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570.信頼

「アキオ」

 オプティカが、()()()()()()()()調()で彼の名を呼んだ。

 これまでの()()()()でもなく、()()()でもない。

 その声音(こわね)は甘さの欠片かけらもない厳しいものだった。


「それは、あんたが()()()()()()()()()()この子たち全員を殺すということかい」

「そうだ」

「あたしたちの手を汚させたくないから?」

 アキオは応えない。


 オプティカは、ため息をつき、

「怪物全部がさらわれた子供たちなのかね」

「おそらく、そうだ」


 バーク少年はなんと言っていたか。

 下町の子供たちが行方不明になっている、だ。

 密かに(さら)われ、あの女、メンドラによってサータイアに変えられていたのだろう。


「そんな……」

 反射的に(そむ)けていた顔を上げたメルカトラが、アキオの手にある子供の顔をのぞき込む。

「この子、なんとかならないのですか?あなたがわたしの手を治してくれたように」

 アキオが子供の頭部を見る。

 切断された外部からの神経線維らしきものが、左の眼から頭部に入り込んでいる。


 ドッホエーベで見た機械化人から考えて、ニューメアの医療技術は()()()()進んでいるだろう。


 だが、ナノマシンを使わずに行う神経接続術には限界がある。

 まして、相手は成長途上でサイズの小さい脳を持つ子供だ。


 ()()()()()()()による神経接続で脳が傷つけられている可能性が高い。


「身体は治せる。だが脳の中身、記憶や思考力が傷ついていれば、もとには戻せない」

「だ、だから、このまま殺してしまうというのですか」

 アキオが少女を見た。


 かつて彼は戦場で、こういった状況に幾度(いくど)となく直面してきた。

 泣きながら死にたくないという戦友の死を看取(みと)ったことも数えきれない。

 敵の手に落ちれば、死ぬより苦しい拷問にかけられるから、お前の手で殺してくれ、と頼まれたこともある。


 ()()()()()()()()()()が、世の中にはあるのだ。


 そう考えた彼は、頭のどこかで違和感を感じる。


「アキオ、あんたなら、独りであいつらに勝てるね」


 オプティカが彼を見つめた。

 いつもと違い、銀色の仮面の下の彼女の眼は、底知れぬ深さを秘めているように見える。


「当然だ」

 彼は答えた。

 戦闘だけなら問題はない。


「でも、()()()()()()()()()()()ね」

 仮面の美少女は自分に言い聞かせるように言葉を発する。

「完全勝利」

「倒すだけならただの勝利だ。でも今の場合、()()()()()は、あの女がさらって怪物にした子供たちを()()()()()()ことさ。無かったことにするんだ。できるんだろう、アキオ。あんたのナノクラフトなら」

「ナノ・マシンは万能じゃない」

 オプティカはうなずく。

「もちろんそうだろう。あたしもそう思うよ。ナノ・マシンは()()()()()だからね。でも、あんたは()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。だからできるはず」


 豊かなフリュラ色の髪を波打(なみ)たせ、銀色の仮面からのぞく瞳に、祈るような光を――神なき世界でありながら――宿らせながらオプティカが言う。


「なんたって、あんたは、300年前に死んだ人を異世界で生き返らせようとしている男なんだからね。少なくとも、やる前からあきらめる選択肢はとらないはずさ」


 彼女の言葉で、アキオは自身の中にあった違和感の中身に気づいた。

 ()()()()()()

 死者を無から蘇らせようとする、太陽を素手でつかもうと足掻あがくマッド・サイエンティストだ。

 どうしようもない、という言葉を否定することで生き(なが)らえた戦闘機械だ。

 この程度であきらめるなら、彼の目指すゴールには到底(とうてい)辿(たど)り着けないだろう。


「アキオ、あんたならできる。見せておくれ、()()()()()()

 彼女が良く通る声で言い切る。


 背筋を伸ばし、真っすぐに彼を見上げるその女性は、この瞬間、間違いなく女王であった。

 月猫亭ポジミラル女主おんなあるじマフェットではなく、アキオを旦那さまとよぶオプティカでもなく、ユーフラシア・サンクトレイカその人だ。


 アキオは口許(くちもと)(ゆる)める。

 このように()()()()()()()()を寄せられたら、やるより他ないではないか。


「了解した」

 彼は言った。

「ほんとかい?さすがはアキオ、あたしの旦那さま、わが王だ」

 (くだ)けた口調に変わったオプティカが彼の胴体に抱き着く。


 アキオは良い匂いのする彼女の髪に指を通すと頭を撫で、言った。

「15分稼いでくれ。その間にナノマシンをリプログラミングする」

「わかった」

「はい」

 少女ふたりはユニゾンで良い声で返事を返すと、お互いうなずき合って、タイミングを合わせて壁から飛び出していた。


 激しい打撃音と斬撃音が(とどろ)き始める。



 アキオは、ポーチからメタル・アンプルを取り出すとその首を折り、子供の口と眼からナノ・マシンを流し込んだ。

 さらにナノ・カプセルを起動させてコクーンを展開し頭部を包み込む。

 頭部自体は、まだ生体反応が残っていたため、これで仮死状態のまま生命を維持できるだろう。


 アキオは、アーム・バンドに指を触れるとプログラム開発プラット・フォームを立ち上げ、ウインドウを開いた。

 作業の合間(あいま)を見て開発していた、多数の生体(バイオ)活性(アクティベーション)のための有機クラスをオーバーライドして複数のインスタンス(実体)を生成する。


 有機クラスは、かつて地球で使われていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()触発(しょくはつ)されて、ほんのお遊びでシヅネが生み出した、データと関数が有機的に結合、変化に応じて自動進化する()()()()()()()言語、ミズ・ヴァルカンで使われる抽象データ型のことだ。


 特徴的なのは、有機クラスによって生み出されたインスタンス(実体)()()()()()、個性を持つことだ。

 まるで、それ自体が疑似生物、あるいは宿主(しゅくしゅ)のDNAを取り込んで変異するウイルスであるかのように。

 

 彼が離れる前の地球では、プログラミングは専用AIとの会話によって機能を実装していく対話型(インタラクティブ)開発が主流だったが、アキオ自身は、その自由度と対応力の高さ、開発速度の速さから、緊急時におけるナノ・マシンの機能開発は、(もっぱ)らミズ・ヴァルカンを用いている。


 (くせ)は強いが、うまく使ってやると、通常では考えられない速度で、あり得ない機能を短時間で()()()()できる可能性があるからだ。

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