573.生物
アキオが、工場の壁の向こうに消えると、引き続き激しい銃撃の音が響き始めた。
その音を聞きながら、少女ふたりは、倒れて動かないサータイアを壁際から順に並べていく。
「オプティカさま」
数体を壁にもたれさせて並べたメルカトラが声を掛けた。
「わかってるよ。中身が動いてるね」
答えながら彼女は手許を見る。
少女たちが引きずって並ているサータイアは激しく発熱しており、その内部で何かが蠢きつつあった。
「アキオがいったように、子供たちの身体が、この中で再生されているんだ」
いま、彼女たちは、その邪魔をさせないために、折り重なって倒れている体を並べ、向きをかえているのだ。
「本当にそんなことが……いえ、もう驚くのはやめました。今日一日で、一生分の信じられないことを見ましたから」
少女は軽々と二体のサータイアを壁にもたれさせて己が手を見た。
治るはずのない傷が治り、もともと強かった力が倍以上になっている。
「旦那さまと一緒にいると、もっと凄いものが見られるよ」
オプティカが笑う。
言いながら彼女の脳裏に浮かぶのは、巨大な川に、たちまち橋を掛けたグリムというアキオの僕だ。
「それよりも」
少女がオプティカを見た。
「わたしが知りたいのは、あなたのご身分です。その髪色は、噂に聞くサンクトレイカの――」
「いっただろう。あたしは酒場の女主で旦那さまの女さ。それに、あんたも知っているだろう。今のサンクトレイカ王は、英雄王ノラン・ジュード。髪の色はフリュラじゃない」
「はい」
「今はそんなことを気にしている場合じゃないだろう。大切なのは、子供たちが、無事、元通りになることだ」
「本当になりますでしょうか」
「なるよ。あたしはアキオを信じてる。さあ、はやく並べるんだ。その後は、あたしたちにできることはないから、アキオを追いかけるよ」
サータイアを運びながら、オプティカが笑顔を見せる。
「それから、黒幕の偽魔女を締め上げるんだ」
壁を越え、工場の敷地内に駆け込んだ彼の前に現れたのは、およそ40体のサータイアと10体のガーディアン・ロボットだった。
数の比率から考えて、ガーディアン・ロボットは、名の通り工場の警備用だろう。
前に、アドハードで見たものより、旧式だ。
それでも、レーザー照射による攻撃を仕掛けるロボットに対して、アキオはP336を抜いた。
レーザーとサータイアの攻撃を避けて走りながらレイル・ガンモードで連射する。
警備ロボットはたちまち沈黙した。
彼を本気で止めるつもりなら、要塞クラスの装備が最低限必要だ。
そのままアキオはライフルを構えた。
生体兵器に向けて撃ち始める。
1分後、彼の前で動くものはいなくなった。
「どうやら、コラド兄さんの兵器を倒したというのは本当だったようね」
ずっと彼の頭上でホバリングを続けているドローンから、震える女の声が響いた。
「コラド・ドミニスの妹か」
「正確にいうと違うわ。薄い血のつながりはあるけどね。同じ時期にニューメアの試験を受けて登用され、師事した科学者が同じだったの。いわゆる兄弟子ね」
「お前の兵器はいなくなった。投降しろ」
「いやよ」
女が甘えた口調で言う。
「まだ、切り札を出していないもの。兄さんは、地球の科学者が残した大昔の設計図にとりつかれて、数を力だと考えていたけど、わたしは違った。力は力よ。本当の強さは、大きなものに宿るのよ」
ドローンから響く声が、突如、金切声になり、
「さあ、出てきなさい、クンパカルナ」
どことなくアグニ語の響きのある名を叫ぶ。
「さあ黒の魔王、これがわたしの切り札よ。勝てるものなら勝ってみなさい」
彼女の言葉に呼応して、工場前の敷地が大きく陥没する。
ついで、その深く暗い穴の縁に、巨大な指が掛かった。
金属製の腕覆いで包まれた指だ。
そして、穴の中から、金属鎧に包まれた巨人が姿を現した。
体高は30メートル余りある。
がっしりと太い胴回り、腕、足をもつその身体の体重は何トンあるだろうか。
体形はヒトと同じで、腕と足が2本ずつ4本あった。
8本にすると制御が難しかったか、体重が重くなりすぎたのだろう。
アキオは、驚くより感心して巨人を眺めた。
メンドラの口調から推測する限り、巨人の中身は機械ではなく内骨格を持つ生物なのだろう。
かつてアキオは、南アジアのアグニ王国の軍事研究所に潜入した際に、地上二足歩行生物の巨大化によるメリットとデメリットに関する資料、アグニ・レポートを目にしたことがあった。
それによると、筋力及び全身を支える骨格と腱の強度から考えて、水分が多く体重の重い生物が巨大化しつつ、剛性を保って兵器として、素早く動くことのできる限界は、体高3メートル、体重300キロだと記されていた。
身体強化のように、機械的なサポートを施しても、体高5メートル体重400キロが限界らしい。
つまり、空想上ならともかく、現実世界で、雲をつくような巨大生物が兵器になりうるか、と言うと、まったく使いものにならない、ということだった。
巨大化すれば体重が増加し、骨と腱と筋肉に負担が掛かりすぎて、鈍重に動く標的、ランドマークになるだけだ。
先の数字が正しいとすると、人の体密度から考えても、見た目がずいぶんスリムな巨人しかできないということになる。
それですら、軽快な動きはとれず、よほどうまく身体を動かさないと、自らの体重に振り回されてフラつくだけの存在になるらしい。
もちろん、ナノ強化を施せば、アグニ・レポートの倍の大きさで、俊敏な生物を生み出すことができる。
ゴランあるいはスぺクトラも、おそらくはジュノスの手による似たような身体強化で、ほぼ限界近い大きさまで軽快に動く体で大きくなったと考えられるだろう。
巨体生物といえば、アルドスの魔女たるシミュラもストーク館のクラノも大きくはあったが、ともにシェイプ・シフターだった。
厳密な意味での内骨格を持つ生物ではない。
「あはは」
ドローンから哄笑が響く。
「見ましたか。今まであなたたちが戦っていたのは全部実験体なの。わたしが本当に作りたかったのは、ルクサ・メナムを使った、このクンパカルナ、不死身の巨人よ」
アキオは、有り得べからざる大きさの生物兵器を見上げた。
仮面の下の目を細める。
つまり、こいつがメンドラの最後の兵器というわけだ。