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558.鬼姫

「あなたは何者です」

 わたしは美しい人に向かって叫んだ。


「いっても理解はできないでしょうね、あなたたちには。そうねぇ、わたしのことは――魔女とでも呼べばいいわ」  

 そう言って彼女は笑った。

 酷薄(こくはく)そうで、残忍(ざんにん)な――

 ひと言でいえば、嫌な笑い方だった。


 わたしの名は、メルカトラ・ウルラ・フィン・ロ・ラメリ、その意味は、辺境に咲く一輪のラメリの花、だ。


 もちろん、それは愛する人にのみ告げる真の名で、世間に公表しているのは、メルカトラ・ラメリ、母がくれたその名をわたしは誇りに思っている。


 辺境とはいえ、伯爵の家に生まれてわたしは幸せだった。


 ラメリ家は、女傑じょけつと呼ばれ、傭兵から伯爵となった初代ウルカトラ以来、女系じょけいを貫いている。


 母モルワイダは、初代の生まれ変わりと賞されるほど剣技に()け、民に優しい領主だった。

 母がいたからこそ、西の国(サイアノス)軽々(けいけい)にサンクトレイカに攻め込むことができなかったのだ。


 14歳から国のために戦い続けた彼女は、26歳で父と結ばれた。

 叙勲じょくんのためにシルバ城に行き、そこで父を見初みそめたのだ。

 父に見初められた、のではない。


「噂に聞く鬼姫モルワイダが叙勲じょくんのために初めて王都に来るというので、()()()()()()()に、友人と連れ立って、普段は行かない王城に出かけたんだよ」


 秀麗(しゅうれい)で若々しい顔に――父は母より6歳年下だ――苦笑を浮かべ、彼女には内緒だよ、と(ささや)いて父が語ってくれたことがある。


 鬼姫は当時、噂に聞く戦いぶりから都の人間が、母を(しょう)した言葉だ。


「てっきり、ゴランのような体つきの女性が来ると思ったら、そこに現れたのは、野に咲く花のように清楚(せいそ)可憐(かれん)はかなげな印象の女性だった」


 長身の父は、一見ほっそりとして見える、自分の肩までしかない女性の強さに疑問を持って、式後の舞踏会で母に踊りを申し込んだのだった。


「わたしから見れば、ずいぶん小柄な彼女に手を取られた途端とたんはかなげ、という印象は吹き飛んだよ」


 細く見えて鍛え上げられた筋肉、それによる見かけ以上の体重、運動能力によって、それこそ嵐のように父は翻弄ほんろうされたらしい。


 興味を持ったわたしは、後に、同じ場面を母からも聞いた。


「本当は、都になんて行きたくなかったのよ」

 母が、水色の瞳を細めて言う。

「でも、叙勲じょくんは何度も打診だしんされていて、ずっと断ってきたし、一度だけ行ってくれとソルダにいわれて……」

 ソルダ・フィン・キムバルクは、早くに両親をなくした彼女を親代わりに育てた街の総務官だ。


「行ってすぐに後悔したわ。式典は退屈だったし、集まった人たちにも失望した。舞踏会には顔を出さずに帰ろうと思ったけど、ほんの気まぐれで出てしまったの。ソルダが持たせてくれた新品のドレスに、袖ぐらい通そうかなっていう気持ちで。そしたら――」

 母が頬を染める。

「少女の頃、密かに夢見た男性が現れたの。ダンスもお上手で……いつまでもわたしの手を離そうとされないのよ」

 わたしは首をかしげるのを我慢した。


 その話は、わたしが父から聞いたのと少し違っている。


 2曲続けて踊って、疲労困憊ひろうこんぱいした父が、会釈えしゃくして立ち去ろうとしたところを、がっしと腕をつかまれて離してもらえなかったのが真相だ。


「その時は、あがってしまって満足に声もお掛けできなくて後悔したのよ。でも、なんとか名前だけは周りの方に聞いて分かった。ヨーゲン・メルドレフさま。メルドレフ伯爵の三男坊!それを知って、喜びに跳び上がりそうになったわ」


 それも違う。

 実際に舞踏会場で、母はドレスのまま人の頭の高さまで跳ねたのだ。

 わたしが社交界に関りを持ち始めるとすぐにその話は聞こえてきた。


 ドレスのまま、信じられない高さまで跳び上がった鬼姫の話が――


 もちろん、母が喜ぶのは理解できる。

 中央の伯爵家の三男坊など、その家にとっては、いてもいなくても良い存在だ。

 嫡男ちゃくなんの予備としての値打ちもないのだから。


「すぐに人を通じて正式に紹介してもらってお会いしたわ。どんな理由で会ったのかは、もう忘れたけど、とにかく会えた。嬉しかったわ。都にいる間に何回かお会いして()()()()()()()()の。彼はこころよく受けてくれた」


 それはそうだろう。

 叙勲された母が望めば、三男の父が断れるはずがない。


「初めは断ろうと思ったんだ。子供の頃から人や魔獣を斬ってきた彼女が怖くてね。わたしも都で剣は学んだけど、実戦には出たことがなかったから。でも、何回か会って、一緒に王都を歩くうち――彼女は露天で買ったものを歩きながら食べるのが好きなんだ。知ってるだろう」

 わたしはうなずく。

 今でも母は、時々、街娘(まちむすめ)の姿になって目抜き通りで買い食いをしている。

 彼女はいつまでも若々しく、娘といっても通る容姿を保っているのだ。


「わたしに好かれようと必死になって、可愛いお嬢さんを演じている彼女が愛しくなってね。真っすぐな心根も好ましかった。おまけに、鍛えられた身体には、都の女性には見られない美しさがあったし、抱き心地も――」

「お父さま」

 たまらなくなってわたしはさえぎった。

 どうも、わたしの両親は、ともに娘がまだ8歳になったばかりだということを忘れているようだ。

「ああ、すまない、君と話していると、娘だということを忘れてしまうんだよ。君の頭が良すぎるからだね」

 そう言って、父が(いき)な身振りで苦笑する。



 4歳から、わたしは、鬼姫たる母自身から剣を習い始めた。

 楽しかった。

 学ぶこと全てが身体に溶け込んで、血肉となる感覚が心地ここちよかった。


 母に似て、わたしは力が強かった。

 ラメリ家では、初代ウルカトラさま以来、定期的にそういった体質のものが生まれて来るらしい。


 10歳になる頃には、衛士の中で、わたしに(かな)う者はいなくなった。


 そんな時、ひとりの女性がわたしの前に現れた。


 その人の名はメルドーメ、後にわたしから全てを奪う、魔女だった。

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