568.戦いのジンクス
「やつらには飛び道具がある、じっとしていないで動きながら隙を伺うんだよ」
建物の陰から、徐々に動きを速めながら近づく怪物を見ながらオプティカが言う。
「姉さん、俺はどうすれば?」
ザンガの問いに、振り向かずにオプティカが答えた。
「どうやら、あいつらは普通の人間の手には負えないようだ。あんたは、この子を守っておくれ」
「俺だって戦える」
バークが文句を言う。
「それはわかってるさ、でも、あんたの戦力は最後にとっておきたいんだ。いうことを聞いておくれ」
そう言ってアキオを見る。
彼は黙って予備のナイフを二人に渡した。
「なんだい、じっと見て」
アキオの視線に気づいて、仮面の美少女が頬を染めた。
「戦いに慣れているな」
「昔、ちょっとね――盗賊団に入っていたことがあるんだよ。まあ、その話はまた今度話すよ」
「姉さん」
ザンガが声を掛ける。
「なんだい」
「この戦いが終わったら頼みたいことがあるんだ。いいかい」
「いいさ、聞くだけならね」
「約束ですぜ。よし!だったら、この戦いは生き残らないとな」
「そういうこというと死んじまうぜ、おっさん」
ザンガと少年のやりとりに、アキオを眼を細める。
かつての彼女との会話を思い出したからだ。
ある時、小説を読み上げていたシヅネが、つと顔を上げて彼に尋ねた。
乳白色の仮面が光る。
「ねえ、アキオ、この話みたいに、戦場に向かう若者が、戦いの後で恋人と結婚するんだ、なんていうと死んでしまうっていう流れ、悪い縁起がよくあるわね。あれって本当なの」
「それはない」
彼は即答した。
「戦闘は物語ではない」
「つまり、そういった悪い縁起は、作者が物語を盛り上げるために生み出した定型ということね」
彼はうなずいた。
乱戦での生き死にを決めるのは、ほとんどが運だ。
もし、それに加えて、わずかながら生き残る確率に影響を与えるものがあるとすれば、それは、必ず生き残るという強い意志と周到な準備だけだ。
戦いの前の言葉が影響を与えるところなど見たことがない。
「あなたがいうと重いわね」
そうシヅネはため息交じりに言うと、続けて本を朗読するのだった。
だが、そんな記憶が脳裏を過ぎったのは一瞬だ。
「アキオ!」
オプティカの呼びかけで回想から戻ると、彼は言う。
「行け」
まず、オプティカが飛び出した。
素晴らしい速さでサータイアに迫る。
怪物が指から弾を発射するが、その事前動作から着弾点を予測して、身体に一発もかすらせない。
最前列の一体に迫ると、素早く掴みかかってくる6本の腕を掻い潜り足場にして跳ね上がり、アッパーカット気味に怪物の頭を殴った。
分厚い鉄板を叩いたような音が響き、怪物の頭が消失した。
アキオは感心する。
隊商事件の時に知ったように、強化魔法の遣い手である彼女の運動神経は良い。
一時期、著名な傭兵に教えを受けたことがある、とのことだったが、この世界で武器を持たず強化魔法で戦うのは、傭兵ではなく主に暗殺者だとミストラは言っていた。
昨夜、彼女はこれまでの経験を色々教えてくれたが、おそらく、盗賊団の話も含めて、まだ話していないことは多いのだろう。
とにかく、そういった身体能力の高さが、ナノ強化とラーニング・システムによって、さらに磨き上げられているのだ。
並の怪物では脅威にすらならないだろう。
次いでメルカトラがサータイアに迫る。
だが、その動きは、まだ強化に慣れていないことを示すように重心が左右にブレていた。
アキオは肩にかけたレイル・ライフルを外す。
サータイアの射撃を避けて数歩移動すると、少女が向かう怪物の、周り4体の蜘蛛の眼めがけて単射でヘッド・ショットした。
さすがに、今回は一撃で頭部が消滅する。
頭を失った4体のサータイアは、地響きを上げて地面に倒れた。
残る一体に駆け寄った少女の剣が閃くと、怪物の腕が関節で切断された。
間髪を入れず高々と跳ね上がった少女によって最後は首が斬り落とされた。
倒れてくるサータイアを避けて背後へ飛び退る。
肩で息をしながらも、メルカトラは満足そうだ。
その間も、アキオは射撃を続けていた。
不思議なことに巨大なサータイアは、未だに動いていない。
オプティカとメルカトラがもう一体ずつ倒し、アキオが残りの怪物を撃ち倒した時、ドローンから再び声が響いた。
「さすがだねえ、それでこそ魔王だ。いや、焼かれて姿が変わったんだね、良い男になったよ。髪も眼も黒くなって、まさしく黒の魔王だ。仮面が少々無粋だけど――」
「つまらないことをいってないで降伏しな」
オプティカが叫ぶ。
「あら、あなたのその髪、まるでサンクトレイカの王族ね。気に入らないわ」
そう言ってから、女は口調を変えた。
「馬鹿な女――何を勝ったようなことをいってるの。よく見るがいい、わたしは、まだ1体のサータイアも失っていないんだよ!」
彼女の言葉に応えるように、倒れたサータイアが起き上がり始めた。
いつの間にか、手足と頭が復活している。
「分かったかい。わたしの子供たちを殺すことなんて、誰にもできないんだ。まだギガント・サータイアも無傷だし、それに――」
メンドラは、ひと呼吸置き、
「サータイアは、まだまだ増えるよ」
彼女の言葉通り、工場の塀を越えて無数の怪物が現れ始めた。
アキオは無表情にそれを見ている。
が、内心は苦笑していた。
コラドもそうであったが、どうしてドミニス一族は、闇雲に数の多さを好むのだろう。
多数、というものに対して、何か一族を通じた心的外傷があるのかもしれない。