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584.立合

「はじめ」

 気迫のこもった、短い掛け声が辺りに響いた。

 キィの声だ。



 軽く剣を合わせた後、ざっと、二人の少女が同時に飛び下がった。

 剣を構えて対峙たいじする。


「条件は」

「いつも通り。β(ベィタ)(エナ)だね」

 アキオの問いにキイが答える。


 ヌースクアムでは、全ての少女の体内にナノ・マシンが存在するため、護身用として、サイベリアのシステマやトルメアのCQB、CQC、クラヴ・マガ、あるいはフェンシングやケンドーなどを演習する際に、どのレベルまでナノ強化を発動するかを決める必要がある。


 ――ちなみに、銃剣術を使うのはアキオだけだ――


 トルメア語つまり地球共通語では、伝統的に軍隊用語は旧英語を使い、剣技を含む格闘関係はサントリーニ語=旧ギリシア語を用いる傾向がある。


 今、キィの言ったβ(ベィタ)(エナ)、つまりベータ・ワンは、演習格闘の標準設定である、肉体の保護を10段階の8、筋力増強を1、反射速度増感を1、体力維持のためのネオ・グリコーゲン消費を1、とするものだ。


 簡単にいえば、ほぼ人間の能力のまま、腱の断裂や骨折などの怪我を防ぐのみのナノ強化だった。



 二人が手にしているのは、ヌースクアムで使われている、サーベルに似た標準スタンダード練習剣だ。


 長さは数種類あるが、小柄な二人に合わせて、全長は70センチでヒルトにナックルガードが無く、片手剣としても両手剣としても使えるものとなっている。


 刀身を走る稲妻ブリッツを図案化した血抜き溝はラピィの発案によるものだ。


 剣自体はナノ強化されていない。



 アラント大陸では、全身(よろい)を身に着けたヒト同士の戦闘の際は、鎧ごと敵を破壊するためにメイスに似た打撲兵器が使われ、街中では短槍と細剣が使われる。


 ここ数十年、基本的に国同士の戦争はあまり行われておらず、勃発(ぼっぱつ)したとしても短時間で終わるように暗黙の了解がなされている。


 ()()()()()()()()()()()のがその理由だ。

 軍同士の戦闘を行っている時にゴランが現れたら、双方が壊滅的な損害をうけるからだ。


 魔獣討伐に関しては、対マーナガル戦は魔法を避けつつ弓で弱らせ、最終的に長槍とメイスで倒し、ゴランは――基本的にゴランと遭遇(そうぐう)したら、中隊以上の規模でないかぎり、逃げるか絶滅を覚悟するしか方法はない。


 それほどに、ゴランという魔獣は災害に等しい存在なのだ。


 よって、一般的な衛士にとって、普段使いの、もっともなじみ深い武器は細身剣だ。



 まず、メルカトラが動いた。

 身を低くして石畳を走り、斜めに切り上げる。

 かなりの速度だ。

 必殺の一撃だったが、シジマはそれを難なくさばき、最小限に剣を回転させて片手突きを放った。

 それに対する少女の反応も早かった。

 肩口を突いてくる切っ先を剣の根元で受け流し、手首を返してシジマの首筋を狙う。


 緑の髪の少女の身体が残像が残る速さで動き、刃先をかわすと、一瞬、身体を沈ませて、跳ね上がりざま斜め袈裟に斬り上げた。


 振り下ろした剣をシジマに避けられ、身体が泳ぐところを下から斬り上げられた少女に攻撃を避ける(すべ)はない――はずだった。

 キン、と澄んだ音が響いて、シジマの剣が弾かれる。


 咄嗟(とっさ)に、メルカトラが柄頭(つかがしら)で横手から剣先を弾いたのだ。



 最初のように、ふたり同時に飛び退しさった。

 およそ3メートルの距離をおいて、目の高さに剣を構えて呼吸を整える。


 ふたりとも素晴らしい技量だが、アキオの見るところ、若干シジマが押している印象があった。


「さすがにうまいな」

「当たり前だよ」

 アキオのつぶやきを聞いて、キィが、わがことのように形の良い胸を張る。


「あの子は、元々わたしの剣の師匠だ。それに、ここ最近は複数のライス相手にさらに技に磨きをかけているからね。その上で機械相手ばかりだと攻守がパターン化するからって、わたしともやってるんだ」

「大したものだ」

 お世辞ではなく、アキオが感心する。

 このところのヌースクアムにおける、彼女による科学的な研究成果は目覚ましい。

 それら膨大な研究を行いつつ、剣の練習もしているというのはさすがだ。

 よくそんな時間を捻出(ねんしゅつ)できるものだ。


「だが、そんなに強くなってどうする」

 素朴な疑問が口を()いて出る。

 大陸で5本の指に入る、といったのはドッホエーベ戦の頃の実力だ。

 それからさらに精進しょうじんを続けていたのなら、剣の腕前は、とうの昔に、大陸一になっているだろう。


 もっとも、5本の指のうちの残り4本も、キィ、カマラ、アルメデ、そして近頃、剣の才能を開花させたヨスルといったヌースクアムの少女たちなのだが――


 アキオの言葉にキィが呆れたように答えた。

「それはあるじさまを守るために決まっているじゃないか」

「俺を守る――」

 訳がわからない、という表情でアキオが彼女を見た。


「いいんだよ、あるじさまは分からなくても」

 キィはそういって、アキオの腕に頬を当てる。


 彼の腕の温もりを感じながら彼女は思う。

 アキオは強い、それに不死身だ。

 特に、シジマがナノ・マシンに抑制よくせいなく改良を加えるようになってからは――


 でも、いや、だからこそ、彼は以前よりもっとわが身の危険に対して不用心に、無頓着(むとんじゃく)になっているように、少女たち全員が思っている。


 本来、科学力において地球に遠く及ばないこの世界に、彼の敵は存在しないはずだが、ニューメアを通じて流れ込んだ地球の科学によって、アキオに害を及ぼしかねない敵が登場することもある。


 ドッホエーベのギデオンや今回のサータイアと呼ばれる生物もそうだった。

 だから、ひとり一人がアキオを守るために強くなければならない。

 それが彼女たち全員の一致した意見なのだ。


 剣技場の石畳いしだたみの上では、なおも少女たちの攻防が続いていた。


 素晴らしい足さばきで、たいを入れ替えながら、少女たちは演武のように剣を()わしている。


 斬り上げ、斬り下げ、横に()ぎ払い、突く。


 特に突きは、細身とはいえ刺突しとつ用ではない剣を使いながらも、2段突き、3段突きを駆使する攻防がされていた。

 並みの腕の者なら、数十回は死んでいるだろう。


 だが、そんな戦いにも終わりの(きざ)しが見え始めていた。

 互いの動きに疲れが見えてきたのだ。


 ナノ・グリコーゲンを使えば、数日であろうと戦い続けられるだろうが、今はその能力は封じられている。


 お互いがそれぞれに疲労を感じ、起死回生きしかいせいの一撃を狙って、その(きざ)しを(うかが)っているのだ。


 そして、その時が来た。


 シジマの身体の動きがわずかに遅れたのだ。

 身体を回転させ、次の攻撃へ向かう途中で、ほんの一瞬、背中を相手にさらしてしまった。


 それを見逃すメルカトラではない。

 渾身(こんしん)の、おそらくは最後の力をこめて、彼女の背中へ向けて斬撃ざんげきを繰り出した。


 斬られた――


 闘いを見ていた多くの者がそう思った時、ガキン、という金属音が響いて、彼女の剣がシジマの背の手前で止まった。

 いつのまにか、最短距離でシジマの背に回された剣が、彼女の斬撃を防いだのだ。

 その滑らかな動きから考えて、さっきの隙はわざと見せたものに違いなかった


 だが、どういう意図があったにせよ、それはシジマを危機に追い込んでいた。


 そのまま()()()()()とメルカトラが力を加え、不自然な体勢のシジマの背に、押されるままに両刃の剣が迫っていく。


 ああ、とアキオが気づいた。

 これは、かつて――


 すっと、シジマが手首を返すと共に身体を回しつつ、ごく自然にメルカトラの剣の()()()()()()背中から前に回した。

 剣を合わせたまま、するすると刃先を滑らせ、その切っ先を、とん、と少女の胸に当てる。


 静かな、しかし確かな決着だった。


「それまでだ」

 キィがアキオの腕から離れて宣言する。


「勝者、シジマ」


 わっと、剣技場を取り囲む男たちから歓声が上がった。

 両者をたたえる。


 キィが彼を見た。

「気づいたかい、主さま」

「始めて会った時に、君が見せてくれた剣捌けんさばきだ」

「そうさ、あれはマクス、シジマに教えてもらったんだ――覚えていてくれたんだね」

「君との出来事は何一つ忘れはしない」

 さりげなく言い放つ彼の言葉に、ぼっと音を立てるように少女の頬が紅くなる。


「いつのまに、それほど女性への対応がうまくなったのですか、アキオ」


 声の方向へ顔を向けると、頬を染めた少女とそっくりな美少女が、微笑みながら立っていた。

 心なしか、目が笑っていないように見える。

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