貸してくれるらしいが」
「できる限りのことはしよう」
「アキオに任せれば大丈夫さ」
キイが笑う。
「君がいうなら間違いはないだろう」
伯爵の、彼女への信頼は厚いようだ。
「手紙が来たらしいな」
「ああ、これです」
伯爵は、折りたたまれた紙を渡す。
「先ほど子供がやって来て、門番に渡したそうです」
「その子供は?」
「走って逃げたようです」
「中を見ても?」
「どうぞ」
アキオは紙を広げて読み始める。
こまごまとした注意書きが書かれた要求書つまり脅迫状だが、要するに、3日後の正午に、ポカロの廃城までキイ・モラミスが指定した金額の金を持ってくれば、マクスを開放するという内容だった。
「行ってもらえますか、キイさん。金ならなんとかなる」
かなりの額だが、エクハート家は裕福らしい。
「足りなければ、ヴァイユがなんとかするでしょう」
ユスラが小声で言う。
「もちろん行くよ。伯爵」
そういって彼女はアキオを見る。
「軍関係者を連れて来るな、と書かれているが、個人傭兵に記載はないね、アキオ」
「そのようだな。俺も行く」
「お頼みします。わたしはこれから、金の準備をいたしますので、皆さんは、この部屋でおくつろぎください」
そういって、伯爵たちは部屋を出て行った。
「キイ」
「なんだい」
「ポカロというのは」
「ああ、そうか、主さまはご存じないんだ。ポカロはこの世界じゃ有名な場所でね」
「街ではないのですが、王室の保養地があった場所で、5年前に突然魔力が使えるようになったために、廃棄されて王家の城も廃城となっています」
ユスラが説明する。
「ちょっと待って」
カマラが驚く。
「一度、ポアミルズ胞子がなくなったのに、また復活した?ミーナ」
「普通ならありえないわね」
「それを調べるためだけでも、行く価値はあるわ」
カマラが目を輝かせる。
「君はその城を知っているのか」
「はい、子供の頃に、何度か行ったことがあります。湖水のほとりの美しいお城でした」
さすがに元女公爵だけあって、王族関係には詳しい。
「ご案内します」
「もちろん、あたしたちも一緒に行くよ」
「もうアキオを独りで危険な場所には行かせません」
ユイノとピアノも断言する。
「仕方ないわね――アキオ。あれを作らないと」
「そうだな。手伝ってくれ」
「了解」
「ここからポカロまでは」
「馬車で2日です」
「ナノ強化で走ったら半日ということね」
「全員、身体強化は使えるな」
「はい」
「ということは、2日間、余裕があるということね」
「俺はこれからミーナと装備品の開発と製作を行う」
そういって、アキオは部屋を出ていこうとする。
「あ、アキオ」
声をかけるユイノをピアノとカマラが止めた。
少女たちは首を振って、引き留めるなと意思表示する。
「目の前でマクスを奪われたのが、よほど悔しかったんだろうね」
扉が閉まるのを見ながらキイがつぶやいた。
「だから、そのための防具を作るのでしょう」
カマラが言った。
それから丸2日、食事以外の時間すべてを、アキオは馬車の工作室に籠って作業を続けたのだった。