056.戦歴
「初めまして、ミーナです」
少女たちがテーブルに着くとミーナの声が車内に響いた。
壁の姿見がディスプレイに変わり、等身大の和装、黒髪の少女が映る。
「その姿は久しぶりね。ミーナ」
カマラが微笑む。
「きれいだよ。姉さん」
「ありがとう」
「どことなくユスラさまに似ていますね」
「わたしの姿は、アキオの世界にかつて存在した、日本という民族の容姿から取っているの。着ている服は着物という衣装よ」
ミーナは優雅に一礼し、
「これからも、姿を現すときはこの容姿になるからよろしくね」
「はい」
少女たちも頭を下げる。
「それで、話なんだけど」
ミーナは目を瞑り、
「実は、ずっと、この話をするかどうか迷っていたの。でも、さっきのヴァイユの言葉で決心がついたわ」
そういって目を開ける。
「さっき飛び立つ前、アキオは自分のことを戦闘兵器といったわね」
「ああ、アキオはよく自分のことをそういうんだ」
「いいますね」
少女たちは口々に肯定する。
「だからね、さっきのヴァイユの言葉にも関係するけれど、一度、アキオの軍隊時代をあなたたちに話しておきたくなったの」
「主さまが兵士の頃――」
キイがつぶやく。
そうして、AIは、少女たちに話し始めた。
「生まれてすぐに父親を亡くしたアキオは、5歳でお母さんも敵の攻撃で亡くして……強化兵士の実験材料として、ある国の研究所に引き取られたの」
「実験材料……」
「薬物と暗示で殺人に対する抵抗感をなくし、同時に肉体強化を図る実験ね。のちに身体を失ったアキオが再生された時、その能力も再現されたから、ナノ強化をしなくても彼の肉体能力は一般人より高いわ」
「5歳で兵士って……」
「その頃、わたしは彼と出会った――これを見せたのは内緒にしてね」
ディスプレイのミーナの姿が消え、代わりに画像が表示される。
「まあ」
少女たちの口から一斉に声が漏れた。
ディスプレイには、身長よりはるかに長い銃を肩に抱え、大きすぎて目が隠れそうなヘルメットをかぶった少年の写真が表示されていた。ポンチョのような布を体に巻きつけている。
「黒い髪、ダークブラウンの瞳……アキオだね」
ユイノが白くなるほど手を握りしめてつぶやく。
「非正規に傭兵部隊で使われるようになったアキオには、身体にあった装備は何も与えられなかったの」
画像が変わり、爆炎が吹き上がる荒野を駆ける少年兵の姿が映る。
「これはわたしのメモリ内の映像よ。この間、セルフチェックした時に見つけた」
「あんな子供が、あんな危ない場所を……」
ミストラとヴァイユが涙ぐむ。
「さっきもいった実験で、恐怖心がなく身体能力が高かったアキオは、小柄な体格もあって部隊では得難い戦力だった。いつだって、彼は危険な場所に飛び込んで生きて帰って来た。そう必ず生きて帰って来る。でも、やがてそれが問題になったの。どんな危険な任務でも生きて帰る。それがどういうことかわかる?」
「団が全滅しても、主さま独りが帰ってくるんだろ。わかるさ。それはやっかみと憎しみを生むんだ。疑いもね」
キイが目を潤ませて言う。
「まさしくそれね。わたしは常にアキオの肩の上で彼の行動を見てきたから断言できる。彼は、一度たりとも人を身代わりにして生き延びたことはなかった。能力の高さが彼を生き延びさせただけ。でも、周りはそうは思わない。
だから、傭兵部隊でも、のちに強制的に編入された正規軍でも、彼はいつも危険な任務に従事させられることになった。
息子を亡くした軍の上官も、夫を亡くした戦争未亡人もアキオを激しく憎んだわ」
「そんなばかなことがあるかい」
ユイノが叫び、ピアノとカマラは目を細める。
「なぜ、あの人が死んであなたが帰ってきたの。あるいは彼を連れて帰ってきてくれなかったの、という非難は、常に彼についてまわった――」
「ひどいです」
「アキオはああいう性格だから、一切釈明はしない。いよいよ疑われた時だけ、わたしのデータが軍によって調べられ、彼の無実が証明されるだけ。その繰り返しだった」
「アキオは昔からああだったんだね」
「そして、最後に、彼は6人の仲間とともに、エルズミーア急襲作戦に参加した。核武装する危険な敵に不意打ちを与えるために」
「かく、ですか?」
ユスラが頬に指を当てる。
「もの凄い威力の危険な武器よ。この世界にはまだ存在しない」
ミーナは言葉を切り、
「でも、極北へついて、移動カプセルを開けたら――」
ミーナは声を詰まらせる。
「彼以外のカプセルは空だった。わたしたちは騙されたの。後から思えば、その作戦は独りでも決行できるように立案されていたわ。それに気がつくべきだった。わたしのミスね」
「それは――ひどすぎます」
ミストラが涙をこぼす。
「結局、アキオは独りで作戦を成し遂げ、身体のほとんどを失って……彼女に出会ったの」
少女たちは黙ったままだ。
「なぜ、こんな話をしたかというとね。彼はよく自分のことを戦闘マシンだとか、人殺しの道具っていうでしょう?確かに彼は戦争で多くの人を殺した。でも、それは彼が選択肢のないまま放り込まれた戦場で生き抜くために仕方なく戦っただけ――
あなたたちには、これを見て、聞いて知ってほしいの」
そいういうと、アキオの画像が消えて、縦長のディスプレイの下から細かい文字が表示され上がって来る。
「読み上げて」
ミーナが命じると、機械的な発音で流れる文字が読み上げられ始めた。
ニコライ銀十字勲章受章、
正アミダス金星勲章受章、
ゴーリ鉄十字勲章受章、
一級鉄十字勲章受章、
ナヘリ黄金騎士勲章受章、
アーシア柏葉勲章受章、
サスダイヤモンド付勲章受章、
ナルキア銀十字勲章受章、
正アザール勲章受章、
ミノア獅子勲章受章、
モス金十字勲章受章、
ロマス火星勲章受章、
東部戦線冬季勲章受章、
サマル防衛勲章受章、
西部キリ盾勲章受章、
南サギリ勲章受章、
2102傷章金章受章、
鉄クバル勲章受章、
ホルラ勲章受章、
特等国防勲章受章、
2等銀熊勲章受章、
1等十字銀勲章受章、
北シベリア戦線ナルコフ勲章受章、
冬季クラスノ十字勲章受章、
アフリカ戦線白獅子勲章受章、
2104彗星勲章受章、
金銀騎士勲章受章、
聖アスタナ勲章受章、
一級白十字勲章受章、
二級銀熊勲章受章
「止めて」
ミーナの声で、読み上げが止まる。
「これは――」
キイが声を上ずらせる。
「正規軍に入ってからアキオが受けた勲章の一部よ。そのすべてが……」
ディスプレイが切り替わり、映った黒髪の少女が皆を見つめる。
「人命救助による勲章よ」
ミーナは続ける。
「わたしの『兄』がいた傭兵部隊で、ある出来事があって……それ以来、アキオは、できる限り友軍を助けるようになった」
「だったら、だったらなぜ、そんなに憎まれるのですか」
ヴァイユが叫ぶ。
「さあ――命がけで数人を救うより、1000の友軍999人が死んで、独り生きて帰る方が衝撃が強いからかしら」
「……」
「もうひとつ覚えておいて。さっき、アキオは身体のほとんどが機械になっていたといったでしょう」
「はい」
ピアノがうなずく。
「それはすべて友軍救助の時に受けた傷が原因なの。言い換えれば、彼は正規の作戦で負傷したことは一度もない――当時は義手も義足も不完全で、まして傭兵部隊の少年兵に与える機械義手なんてロクなものではなかった。両方の手足の長さ、太さの違う義手義足をつけたアキオの姿は、あなたたちには絶対に見せられない。見せたくない」
ミーナは声を詰まらせ、
「さっき、ヴァイユは言ったわね。アキオの目がわたしたちを見ないで、遥か遠くを見ているって」
「それはいつも感じるよ」
「それが彼の生きる目標だから。でも、覚えておいて。人は目標とそれに対する強い思いだけでは生きてはいけない。生きていてはいけない。人間は生きなければならない、とわたしは思う。食を楽しみ、恋をして人生を謳歌して……目標のためだけに生きるのは機械よ!」
「姉さん……」
「何がいいたいかと言うとね。彼はすぐに、彼女と会うまでは人間ではなかった、まだ人間ではない、人を殺すことしかできない、というけれど、決してそんなことはない。それをあなたたちに知ってほしかったの。あなたたちにだけは分かって欲しかった。最初から、そして今も彼はずっと人間であると」
「分かるさ」
ユイノが言った。涙が流れる。
「わかっています」
ピアノが断言する。
「この目が、頬が、唇が、アキオが誰よりも人間であることを知っているから」
「そうです。この腕が、胸が、すべてがアキオの温もりを知っています。彼は人間です」
ユスラが神託を受けたように厳かに言い切り、少女たち全員がうなずいた。
「ありがとう、みんな」
ミーナが言った。
機械は涙を流さない。
しかし、確かにその声は涙声だった、