571.完了
おそらく――アキオは、バンドから目を離し、コクーンに包まれた頭部を見る。
怪物の下腹部から取り出した時、子供の頭は上下逆向きに金属カプセルに入っていた。
つまり、サータイアは逆立ち状態の子供を核に形作られているのだ。
詳しく調べてみないことには断言できないが、足と上から2対目の腕は人為的に作られた部品で、上から3対目が本来の腕、1対目がもともとの足で作られているのだろう。
一見、頭部に見える部分はダミーだ。
内部には、火炎放射に使う可燃性の液体が入っていると思われる。
そのような構造にした真意はメンドラ本人に聞かなければわからないだろうが、おそらく重要臓器の位置を通常と変えることで、致命傷を受けにくくしたのだろう。
あるいは――
サータイアとは、皮肉、風刺、当てこすり、の意味を持つ地球語だ。
ヒトを核にして上下逆に身体を作り上げ、便利さを求めて手を増やしつつ頭の中は空洞、そういった生物兵器は、彼女にとってみれば人類に対する強烈な皮肉、風刺に見えたのかもしれない。
人類全体を憎む傾向の強いドミニス一族ならそれもあるだろう。
迅速な肉体回復と相まって、一般的な兵士がサータイアと戦って勝つことは難しいはずだ。
この世界では、まだ一般的ではない、弾丸を射ってくるのも厄介だろう。
だが、戦闘兵器として見た場合、サータイアの動き自体は完全に素人だった。
動作も鈍く、行動を起こした後のインターバルも長い。
破壊することへの貪欲さも、攻撃の苛烈さも感じられなかった。
メンドラは、まだ原型機とも呼ぶべき状態のサータイアを、今回の祭りに合わせて無理やり投入したのだろう。
それは逆に言うと、子供たちの脳が、それほど緻密かつ強力な洗脳を施されていないということでもある。
回復を試みる上での好材料だ。
さらに、製造に必要となる素体=子供は、一体のサータイアにつき一人だろう。
複数の子供の体が使われていたなら、脳の回復操作が一層難しくなっていたはずから、それも幸運だった。
アキオは、再び、ディスプレイに眼を落とした。
素体となった子供からサータイアの呪いを解き放つためには、まず脳を保護しつつ神経組織を切断し、同時に遺伝子を解析、それに従って脳を中心に身体の再生をはからねばならない。
困難な作業だがやるしかないのだ。
ほどなく、鳥の鳴くような小さな電子音とともに、アーム・バンドのディスプレイ上に、さっき子供に与えたナノ・マシンの解析結果が表示される。
それによると、強制神経接続による物理的な脳へ損傷は23パーセントとなっている。
完全回復できるか、微妙なラインだ。
脳の基底核の背後にメナム石が置かれているらしい。
サータイアの強力な身体再生能力は、そのエネルギーを使ったもののようだ。
また、血液中に多少の興奮剤の名残が見られる。
おそらく回復力が強すぎて、少々の薬物では攻撃的にはなるほど効果が出ないのだろう。
とんだ諸刃の剣だ
アキオはその表示を消し、プログラム画面をアクティブにした。
次々とディスプレイに表示されるデータを指先でスライドさせ、重ね合わせ、3次元的に回転し、さらに繋げてプログラミングしていく。
かつて、彼女の脳を再生させる時に使うつもりだった、シナプス回路を物理的に固定、保護する能力をナノ・マシンに実装する。
まだ安全性も完全に確認していないが、どのみち、このままでは頭部だけになった子供は死んでしまうのだ。
やらずに手をこまねいているよりはやったほうがいい。
現実的に、子供たちに残されているのは彼らの脳だけだ。
よって、その脳を核に身体全体を再構成するわけだが、そのための材料に関しては、まったく問題はなかった。
彼らの周りには、サータイアという名の大量の生体組織がある。
それを利用すれば、子供の身体程度なら充分に再生できるだろう。
さらに、彼は、メナム石を熱源として体温を上昇させる機能も実装した。
怪物身体をコクーンに見立て、その体内で、元の身体が再現されるように設定する。
筋力の増強方法や、指先から異物を発射する明らかな機械部品との融合など不明な点も多いが、少なくとも、神経伝達は通常の生物同様に行っているので、ナノ・マシンによってそれを強力に阻害し行動不能にできるよう設定した。
同時に意識も刈り取れるようにする。
コーディングが終了し、最後にオブジェクトとなって表示されたプログラムが、バンドのディスプレイ内で回転するのを見てアキオはうなずいた。
アーム・バンドに触れ、コフ内に内蔵されている、標準ナノ・マシンへ向けて送信し、適用する。
次いで、アキオはコフのパネルに指を走らせた。
直ちに、棺内にコンパクトに収納されたバレット・アセンブラによって、ナノ・マシンを封入した特殊弾が組み上げられ、自動的にスタナグA弾倉に装填されて壁面から続けてポップする。
それを彼は、身に着けた弾倉帯に次々と差し込んでいく。
240発の弾丸をすべて身に着け終えたアキオは、最後に流れるような動作で、30発のスタナグ・マガジンをライフルに叩きこんだ。
彼の体内カウントで13分40秒が経過している。
アキオは壁から走り出た。
前方を見る。
流れ来る音から察してはいたが、凄まじい光景がそこには展開されていた。
100体を超えるサータイアが地面に倒れ、その多くが、再び手足を復元して立ち上がろうとしている。
それらに対して、オプティカとメルカトラが、残像の残る速さで、殴り、斬りつけ、迎撃を繰り返しているのだ。
オプティカは敵の銃弾を避け、火炎放射を回避しながら、桜色の髪を鮮やかに空中に舞わせつつ、素早く位置を変えてサータイアの手足をショックレス・グローブで破壊している。
一方、メルカトラは完全にナノ強化を自らのものとしたようだ。
巨大サータイア――仮にGタイプと名付ける――に対して、跳び上がり、回転しながら、数度にわたって同じ部分を斬りつけ、腕の一本を切断しようとしている。
両名とも、頭脳のある下腹部は狙わず、手足だけを破壊していた。
「オプティカ、メルカトラ。退がれ、俺が出る」
アキオが声を掛けると、ふたりの少女は攻撃を止めて、彼の近くまで走り戻ってきた。
「よくやった。あとは任せろ」
「できたのかい」
オプティカの言葉にアキオがうなずいた。
「この銃で倒せば、サータイアの中で、子供たちの体は再生される」
そういうと、アキオは、ゆっくりして見える動作で銃を肩付けした。
「彼らを人間に戻そう」
穏やかな口調で言いながら、引き金に指をかける。