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561.怪物

 その眼を見て、わたしの全身が粟立あわだった。

 彼女の美しい顔は微笑みを浮かべていたが、その眼は笑ってはいない。

 獲物を狙う鳥の眼に似て、すでにわたしを強靭な爪で捉えたあとの餌として見ているのがわかった。


 一瞬、恐怖で身体が強張こわばったが、壁にはめ込まれたメナム石の光を受けて立つ影がひとつであることを知って冷静さを取り戻した。

 彼女はひとりだ。

 それなら問題なく脱出できる。

 邸内のことで帯剣はしていないが、剣花姫サイラスであるわたしが、ただの女性に負けるはずがないからだ。


 だが、わたしは、メルドーメを侮っていた。

 彼女は想像以上に恐ろしい女だった。


「えっ」

 突然、身体に力が入らなくなって、膝がくだけたわたしは地面に倒れた。

 手にした資料が通路に散らばる。


 (うめ)きながら見上げる彼女の手に、不気味な黒いかたまりが握られているのが見えた。

 あれは何かの武器の一種なのだろう。

 それを使ってメルドーメはわたしを打ち負かしたのだ。

 悔し涙でにじむ目で彼女をにらんでいるうちに、わたしの意識は途切れたのだった。


 気づくと、わたしは暗い石造りの部屋にいた。

 窓がひとつもないところを見ると、地下室なのかもしれない。

 わたしは硬い椅子に座らされていた。

 手足を縄でくくられ、椅子に縛り付けられている。

 ほどなく扉が開いて、影がひとつ入って来た。

 廊下の光が逆光になって、その表情まではわからないがメルドーメだ。


 どこかから、わたしの様子を伺っていたのだろう。


「眼がめたのですね」

 彼女は言った。

「あなたにお聞きしたいことがあるのです。お嬢さま」

 彼女の声には、氷室から流れ出る風に似た不気味な冷たさがあった。


「あなたに話すことはありません。すぐにわたしを解放しなさい。そうすれば苦しまず斬首ざんしゅにすることを約束します」

 わたしの言葉に彼女の肩が揺れる。

 笑っているのだ。

「親子そろって強気なことです。でも、およしなさい、意地を張ると苦しんで死ぬことになりますよ。あなたの――愚かな母親のように」

「母さまに何をした!」

 怒りのあまりわたしは叫んだ。

「おお、大きな声だこと。でも大丈夫。ここでどれだけ叫んでも外には聞こえないから。それは実証済みなのよ」


「なぜ、こんなことをする。いったい、わたしたちに、どんな恨みがある?」

 自然に口をついて出た素朴な疑問だった。

 貴族であり、街をべるかぎり、どこかで恨みを買うことがあるかもしれないからだ。

「恨み?そんなものはないわ。わたしは、ただ高純度マキュラ・パック、あなたたちのいうルクサ・メナムが欲しいだけなのよ」

「なぜ、ルクサ・メナムが必要なの。あれは、輝きの強い大きなメナム石にすぎないのに」

「あなたたちの手にあれば、そうでしょうね。でも違うの。あれをわたしが手にすれば、あなたたち劣った人間とは比べられないことが成し遂げられるのよ」

おごっているのね」

 彼女の狂気じみた言葉に負けないように、わたしは強く言い返した。

「事実です」

 そういって、彼女は後ろ手で扉を締めた。

 逆光が消え、室内の灯にメルドーメの顔が浮かび上がった。

「証拠を見せましょう」

 そういって、彼女はわたしの背後を指さした。

 振り返ったわたしの身体が硬直する。

 今まで気づかなかったが、そこには大きな塊がうっそりとうずくまっていたからだ。

 ()()は、全身が黒く、見たことのない形をしていた。

 「マキュラ・パックがあれば、これの強化版を作ることができるのよ」

 美しい顔に狂気の表情を浮かべるメルドーメにわたしは叫んだ。


「あなたは何者です」

 その問いに、彼女はきれいな肩をすくめて見せた。

「いっても理解はできないでしょうね、あなたたちには。そうねぇ、わたしのことは――魔女とでも呼べばいいわ。あなたたちの知らない魔法を使う女だから」

「怪物ね」

「どうとでもおいいなさい。でも、質問には答えてもらうわよ。そうでないと、あなたの血も、母親と同じようにその床に流れることになる」

「きさま!母さまをどうした。母さまはいまどこにいる」

()()どこにもいないわ。そして素直に答えないと、あなたも同じところにいくことになる。さあ、答えなさい。ルクサ・メナムの保管庫の場所とそれを開ける合言葉を」

「知らぬ。父に聞け」

「あの方は知らないでしょう。ラメリ家は女系、重要なキーワードは、母から娘に使われることはわかっているのよ」

「知らないものは知らない!」

 わたしの返答に、メルドーメは大げさに溜息をつくと指を鳴らす。

 扉を開けて男が2人入って来た。

 全身黒づくめで黒い頭巾をかぶっている。

「頭に聞いても答えられないようだから、これから身体に聞くわ。いっておくけど楽じゃないわよ」

 そうして、拷問が始まったのだった。


 拷問については――具体的な話は思い出すのも楽しくないので割愛しよう。


 わたしは不定期に、先の部屋に連れていかれては拷問を受け、小さな個室に戻された。

 男たちは専門家だった。

 痛みに麻痺しないよう、苦痛を与え過ぎないように、ひどく身体を破壊して絶望しないように絶妙な痛めつける。


 食事は毎回しっかりと与えられた。

 拷問官のひとりが教えてくれたが、次の()()()()()()()()()()()なければならないから、だそうだ。

 笑えない冗談だ。


 そして過ぎること数か月、わたしは口を割らなかった。

 我ながら、よく耐えたと思う。

 初めのうち我慢した理由のひとつは、いつか、父や側近が異変に気づいてわたしを探し出してくれると思ったからだ。


 だが、その希望は2か月後に打ち砕かれた。


 拷問によって、片目になったわたしの前に、どうやって見つけ出したのか、わたしそっくりの少女が現れたからだ。

「いまは、この子がメルカトラさまなの。あなたのように剣術は得意じゃないけれど、女の子はそのほうがいいわよね」

 魔女が笑う。

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