572.分解
彼の言葉に、オプティカが仮面の下で、形の良い眉を上げる。
おそらく彼は、少年たちはもともと本当の人間で、メンドラによって偶々サータイアという怪物にされただけの存在だと考えているのだ。
自分と違って――
アキオのことは黒紫色の髪の親友から詳しく聞いている。
彼が自分を、まだ人間ではない冷たい殺人機械だと思い込んでいることも。
だけど、そんなはずがない。
その自覚がなく、表現方法が拙いだけで、彼は、その根源部分で他者に優しい男だ。
彼女にとって、そしておそらくヌースクアムの少女たちにとっても、それに気づいていない彼が、よけいに愛おしく思えるのだ。
「下がっているんだ。ひと息にやる」
そんな彼女の想いに関わりなく、アキオが乾いた声で言った。
「アキオ――」
発せられかけたオプティカの声を圧して、銃声が轟き始めた。
アキオは、目にも止まらぬ速さで引き金を引いてサータイアの下腹部を撃ち抜いていく。
石畳にライフルから飛び出た金属が転がり、銃声とは別の乾いた音を立てる。
もちろん、少女たちは理解していなかったが、ナノ・マシンを弾頭に詰めて対象に撃ち込む特殊弾は、貫通と弾頭の破損を避けるため、電磁力ではなく無煙火薬による低速度で発射する仕様になっているのだ。
よってレイル弾とは違い、使用された銃弾の薬莢は発射時のガスを使って銃の右側に排出されていく。
連射速度を上げるため、イジェクターを押し戻して次弾を装填するバッファ・スプリングの強度はナノ処理して通常の数倍に高めてあった。
数発撃つ度、銃を肩づけしたままアキオは素早く移動する。
サータイアによる銃撃と火炎放射を避けるためだ。
彼の計算通り、ナノ・マシンを撃ち込まれたサータイアは、神経伝達を阻害されて動けなくなっていく。
それは、悪魔のように正確で、鬼神のように容赦のない連続射撃だった。
3点バーストを繰り返すような小刻みの高速単射を繰り返しつつ、敵の反撃を避けるために予測不能なパターンで移動し続ける。
その後は圧巻だった。
次々とスイッチを切られたように、サータイアが倒れていく。
低速弾を使っているため、熱によってライフルがダレることなく、目まぐるしく移動しながらアキオは撃ち続けた。
高速移動射撃のお手本のような動きだった。
膝を緩衝として使い、腰から上を安定させるために、ほとんど上下動を行わず移動し、正確に静止して速射し、さらに移動する。
時折、火炎放射による十字砲火を避けるために横っ飛びに飛び退き、連続片手側転で位置を変えた。
もちろんその際には、右手グリップの親指近くにあるセレクターレバーをSAFE位置に切り替えている。
ひと通り前線の敵を倒すと、アキオは2体の巨人、Gサータイアを見上げた。
巨人は、眼があった途端、巨大な火炎を彼に向けて放出してきた。
彼は難なくそれを回避する。
巨人の攻撃は問題ない。
問題は、巨人たちが、ひとつの脳で動いているのか複数の脳の連携で一体が動いているかだった。
ある程度の巨体を効率よく動かすためには、副脳を使うのが有効だ。
ニューメア出身のメンドラが、地球の科学を使っているなら同じ手法を使うだろう。
だが、彼が作った再生プログラムは、一体に一つの脳を想定して作られている。
それゆえ、巨体を制御するため、副脳がわりに身体各所に複数の脳が使われていたなら機能不全を起こす可能性があるのだ。
ならばどうするのか。
強制的に一つの身体に一つの脳、を実現してしまえばいい。
アキオは再び長く伸びた火炎を避けると、マガジンを抜いて通常弾倉に差し替えた。
巨人の、左右の足の付け根を連射する。
たちまち大穴が開くが、通常弾による被弾程度の傷では、見る間に塞がってしまった。
さすがに体重を支え切れなくなったのか膝を着く。
それを見ると、彼は小銃を背に回し、右手でナノ・ナイフを取り出した。
左手に避雷器改を取り出して、鋭く一振りして長く伸ばすとGサータイアに向けて走り寄った。
膝をついた方の足に、ぐるっとナイフで傷をつけて避雷器改で切断する。
ポーチから取り出したナノ・アンプルの首を折って切断面に振りかけた。
すぐさま巨人から離れ、刃物をしまうと彼に向けて火を吹こうとするもう一体に向けて銃撃する。
ほどなくアーム・バンドが震動し、Gサータイアの大まかな内部構造が示された。
思ったとおり、複数の脳を連携させて巨体を操作しているらしい。
表示によると、巨人はヒト・サイズのものとは違い、左わき腹上部、人間の脾臓にあたる場所に主脳があり、他の4つの副脳は、左右の頸部、首の付け根と鼠径部、脚の付け根付近に設置されている。
アキオは、工場の壁を越えて現れたヒトサイズ・サータイアの射撃を避けると、マガジンを交換し、見る間にその一団を殲滅した。
再び通常弾に換えると、巨人に向けて凄まじい勢いで銃弾を発射し始めた。
巨人の反撃を避けながら、断続的に左右の頸部と鼠径部へ半円を描くように銃撃を繰り返し、再び避雷器改を伸ばすと、たまらず膝をついた巨人へ向けて跳び上がると、大きく避雷器改を振るった。
手許のスイッチを押すことで、数秒間だけとはいえ、巨大な電気メスと化す避雷器改によって、銃弾で脆くなった巨人の、首から肩にかけてが大きく切り取られ、右腕ごと跳ね跳んだ、
続けて彼は、左腕も跳ね飛ばす。
さらに左右の足ごと鼠径部を切断した。
血がほとんど流れないため、攻撃がしやすい。
もう一体の巨人も同様に分解する。
着地すると、アキオは再びマガジンを交換し、分断された各部に一発ずつナノ銃弾を撃ち込んだ。
巨人の動きが止まる。
「な、何なのあなたは」
空中に浮かんでいたドローンから、ひと際大きくヒステリックな女の声が響いた。
オプティカたちが迎撃を初めてからも、ずっと嘲りや罵声を発し続けていたのだが、ただの監視用ドローンで、レーザーなどの武器を塔載していないようなので放置していたのだ。
「どうして不死身のサータイアが簡単に動けなくなってしまうのよ!」
確かに、統率された戦術的行動が取れないという致命的な欠点があるにせよ、口から放たれる火炎放射や両手から発射される銃弾――これは、彼らが時折口から取り入れている石片を材料にしているらしい――等の豊富な火力、そして限りない再生力を誇るサータイアアの不死身の肉体を考えれば、地球の近代兵力でも鎮圧に苦労する怪物であることは間違いない。
無論、訓練を受けたI兵士や硬化外骨格兵が相手なら良い勝負になっただろうが、メンドラがサンクトレイカの辺境で想定していた敵は、剣と槍と弓で武装したこの世界の兵士だったのだろう。
だが、今度ばかりは相手が悪かった。
この世界に来てから、シジマとカマラによって改良を加えられたバージョン2・0ともいうべき改良型ナノ・マシンの能力は、神経伝達障害を回復させようとするサータイアの正常化恒常性能力を軽く凌駕してしまっているのだった。
あるいは、サータイアが完全防御の鎧を身にまとっていたなら、彼も、もう少し苦労したかもしれない。
「倒れたサータイアを並べて寝かしておいてくれ」
そう言い残すと、手前の80体余りを行動不能にしたアキオは、倒れたサータイアを縫って工場の敷地内に侵入した。