588.用意
朝陽が登り、夜を徹してにぎわった光石祈年祭も幕を閉じ、眩いルクサメナムの輝きが消える頃、人々はそれぞれに家に帰り、年に一度の休日を楽しむために安らかな眠りについた。
「だいたい片付きましたね」
椅子に座ったアルメデが皆を見回して言った。
テーブルの上のお茶に手を伸ばし、優雅に喉を潤す。
他の者もそれに倣った。
場所は、領主館の会議室だ。
あの後、アキオとヌースクアムの少女たちは、ひと晩かけて事後処理に当たったのだった。
まず、館で眠るモルワイダの様子を確認した。
辺境伯が気にするとの配慮から、アキオではなくカマラとシジマの診察となる。
予想どおり、脳へのダメージはなく身体は完全回復していた。
念のために、ホット・ジェルを飲ませて昼過ぎまで安静にさせておく。
その後、メルカトラが失踪後に初めて母と対面した。
よくぞ無事にお帰りを、心配をかけました、というあっさりとした遣り取りをすませて部屋を出て行く少女にユイノが首をひねる。
「生死の分からなかった母親と再会した娘の会話とは思えないねぇ」
ユスラが言う。
「あんなものですよ。貴族の親子は」
「そうですね。うちもあんな感じでした」
ミストラがうなずき、
「まあ、父はわたしに家督を早く譲りたく仕方がなかったので、普通の貴族よりは会話は多かったですけど」
「わたしは貴族ではないので、貴族の皆さんのご家族を見て少し淡泊だとは思っていました」
そうつぶやくヴァイユに、
「あんたとこは父親の愛情が濃厚すぎるだろう」
ユイノが呆れた声を出す。
彼女は、ヴァイユを迎えに来た時にダンクの過保護ぶりを忘れてはいないのだ。
改良型ナノ・マシン2.0による強烈な身体再生を行ったため、モルワイダは、見た目が17歳程度に若返っていた。
ついで、彼らが向かったのは工場だ。
出迎えたザンガとリヴィアイラの兄妹によると、ソルダも意識を取り戻し、液中のため向こうからの言葉はないものの、彼らの話しかけには、目を使って意思表示をしているようで、記憶も確かで判断力も問題ないということだった。
あれから、いかなる会話が交わされたのか、年の離れた兄妹の関係はかなり改善されたようだ。
「診に行ってくれるか」
アキオは、カマラとシジマに声をかけた。
おそらくは大丈夫だろうが、正式な診断と状況を見てタンクをどうするか考えなければならないのだ。
「はい」
ふたりが良い返事を返し、
「あたしも行くよ」
ラピィと、それにスペクトラが一緒について行く。
むろん、彼女の従者のゴルドーも同行している。
珍しい組み合わせだと思いながら、それを見送ったアキオは、地面に寝かされたサータイアを見た。
居並ぶうちの一体に近づき、アーム・バンドで状態を確認する。
時間がなかった上、少し奇抜なプログラムだったので、若干の危惧があったのだが、うまくナノ・マシンがその機能を果たしているようだった。
表示によると、子供の身体の大部分は再生され、もうすぐ完全体となって、サータイアから排出されるはずだった。
「どうでしょう、アキオさま」
心配そうに彼を見上げながら、メルカトラが声をかける。
「大丈夫だ」
そういって、アキオは何気なく少女のあたまをポンポンと叩いた。
「あなたさまが、そうおっしゃるのなら安心です」
キイの胸で泣いたことで何らかの心境の変化があったのか、憑き物でも落ちたように素直な表情で少女が言う。
「もうすぐ、サータイアから、再生された子供が現れる、その数――」
アキオはざっと工場の敷地を見回す。
倒れたサータイアが整然と並べられているため数えやすい。
「158人、あと30分で子供たちに着せる服を用意できるか。仮に収容する場所も必要だ」
「158……大人用なら衛士のもので何とかなりますが、子供サイズだと半分しか用意できません。とりあえずそれを準備します。ついてきなさい」
そう言って女は控える衛士に声をかけると、工場の門から外へ飛び出していく。
少女の姿が消えると彼は言った。
「アルメデ」
「駒鳥号にある汎用ナノ布で、子供サイズの服を作りましょう。アキオ」
彼女に声を掛けられ、彼はアーム・バンドを操作しする。
「子供服のパターンを各自のバンドに送った」
「行きましょう」
アルメデを先頭に、少女たちが広い工場内の敷地に降り立った駒鳥号へ向けて走っていく。
「以心伝心じゃな」
それを見つめてシミュラが微笑む。
残っているのは、彼女とオプティカだけだ。
「あたしにできることはなんだい」
「ここにいればいいのじゃ。おぬしは充分働いたからの」
「でも、あの娘が」
「あやつが動くのは自領の子供のためじゃから当然じゃな、そして――」
シミュラが強く続ける。
「もはや、この国の民はおぬしの民ではないぞ。英雄王ノランの民じゃ。おぬしは旦那さまの傍に居ればよい。作業は勝手を知った者に任せるのじゃ」
「でも、シミュラさまは」
「寝物語におぬしにも語ったじゃろう。王は独りで在るべきではない。誰もいないのなら、わたしが居らねばならぬ。魔王の横には常に魔女が控えるべきじゃからな」
「あれ、みんなは」
地下から戻ったシジマが声をかけてくる。
シミュラが説明した。
「それで、またシミュラさまはサボってるんだ」
「身体を動かすのは若い者に任せておる」
「アルメデさまはどうなのさ」
「あやつは元気じゃからの」
シジマは、一向に堪えた様子のない神秘的な瞳の美少女の前で腕を組むが、ふと背後を振り返って、
「だったらスペクトラはどうなのさ。推定だけでも3000歳は超えてるのにあんな重いものを持ってくれてるよ」
少女の指さす先には、簡易型アミノ酸プールのタンクを前後で持つゴルドーとラピィ、その横にアミノ酸予備タンクを軽々と抱えるスペクトラの姿があった。
ザンガ、リヴィアイラの兄妹もいる。
「あやつは素直な働き者じゃからな」
「あれ、ということは、その逆のシミュラさまは偏屈な怠け者?」
「おぬし、最近、我をユイノなみに扱っておらぬか」
「あはは、冗談だよ。カマラ、状況をアキオに伝えて」
シジマに促され、カマラが話し出す。
少女たちによる診断では、首から始まった宰相の再生は胸部まで進んでいて、明日にはタンクから出て通常の会話を行えるだろう、とのことだった。
「じゃあ、これから宰相の屋敷までタンクを運ぶよ」
「駒鳥号は使わぬのか」
「祭に疲れて家で眠ってる人を起こすといけないからね。ライスを使っても人に見られたら騒動になるだろう。だったら運べる人に運んでもらった方が早いよ」
「それはそうじゃが……おぬしたち、大丈夫か」
シミュラに尋ねられ、
「問題ないよ、なあゴルドー」
ラピィに尋ねられて大男がうなずく。
「わたしも大丈夫です」
スぺクトラも微笑む。
アキオは、あらためて彼らを見た。
簡易版とはいえ、蘇生タンクは1トンはあるし、アミノ酸予備タンクは350キロを超える重量がある。
それを、特にナノ強化を行わずに軽々と持っているのはさすがだった。
「そんな重そうなものを軽々と持っている方が目立つような気もするけどねぇ」
オプティカの言葉にシジマが答える。
「早朝だから人も少ないでしょう。とにかくボクはこのまま宰相のお屋敷に向かうつもりさ。向こうに行ってタンクを設置しなくちゃならないしね。カマラは残っていいよ」
そういって、ラピィたちに合図をするとシジマは門を出て行った。
入れ替わりに、メルカトラとバーク少年たちが大量の衣類を運んで帰ってくる。
駒鳥号から、アルメデたちも袋を手に降りてきた。
その時、アキオのアーム・バンドが小さな電子音を発した。
「始まるな」
アキオが告げた。
サータイアから子供が排出されるのだ