596.招待
オプティカとユスラはタラップを降り、広い格納庫を歩いていく。
アルメデは、彼女たちの後ろで立ち止まり、格納庫内を指さしながらアキオと何か話をしている。
オプティカは、歩きながら広大な空間を見渡した。
庫内の端には、5つほどの巨大な窪みがあり、その中では、それぞれ大きさと形の違う新しい乗物が作られつつあった。
作業の進捗には違いがあり、骨組みだけのもの、内部が組み込まれつつあるもの、ほぼ完成したもの、外装が仕上げられつつあるものがある。
それらの周りでは、上下が繋がった空色の服を着た白い作業員が忙しげに動き回り、以前に橋を架ける時に目にした不定形の生き物、グリムが巨大な梁や装置を運搬し持ち上げている。
ただし、橋の時とは違って色は鮮やかな緑色だ。
オプティカの視線に気づいたユスラが説明する。
「あれは船渠です。飛行艇や潜水艦などの新しい乗り物を作るところですね。工期を短縮するために、シジマとカマラの発案で多くの部品は、隣にある工場でユニット生産され、ここでは組み上げるだけです」
「あれは人間かい」
オプティカが、ツナギを着た作業員を指さす。
「彼らはライスです。駒鳥号や白鳥号で、わたしたちの世話をしてくれる者と同じですね。力仕事をしているのはギデオンです」
「グリムって名前じゃなかったのかい」
「ヌースクアムから切り離された、独立型のギデオンが自ら名乗ってグリムと称しているのです。あの緑のギデオンは、ヌースクアム全体を管理するAIアカラの管理下で、ドッホエーベでの行いを反省させながら、わたしたちのために働いてくれています」
「まるで生き物だね」
「ある意味そうですね。わたしたちと同じように自分で考え、行動し、人を好きになりますから」
オプティカはユスラを見た。
ギデオンやグリムが誰を好きなのかは聞かずともわかる。
彼女はうなずく。
「なるほど」
ユスラは左端の大きな飛行艇を指さし、
「船渠に並ぶ機体は、ほぼシジマとカマラのオリジナルですが、あれだけは地球でアキオが使っていたものの復元です。名をトランジといいます。本来、アキオはあれでこちらの世界に来るはずだったのですが、緊急事態が起こった時に、トランジが整備中だったので、サイズの小さなジーナを使ったのです。設計図が残っていたので、少し時間ができた今、建造を始めたようです」
「へぇ、でも、なんで今さらそんなものを?」
並んで歩くユスラが少し困った顔になる。
「さあ……特に理由はないと思いますね。まあ、シジマですから」
「そ、そうかい」
「おそらくアキオが持っていたものは、全部集めたいと思っているのでしょう。その気持ちはわかります――さあ、お乗りください」
いつの間にか、ふたりは格納庫の壁際にある移動装置、モノ・ポッドの前まで来ていた。
20人乗りの乳白色をした卵型の乗り物には、すでに先に来た少女たちが乗り込んで、真紅の座席に座っている。
オプティカもヴァイユの横に腰かけた。
金色の少女が軽く会釈する。
彼女の横にはユスラが座った。
少し遅れてアキオとアルメデが乗り込んでくる。
ピン、と音が響いてポッドのドアがスライドし、ぴったりと壁面にはまり込んだ。
完全な卵型となったポッドが静かに動き出す。
20メートルおきに環状に走路を照らすべく設置された橙色灯の飛び去るリズムが速くなっていく。
アキオとアルメデは並んで立ったまま、飛び去る光を見ていた。
ポッドの壁面素材は外からは乳白色に見えるが、中からはその一部が透明になって外部が見えるようになっているのだ。
身長差のあるアルメデが彼を見上げて話しかけ、アキオが短く言葉を返す。
1分ほどでポッドは停止した。
ドアが開くと、甘い香りが流れ込んで来て、乗りなれない高速移動に緊張していたオプティカの気分がほぐれる。
果物か花の芳香だろう。
アキオとアルメデが、最初にポッドを降りた。
短髪の女王は、後から来る少女たちを振り返ると言う。
「わたしは、主操作室に寄ってきます」
オプティカを見て、
「ティカさま。すぐに戻ってまいりますので」
そう言い残すと、少女はアキオの腕に手を触れてから、一人、ポッドの停まる壁沿いに歩いて行った。
「アキオ」
歩き始めた彼の横に、小柄な影が走り寄る。
後ろ姿しか見えないが、落ち着いた夕陽色のきれいな髪と頭からのぞく2本の角からスぺクトラである事が分かった。
シミュラの話によると、ゴランの上位種として元は今の何倍もの大きさであった彼女は、アキオに抱きしめてもらいたいという理由だけで多くのものを犠牲にして今の姿になったのだという。
彼女から少し離れて、邪魔にならないよう影のように、あるいは王を守る騎士のようにゴルドーが控えている。
駒鳥号では、彼からひどく丁寧な謝罪を受けた。
投石で彼女を傷つけたことへの謝罪だった。
だが、彼女にとっては、そのおかげで自分だけがアキオの心臓をもらうことができたのだ、感謝こそすれ、怒る理由がない。
彼女は再びスぺクトラを見た。
いま、彼女はコロコロと少女のようにアキオを見ながら笑っている。
数千年を洞窟の奥で一人過ごすのは、どんな気持ちだったのだろう。
美しい横顔を見せてアキオと話す少女を見て、物思いに沈みながらオプティカも庭園を歩いていく。
洞窟の中であるはずなのに、彼女の頬を心地よく甘い香りのする風が撫で、頭上には満天の星が輝き、3つの月までが輝いていた。
小径の両側には、導くように恋月草が紫色の光を放って揺れ、幻想的な景色を生み出していた。
「ティカさま」
先頭を歩いていたユスラが小径から離れ、彼女の背の高さほどの樹の陰から蔓で作られた籠を取り出した。
「こちらへおいでください」
言われるままに恋月草の切れ目から横道に折れると、そこは果樹園だった。
ユスラが腕に手を触れると、どういう仕掛けか、彼女たちの周辺だけが夕暮れほどの明るさに照らし出される。
こんな景色をいつか見たことがあった――
夕焼け色の農園を見て、なぜか彼女の胸は言葉にできない郷愁で締め付けられるのだった。
見回すと、様々な種類の樹がそれぞれにたっぷりとした身をつけている。
これがユスラの育てている農作物らしい。
「どれも食べごろなので、籠いっぱいにお好きなものをお採りください。あとで皆でたべましょう」
彼女の言葉に従って、オプティカは果実をもいで、籠に入れていく。
たちまち、大小、種類もさまざまな果実で籠が埋め尽くされた。
「さあ、次はこっちだよ」
シジマが言って彼女の手を取る。
彼女は近づいてきたライスに籠を渡すと、手を引かれるままに、恋月草の小径を歩いていく。
視界が開けると、目の前に、豊かに水をたたえた透明度の高い湖が広がっていた。