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599.人魚

「ここは……」

 オプティカは、アラント大陸では珍しい六角床板ヘキサタイルが敷きつめられた床を見てつぶやく。


「湖水宮殿の中の休憩エリアだよ」


「というより戦闘準備室ですね」

 ピアノが壁に備え付けの戸棚ロッカーを示す。

「もともと、この湖は水中戦の演習場として作られたので、ここにはそのための装備が置かれているのです」

 彼女の言葉どおり、光沢のある白色の壁に作られた細長い棚には、変わった形のライフルと、先が3つに分かれた槍、そして――人間大の魚の尻尾が吊られていた。


「それは違うでしょう。()()()()()()()は、アキオと一緒に水中に沈んだアトランティスの古代遺跡を散策するデート・コースとして作ったんだから」

 ラピィが憤慨する。

「そうだよ。そのために人魚イアーラになるための尻尾フィッシュテイル装置ギアも作ったんだから」

 シジマが、壁に吊られた尻尾を指さす。

「なんだって!」

「あんた水中戦で、アキオを守るための速さが必要だってアレを作ったんじゃないのかい。あたしに手伝わせて」

 ユイノが責める口調になる。

「も、もちろん、そのつもりもあったよ。ナノ強化と併用してIテイル(人工尾)を使えば、時速100キロの速度を出せるからね」


 旗色の悪い少女にミストラが追い打ちをかける。

「やはりそうでしたか。水中の速度だけなら、強化靴ブーツかかとに仕込まれた水中ハイドロジェットだけで充分ですから」

「あれ、なんかボク責められてる?みんなだって、アキオと一緒に、魚になった気分で遺跡巡りしてたじゃないの。ユイノだって、ミストラたちといっしょにメロウ・ダンスを練習――」

「あー何かなそれは」

 シジマの言葉をさえぎりながら、さっと彼女の手をつかんだユイノの手が指話を伝える。

〈それはまだアキオには内緒ないしょなんだよ〉


「イアーラ、メロウ?」

 オプティカが、耳慣れない言葉に反応する。

「そうじゃ、アキオの世界にいた、上半身が人間で下半身が魚の()()()()()生物じゃな」

「いわゆるマーメイドね。他にセイレーン、ローレライ、ハゥフルなんて呼び方もある」

 ラピィが手を叩く。


「いや、地球にそんなものは存在しない」

 アキオはつぶやいた。

 だが、彼の反論はにぎやかに交わされる少女たちの会話によってかき消される。


 彼の知る限り、実在したマーメイドは、電波の通りにくい海中で水中音響通信を利用した作戦を得意とする傭兵部隊だけだった。

 たしか、その名をマーメイド8823部隊という。

 敵対したことも共闘したこともなかったが、知識として知るマーメイド8823部隊は全員が鍛え抜かれた大男だったはずだ。


 だが――


 アキオは楽しそうに話す少女たちを見た。

 この際、それは重要なことではないのだろう。

 アルメデが、彼へ向けて可愛く片目を閉じるのを見てその意を強くする。


「ここが宮殿の入口ってことは、この通路の向こうにはまだまだ部屋があるってことなんだね」

「そうだよ。ここ2か月で、ずいぶん拡張したんだ」

「あんた、またあたしたちに黙ってそんなことを」

「まあまあ、そう怒らないで。新しいエリアには、これまでと違った演習もプログラムしてあるんだ――でね、せっかくティカさまが来てくれたんだから、この機会にお披露目ひろめをしようと思ってね」


「シジマがあんな顔をする時は、かならず良からぬことを企んでいますね」

 このところ、すっかりシジマと仲良くなったヨスルが遠慮のない言葉を投げかける。


「別に嫌ならいいんだよ――新規演習プログラムは30分コースだから、さっと終わらせることができるんだけどね」

「だめですよ、シジマ。一日中戦われたティカさまは疲れておいででしょうから」

「いや」

 アルメデの言葉を遮って、オプティカは言った。

「身体は全然疲れてないから大丈夫さ。ナノクラフトのせいかね」

 それは本心からの言葉だった。

 実際、疲労感はまったくない。


 それに、彼女はアキオをとりまく少女たちの戦いぶりを見たかったのだ。


「そう、ですか。わかりました。アキオ、いいですか」

 彼がうなずくと、少女たちはそれぞれ壁に置かれた武器を手にする。 


「君はこれだろう」

 アキオは壁の抽斗ひきだしを、いくつか開けてショックレス・グローブを見つけ出すと彼女にさしだした。

「すまないね」

 グローブを手に()めたオプティカはにっこりと微笑む。


「ではいきましょう」

 ユスラの言葉で、全員が部屋から伸びる通路へ向けて歩き始める。


 スぺクトラも三叉槍トライデントを手に通路へ脚を踏みだした。

 それまで、ひっそりと壁際にたたずんていたゴルドーがそれに続く。


「それで、今回の敵は何なんだい」

 わざと時代がかった色にしてある石づくりの通路を歩きながらキィが訪ねる。


 通常は、地上演習のビースト・ライスに水中銃ともりを持たせて敵としているのだ。


「何だと思う。ヒントはね、今回は雰囲気を大切にしたの」

「わかった、半漁人が相手だね」

「ちょっと違うなぁ」

 シジマは早足で先頭に立つと、これも古臭く擬装ぎそうされた石扉の前で立ち止った。

「ここだよ」

 そういって、力をこめて扉を押し開けた。

「電動式じゃないのかい。凝りすぎだよ」

 あきれるキィに向かってシジマが言う。

「さあ、どうぞ中へ」

「なんだい、これは」

 一番最初に中に入ったキィが声をあげた。


 想像以上に大きな空間だったからだ。


 古臭く汚された石造りの部屋は薄暗く照らされ、端の方が見えにくいほど広かった。


「あんた、皆に黙ってこんなに拡張してたのかい」

 ユイノが叫ぶ。

「地盤はナノ強化してあるから、特に危なくはないよ」

「そういう問題じゃなくてね」

 今、彼女たちは、巨大な空間の上方から張り出したテラスのようなものに乗っていた。

 下をみると、部屋は7分目ほど透明度の高い水で満たされている。

「なんだか、嫌な予感がしてきたよ」

 ユイノが自分で自分の身体を抱くように身震いする。

「この大きさですものね」

 ヨスルもそう言って三叉槍トライデントを握りなおす。


 シジマは少女たちを見回した。


「じゃ、用意はいいかい。それじゃ始めるよ。魅惑の――」

 彼女はアームバンドに手を触れる。

 水中で、岩の崩れるような鈍い音が響いた。

 テラスから覗き込むと、()()()()()()()が横穴から這い出てくるのが見える。


「クラーケン討伐演習へようこそ」

 シジマが良く通る声で宣言した。

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