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557.下町

 一緒に歩き出したオプティカが、立ち止まってアキオに声を掛けた。

「旦那さま。先に通りに出て領主館サーミットの方に行っとくれ」

 彼はうなずいて、少女を抱えたまま歩いていく。


 通りから展望台へ向かう入口には、木を組み合わせた封鎖障害物バリケードが置かれていた。

 長さは20メートルほどで、高さは一般人の身長ほどある。

 メルカトラが入り込んだあと、彼女の逃走を防いで目撃者が増えないように衛士たちが置いたのだろう。


 わざわざ彼らが持って来たものではない。

 広場に入った時に、壁際に置かれていたのは確認していた。

 夜間や作業をする時、人々の危険を避けるために使うものだろう。

 

 アキオは、木を片手でつかんだ。

 そのまま持ち上げて、広場の端に投げ飛ばす。


 大きなバリケードは、それ自体、重さがないような勢いで宙を飛び、壁に当たって止まった。

 少年と大男が目を丸くしてそれを見ている。


「落ち着いたか」

 通りに出たアキオが歩きながら少女に声をかけた。

 メルカトラが薄い水色の瞳で彼を見つめる。

「まだ、あなたの名前を聞いてません」

 アルトと名乗るか少しだけ考えて彼は答えた。

「アキオだ」

 アキオ、とその名を記憶に刻むように少女がつぶやいて、

「あの方のお名前は?」

「オプティカ」

「オプティカさま――」

 恋人の名を呼ぶように優しく繰り返すと、はっとして少女が続ける。


「あなたの目的はわかりませんが、助けてくれたことには礼をいいます」

「受けよう」

 少女は、気負(きお)いのない彼の言葉に呆気(あっけ)にとられるが、すぐに険しい眼になって尋ねる。

「ところで、さっきの身体を治すという戯言ざれごとは何ですか」


 アキオは黙ったまま少女を見た。


 すでに焼かれてふさがっていた右目は元通りになり、頭皮の火傷(やけど)もなくなって金色の髪が戻っている。

 喉も回復したのか、言語も明瞭になっているが、本人に自覚はないようだ。

 くるまれたコートの中では、手首と指も復活していることだろう。


 黙ったままの彼に腹がたったのか、メルカトラがコートの中で暴れる。

「降ろしなさい。剣は持てませんが歩くことはできます。子供のように抱いたままなのは不敬ふけいです」

「もう少しだけ待て」

「あなたは、さっきもそういましたね」

 そう言ってあたりを見回し、尋ねる。

「あのお方はどこです」


「ここさ」

 間髪(かんはつ)をいれずに、彼のすぐ後ろから声がした。

 オプティカだ。

 展望台から走って来たらしい。

「オプティカさま」

 少女が、アキオに見せていた冷たい表情とは打って変わった笑顔で話しかける。

「先ほどのお話、感銘かんめいを受けました。あなたはどういうお方なのですか――」

「あたしはオプティカ・バラッド、親しい者はティカってよぶ。何者でもない、ただの酒場の女主人だよ。メルカトラ・ラメリ伯爵令嬢」

「わたしをご存知なのですね」

「姿はともかく、名前は知っているさ。あたしは隣街のシュテラ・ミルドに住んでいるからね」

 言った後で彼女が顔を引き締める。

「細かい話はあとにして、先にどこかに身を隠すか姿を変えないといけないね」

 少女がうなずく。

「そろそろ他の衛士たちが展望台の異変に気づくころでしょう。わたしを置いてお逃げください」

「馬鹿なことをいうんじゃないよ。バルトの部屋を借りるかね」

 彼女がアキオを見る。

 たいていの街のバルトは、二階に簡易(かんい)休憩室(きゅうけいしつ)兼宿泊部屋がある。


「そりゃあ駄目だ。衛士たちが真っ先に捜すのはバルトですからね」

 突然、大声が響いた。

「なんだい、あんたまだいたのかい。早く身を隠さないと捕まって打ち首だよ」

 オプティカが声を掛けてきた大男を冷たい眼で見た。


「あ、あのままだったら俺は奴らに殺されてた。恩を返させてくだせぇ。あねさん」

恐喝(きょうかつ)男がいうじゃないか」

 彼女に言われて、男は大きな体を小さくする。

「あれは旦那さんがお持ちの大金に目がくらんだんでさ。ほんの出来心なんで――どうか、おれの住処ヤサに隠れてください。汚いところですが」

(だま)すんじゃないだろうね」

 オプティカの眼がきつくなる。

「とんでもない」

「今度はその首が飛ぶよ」

 言いながら、オプティカがアキオを見る。

 彼がうなずいた。


「いいよ。案内しな――と、そのまえに」

 彼女は彼らと共に歩く少年を見る。

「バークは帰るんだ」

「嫌だ」

 予想外に大きな声で少年が言う。

「俺もメルカトラさまを守るんだ」

「守るっていったってねぇ」

 言いかけた彼女の腕をアキオが掴んだ。

 彼の視線の先、遠くに衛士たちの姿が見える。


「あんた――」

「ザンガっていいやす」

「すぐに住処ヤサに案内しておくれ」

「こっちでさ」

 ザンガは通りを右に折れて路地に入った。

 小走りに進み出す。

 身体はほぼ回復しているようだ。

 アキオたちがそれに続いた。


 どこのシュテラでもそうだが、街は、ほぼ円形の高い塀で囲まれ、片方に街門がいもんがあり、その反対側に城あるいは領主館サーミットが位置する構造となっている。


 街の中枢が、城である場合と領主館である場合があるのは、治める貴族の爵位による。

 侯爵(こうしゃく)以上なら築城し、伯爵以下なら領主館(サーミット)を建てるのだ。


 街の真ん中には、ところどころに円形広場サーカスをはさみながら目抜き通りが伸びている。

 街門がいもんから領主館に向かうほど上流階級のエリアとなり、目抜き通りから離れるほど下町になる。


 いま、アキオたちは、ザンガを先頭として、迷路のように入り組んだ路地を右に左に折れながら、目抜き通りから離れて、へいの近くへ移動している。


 どういうわけか、アキオの腕の中でメルカトラは、ひと言も言葉を発せずじっとしていた。

 頭だけを動かして、目まぐるしくかわる下町の景色を眺めている。

 貴族だけに下町が珍しいのかもしれない。


「ここでさ」

 ザンガが指さしたのは、石造りの建物だった。

 古いながらも2階建てだ。

 大男は、先に入口から中に入って階段を上がっていく。

 階段の途中では酔っ払いが寝そべり、大小さまざまなゴミが転がっていた。

 2階まであがると、狭い廊下を端まで歩き、突き当りの扉に大きな鍵を差し込んで、ガチャリと回してザンガが扉を開けた。


「どうぞ」

 大きなテーブルと独り暮らしには多すぎる椅子が目につく、比較的広い部屋だ。

 意外なほど片付いている。

 ザンガは、空気を入れ替えるために開けていたらしい窓のカーテンを閉めた。

「好きなところへ掛けてくだせぇ」

 彼の言葉で、アキオは少女に言う。

「下に降ろすが、いいか」

「え、ええ」

「その前に、手を出して見せてくれ。両手ともだ」


 少女は、一瞬、躊躇(ちゅうちょ)するが、すぐに手を出した。

「う、嘘!」

 生まれたての赤ん坊のようにピンク色をした両手の指先を見て少女が絶句する。

 アキオはメルカトラをザンガが用意した椅子に降ろした。


 指先を見つめ、手で顔に触れる少女を横目で見ながら、万能布を取り出すとアーム・バンドを操作する。

 布が変形して服になった。

 プリセットされたシジマの体型に合わせた服だ。

 おそらく、それでも今のメルカトラには大きいだろうが、あとはフィッティング機能で調整可能なはずだ。


 それをオプティカに渡す。


「隣は寝室かい」

 彼女が尋ね、ザンガがうなずいた。

「借りるよ」


 そういうと、オプティカは少女に近づき、手を持って立たせる。

 メルカトラは彼女に手を引かれ、無言のままアキオのコートのすそを引きずって歩隣の部屋に入っていった。

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