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059.同期

「待ったか、ユイノ」

 露天風呂の幕を上げてアキオが入ってくる。

「い、いや、さっき来たところだよ」

 そうは言ったが、彼女は、アキオから先に風呂に入って待っていろと告げられて、30分も前から湯につかっていたのだ。

 体内のナノ・マシンのお陰で、なんとか湯あたりはまぬかれている。


 かかり湯をしてアキオが湯に入り、ユイノに近づいた。

 二人きりで風呂に入るのは初めてだ。

 彼女はいつもに倍して恥ずかしさを感じる。

「あ」

 不意にアキオが、ユイノの手を引いて引き寄せ、しっかりと抱きしめて髪に顔を埋める。

「君の髪は太陽と花の匂いがする」

「は、恥ずかしいよ」

「何も恥ずかしいことはないさ」

「でも……」

 アキオはユイノの顎に手をやり、彼女の顔を上げさせた。

 そっと口づける。

「アキオ……」

「君のダンスは俺のものだ。だから君も俺のものだ」

「うれしいよ」

 そういって、アキオは再び彼女を抱きしめ、手を胸に伸ばした。

「あ、あたしの胸は姫さまほど大きくないし――」

「大事なのは大きさじゃない。君の胸は()()()だ」

「あ、ありがとう」

 喜びのあまり、ユイノは言葉を失いそうになる。

 彼女もアキオの胸に手をのばし、そっと触れ始める――



「こっちへおいでキイ」

 アキオのくれた長剣アイリスで、型の練習をしていた少女に彼が声をかけてきた。

「な、なんだい」

「二人きりで話がある」

「あ、あるじさま――」

 アキオに手を引かれてキイは車内に誘われる。

 他の少女たちは、それぞれの用事で夕方まで帰らない。

「よく独りでエクハート家の冤罪を晴らしたな」

「マクスのために必死にやっただけさ」

 アキオは彼女の頭を撫で、

「今日は、君に褒美をやろう」

 そういったとたん、アキオの腕が彼女の(ひざ)に伸びてキイの体は重力を失ったように回転し――次の瞬間、すっぽりとアキオの腕におさまり抱きあげられていた。

 いわゆる、お姫さま抱っこだ。

「ア、アキオ、これって……」

「一度、君にこうしたかった」

「ああ、アキオ、ありがとう。ずっとわたしもこうしてもらいたかった。ヴァイユやミストラみたいに……羽のように軽いたちみたいに……」

 キイはアキオの首に手を回し、抱きついた。

 涙ぐむ。

「前の体の時はあきらめてたし、今の体も重いから駄目だと……」

「俺なら簡単だ」

「これで夢がかなったよ」

 そのままアキオのパーティションに運ばれ、そっとベッドに寝かされる。

「キイ、君は()()()

 そういってアキオはキイの隣に寝て彼女に頬を寄せる。

「あ」

 彼の手がキイの胸に伸び、優しく触れた。

 彼女もアキオの体に手を触れ――



「これはどういう現象なのでしょうか?」

 ミストラが尋ね、カマラがゆるゆると首を振る。

 彼女たちの目の前で、今、ユイノとキイが(おだ)やかな寝顔のままお互いの胸をまさぐろうとしていた。


「こんなふうに同時にアキオさまの夢を見るなんて不思議ですね」

 ミストラがつぶやく。

「先ほどから漏れ聞こえる寝言からすると、夢の中にわたしたちも出ているように思いますが――」

 ヴァイユがおかしそうに言う。

「悪い役どころではなさそうですね。わたしの胸も話題に出ているようです」

 ユスラが続けた。


 出発の前に、皆で車内の掃除をしようとしたところ、突如として眠くなったふたりが仮眠をとると言い出したのだ。

 キイはエクハート事件の疲労の蓄積、ユイノは、昨夜、頑張りすぎて寝不足になったためだろう。

「キイさんはともかく、ユイノさんまで眠いのは納得しづらいのですが……」

 ヴァイユが金色の目を細めて苦笑する。

「まあ、あんなに熱心に調べれば疲れもしますね」

 ミストラも笑う。

「いったい、どんなことをしていたのか、わたしも見てみたかった」

 ユスラが真剣な口調で言った。


 いざ寝るとなると、キイは、自分は重いから車外で独り横になると主張したのだが、ユイノが身体強化をするから大丈夫と言いはって、結局、2人で昼寝をすることになり――


 彼女たちが眠るパーティション以外の掃除を終えて、少女たちが様子を見に行くと、お互いが寝言をいいながら体を触り合うという怪現象を目撃したのだった。


「ミーナはどう思う」

「そうねぇ、やっぱりこれも同種株(どうしゅかぶ)ナノ・マシンの同調シンクロ現象かもしれないわね」

「そうでしょうか。これは普通のことではないですか?わたしも時々アキオさまの夢を見ますよ」

 ヴァイユが言い、

「そうですね。皆さんも見るでしょう」

 ユスラが当然のように同意する。


「カマラさんやピアノさんは、そんな夢は見ませんよね」

 何気なくミストラが尋ねた。

 冷静そのものの二人が、そんな感情に溺れた夢を見るとは思わなかったのだ。

 少女たちは表情を変えない。

 ただ、そのまま頬をほんのりと赤く染める。

「ええ!」

「見るんですね」

「あたりまえでしょう。ピアノさんとカマラさんは、他の誰よりもアキオに夢中なんですから」

 ユスラが微笑む。

「それより、そろそろ2人を起こさないと、さらにいけないことになりそうよ」

 車載カメラでキイとユイノを観察していたミーナに注意され、少女たちは二人を揺り起こし始める。


「ミーナ」

 目を覚まし、事態を把握して愕然とするユイノとキイを見ながらカマラが言った。

「これは、何か対策を打たないといけないわね」

「そうねぇ――わたしは別に」

「ミーナ!」

「わかったわ。ふたりで対策を練りましょう」

「なるべく早くね」

「はいはい」

 そういいながら、見ていて楽しく可愛いから、これはこれで良いのではないかと彼女は思うのだった。


「でも、不思議ね。あなたたち、今まで一緒に寝ても、こんなことはなかったんでしょう?」

「ありませんね」

 ピアノが答える。

 彼女は、ユスラとも、ヴァイユとも同じベッドで寝たことがある。

 昨夜は、カマラとも同じベッドで一緒に過ごした。

 彼女とはいろいろな話をしたが、その内容は乙女の秘密、だ。


「可能性は?推測でいいから考えて」

 カマラに促され、ミーナが話し始める。

「さっきもいったけど、通常のナノ・マシンでこういった現象は確認されてはいないわ」

「そうね」

「アキオのナノ・マシンを入れたあなたたちにだけ、こういった不思議な現象が起きる」

「あなたはよく、同種株、といった呼び方をするけど、通常のナノ・マシンとアキオの体内のナノ・マシンは違うの?」

 カマラが尋ねる。

「――そうね。違うわ。彼の体内のナノ・マシンは一種類じゃないの」

「どういうこと。それは初めて聞くわ」

 カマラがミーナを責めるように言う。

「彼はね――欠陥だらけで、危険で安定しない試作段階のナノ・マシンを与えられた実験体だったの」

「あの、子供の時の実験ですか?」

 ピアノが尋ねる。

「いいえ、()()と出会ってからの話よ」

「アキオは、またそんな目にあっていたのですか」

 ユスラがつぶやく。

「最初はね。その後のことは、あなたたちも知っているように、()()を再生するために、アキオ自身がナノ・マシンを作り変え、進化させ、そのたびに自分の身体で実験して現在の、『完成されたナノ・マシン』を生み出したの」

「自分の体を実験に使ったのかい」

 すっかり目を覚ましたユイノも会話に加わる。

「そうよ。だから彼の体内には、さまざまな段階のナノ・マシンが混在しているの」

 少女たちは黙り込む。

「あ、別に危険なものはないわよ。ただ、彼の体内はナノ・マシンの多様性(ダイバーシティ)の宝庫であるというだけ。カマラ、あなたならわかるでしょう。種としての生物と同様、単一のものは状態変化に弱い。その意味で、彼の体内のナノ・マシンは他のもっと進んだマシンより順応性に富んだ『たくましい』ナノ・マシン()なの」

「だから、さっきみたいなことも起こるんだね」

 キイがうなずく。

「アキオからわたしたちが授かったナノ・マシンが特殊なものだというのはわかったわ。でも、それだけでは答えになっていないわよ、ミーナ」

「そうねぇ。例えば、ふたりのうち、どちらかのナノ・マシンが過剰なエネルギー、ものすごい高温を与えられて過活動したとか……」

「ええっ、わたしたちが高温になった?」

 キイが目を丸くする。

「たぶん、それはないわね」

 カマラが否定する。

「強い意志の力でマシンが影響を受けた、とか」

「あたしたちの意志……ああ、強い意志ね、うーん」

 ユイノが額に手をやる。

「それもなさそうです」

 ヴァイユが言い、ユイノに見られて目をそらす。


「そもそも、ナノ・マシンがコントロール装置なしで制御できるとは思えないし……もしそんなことができるなら、ものすごい精神力だもの」

「ユイノさんはともかく、わたしには無理だね」

 キイが言い、

「もちろん、あたしにも無理だよ」

 ユイノも肩をすくめる。

「離れた誰かの影響を受けたとは考えられませんか」

「あたしたち以外にアキオの血でナノ・マシンをもらった娘はいないんだろ」

「そのはずよ」

「だとすると……わからないわね」

「アキオの血を授かって彼を愛する謎の――女性?」

 ユスラが頬に指を当てる。

「マシン同士が影響を受けるのはごく近い距離ですよ」

 カマラが念を押す。

「まあまあ、実害があるわけではなし、慌てないでゆっくり調べましょう」

 そう言ってミーナが場をしめた。

「さあ、みんな。そろそろ出発するわよ。忘れ物がないかチェックして」

「はい」

 全員が声をそろえて返事する。

「わたしは、ラピイの様子を見てきます」

 ピアノが言い、後部扉から車外に出て馬車の前に向かった。


 巨大なケルビに近づき、声をかけようとした灰色髪(アッシュグレイヘア)の少女は、あることに気づく。

 彼女ラピイは寝ていたのだ。

 通常、ケルビはほとんど睡眠をとらない。

 もし、眠ることがあっても、立ったまま数分間眠るだけだ。


「あ」

 赤い眼の少女に記憶が甦る。


 かつて、暗殺者だったピアノが投げた銀針の毒を消すために、アキオは彼女(ラピイ)に自身の血を与えたのだった。


 ミーナの言葉が脳裏をよぎる。

 膨大なエネルギー、強靭な意志力、アキオが愛し、アキオを愛する強い心……


(ラピイ、あなた……)


 たまたま、アキオのナノ・マシンを共有する彼女(ラピイ)と同時期に眠った、あるいは彼女の精神の影響を受けて眠くなった少女たちは、彼女(ラピイ)の夢に同期(シンクロ)し、引きずられてあの状態になってしまったのではないだろうか。


 そういえば、キイとユイノは他の少女たちより彼女(ラピイ)と親しい。


 ピアノはそっとラピイに触れる。

 彼女はゆっくり目を開けた。

「ああ……」

 少女はつぶやく。

 いま、ピアノは、はっきりと理解できたのだ。

 その目の色は彼女もよく知っている。恋する女性の目だった――

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