569.子供
もちろん、戦いにおいて数の多さは重要だ。
個人であっても部隊であっても、数で劣っていれば、戦闘は圧倒的に不利となる。
彼の場合、少年兵であった頃は、斥候、密林などでの奇襲攻撃が主であったため、あまり数による優劣は感じなかったのだが、機械化兵となって、まともな部隊に組み込まれてからは、数による戦力差を痛感させられることが多かった。
結果的に、そのことで、彼は現場における戦略、戦術を学ぶことができたのだが。
いずれにせよ――アキオはサータイアを見た。
あれらからは、かつて、地球上のあらゆる部隊から恐れられたアグニ共和国の戦闘機械、各部がパッケージ化され、ブロック化されて、攻撃されるたびに内部構造を際限なく組み換えながら、完全に破壊されるまで狂ったように戦い続ける不死身のロボット、ベルゼルカほどの脅威は感じない。
頭部が吹き飛ばされても再生するのは、身体の別な場所に脳が移設されているか、身体各部の複数の副脳が連携しているのか、遠隔操作で動いているかのいずれかだろう。
あるいはドミニスの系譜らしく、身体各部に散らした群知能をつかっていることも考えられる。
いずれにせよ、生体組織を使った兵器は、破壊し続ければ、いずれ必ず再生は止むはずだ。
もちろん、彼は、そんなことを長々と悠長に考えていたのではない。
思考は一瞬だ。
アキオは、まず、手前のサータイアの胸の真ん中を撃ちぬいた。
敵に体重があるのと、貫通能力の高いフルメタル・ジャケット弾を使っているため、着弾の衝撃で吹っ飛ぶようなことはなく胸に大穴が開くだけだ。
怪物は、そのまま何事もないように動き続け、彼に向けて指先から弾丸を撃ち続ける。
アキオは、敵の攻撃を避けてライフルを構えたまま即時移動した。
オプティカとメルカトラが、それぞれにサータイアに斬りこんで攻撃を分断してくれているため、彼に攻撃が集中することがないのでやりやすい。
目の端でふたりの動きを捉える。
少女は、時折、危なっかしいところを見せながらもナノ強化にも慣れ、ロング・ナイフを使って軽々と敵の四肢を――正確には八肢だが――切断していた。
オプティカはもっと豪快だ。
すでにナノ強化による力を自身のものとしている彼女は、新しく渡したショックレス・グローブを使って、豪快にサータイアの手足や頭を吹き飛ばしていた。
彼女たちの攻撃は、敵の行動をしばらく制限することはできるが、根本的に倒すことはではない。
アキオは立ち止まると、ライフルを軽く片付けして、胸に大穴の開いたサータイアを見る。
やはり、胸の中央を撃ちぬいただけでは倒すことはできない。
およそ20秒程度で身体も復元してしまいそうだ。
彼は続けて、胴体部の人間における右肺、左肺、脾臓、腎臓、肝臓を撃った。
驚いたことに、怪物はまだ動きを止めない。
横っ飛びに飛んで、サータイアの攻撃を避けた彼は、怪物の下腹を撃った。
ガン、と金属を撃ったような音が響く。
見つけた。
彼は、複数のサータイアによる追撃をさけて、走りながら怪物の下腹部を連射した。
4発目で、怪物が突然の寒気に襲われたように痙攣し動かなくなった。
アキオは、銃を肩にかけると怪物に走り寄った。
ナノ・ナイフを抜く。
不規則なステップで、滑るように8本足の怪物に近づくと、目まぐるしく攻撃を加えてくる6本の足を拳でさばいて懐に入り込み、下腹部にナイフを突き立てる。
大きく円をえがいて、皮膚を切り取ると、手を差し込んで黒い球体を掴みだした。
その時点で、サータイアは動きを止めている。
彼は内部を覗き込んだ。
直後、アキオは彼の拳2つ分より少し大きい球体を持ったまま、背後に飛びのいた。
直前まで彼のいた場所を他のサータイアの銃弾が通り過ぎる。
動きながら、アキオは手にしたボールを見た。
一般的な人の脳より少し大きめのサイズだ。
嫌な予感がして、彼はナノ・ナイフを球に強く突き刺して一回転させた。
金属球が割れ中身が現れる――
メンドラは言った、彼女の兵器は皮肉なのだと。
それは、おそらく人間に対する皮肉という意味だったのだ。
「オプティカ、メルカトラ、ふたりとも下がれ」
アキオが声をかけると、ふたりは思ったより素直に彼の許に戻ってきた。
揃って石壁の陰に隠れる。
「なかなか硬いけど、やれない敵じゃないね」
「しかし、完全には倒せません。弱点はどこでしょう?」
口々に感想を言う。
「下腹だ。そこに脳がある」
彼は言った。
「だが、君たちはもう下がれ」
「なんでだい?」
「嫌です。弱点が分かったなら倒せます」
口々に文句を言う少女たちをアキオが見た。
簡単に説明する。
サータイアは下腹部に頭脳があり、それは硬質金属によって守られている。
さらに内部でそれを移動させて致命傷を避ける構造になっているようだ。
この世界の通常の武器では倒せないだろうが、君たちの武器なら、一撃では無理かもしれないが、数度繰り返せば倒すことができるだろう、と。
「だったら、なんでだい」
オプティカが仮面の下の口許を尖らせる。
「君たちは倒さないほうがいいからだ」
「わけがわかりません」
彼によって身体を治され、武器を与えられて態度を軟化させ始めていた少女が、再び尖った声を上げた。
アキオは手にした金属球を見せた。
「それが奴らの頭」
少女がつぶやく。
彼は何も言わずに、二つに割った金属球の上半分を取り除けた。
「――」
少女たちの目が見開かれる。
メルカトラが口を押さえた。
顔をそむける。
さすがに、オプティカはそんなことをしないが顔は蒼ざめている。
「それが、怪物の正体なのかい」
「そうだ。だから彼らを倒すのは俺の仕事だ」
そういって彼は、金属球の中の、ひどく変形した子供の頭部を見つめた。