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555.令嬢

 オプティカがアキオの背を見守る。


 眼前に展開する槍衾やりぶすまを前に、彼は槍を構えもしない

 そして、彼女はそれを当然だと思う。


 その必要がないからだ。

 ただの人間に彼は倒せない。


 衛士たちは、全員、サンクトレイカの者、もともとは彼女の民、彼女の兵だ。

 だが、殺さぬよう手加減を、とオプティカは声を掛けなかった。


 彼女が王であったのは、すでに数十年前のことであり、いま彼女が帰属するのはアキオという王ただひとり、その彼に兵士たちは殺意を向けてしまった。


 だから、相手を生かすも殺すも彼が決めれば良い。


 それに――彼女は鳥が舞い飛ぶ空を見上げた。

 すでに大事(おおごと)になってしまったため、この後、祭りを楽しむことなどできないだろう。


「やれっ」

 髭の男の号令ごうれいで、衛士たちは、彼に向けて一斉いっせいに槍を突き出した。


 兵士が何十人いようと、一人の人間に突き立てられる槍の数には限界がある。


 アキオは手にした槍を素早く構えると、迫りくる穂先に対して、あるものは弾き、またあるものは渦のように槍を回して巻き込んだ。


 凄まじい力と速さで動かされた槍は、いくつもの兵士たちの槍をまとめて絡めとり、谷底へ投げ込んでいく。

 弾かれて身体を泳がされた兵士の槍も同様に奪い取られた。


 実のところ、近代戦の兵士であるアキオは、剣さばき同様、槍の扱いなどよく知らない。

 彼が行っているのは、銃剣術の延長線上の動きに過ぎないのだ。


 だが、細かい技術はともかく、筋力と反射速度で常人を大きく上回る彼にとって、相手が銃器等の近代兵器を使わない限り、ほとんど脅威にはならない。


 たちまち、前衛の兵士の槍は全て谷底へと消えてしまった。


 槍を奪われた者に代わって、新たな衛士が彼の前に現れる。



 始めのうちは、数を頼んで、簡単に討ち取れると考えていたらしい彼らも、今はアキオが容易ならざる敵であることを理解して、警戒しつつ距離を詰めてくる。


 アキオは、槍を下ろして衛士を見回した。


 殺すかどうか考えていたのだ。


 彼らも兵士なら、武器を向けた相手に殺されても文句は言わないだろう。


 もちろん、この程度の人数なら、殺さずとも無力化することは容易よういだ。


「……」

 恋人の凄まじい槍捌やりさばきを見ていたオプティカは、腕に抱えた逃亡者が何事かつぶやくのに気づいた。


「なんだい」

 小柄な逃亡者は、毛の抜けた毛布を頭から被っていて、それがために、ボロ布が地面を駆けていたように見えていたのだ。

 布は湿って異臭を放っているが、永く悲惨な人生を生きてきたオプティカはそんなことを気にはしない。


「はっきりいいな」

 そういって、彼女は逃亡者を地面に降ろし、フードのように頭に巻いて顔が見えないようにしていた毛布を取り去る。

 相手は一瞬、抵抗したが、すぐに(あきら)めて手を離した。

「あんた……」

 オプティカが息をのむ。

 毛布の下から全裸の身体が現れたからだ。

 まだ大人になっていない少女の身体だ。

 だが、その身体は――


 金色の髪に水色の瞳、しかし髪は短く刈られ、頭の半分に毛は無く、頭皮が焼けただれていた。

 耳朶じだは両方ともない。

 美しい瞳は片方しか存在せず、もう片方は焼き潰されたようにひきつっている。

 喉は奇妙な形に陥没かんぼつしていた。

 体中に焼きゴテが当てられたような傷痕(きずあと)があり、左手は手首から先がなく、右手は指が数本欠損(けっそん)し、残った指も爪がはがされていた。


 つまり、この少女は、凄まじい拷問を受けていたのだ。

 グレイ・グーによる治療が及ばない程度の絶妙な拷問を。


「ま、まさか――メルカトラさま?」

 バークが呆然としたようすでつぶやいた。

「知ってるのかい」

 ざっと、少年がひざまずいた。

「この方は、領主さまのお嬢さま、メルカトラさまだ」

「領主の」

「……いで」

 ふたりの会話に興味がないのか、あるいは聞こえないのか、再び少女が絞り出すように声を出した。

 うまく話せないのは喉が潰されているからだろう。

「なんだって、ゆっくりおいい」

 オプティカが、毛布で身体を覆いながら優しく声をかける。

「ころさ……ないで、命令に……したがっ……だけ」

「わかったよ」

 そう言って少女の頭に手を置くと、白髪の元女王は声を張り上げた。

「アキオ、誰ひとり殺さず、()()()()()()()やっておくれ」


 背後から掛かったその声で、アキオの方針が決まった。

 一瞬でポケットからナノ・ナイフを取り出すと、短く一閃させて槍の穂先ほさきを切り落とす。


 ほぼ同時に、衛士たちが雪崩なだれをうって彼に襲い掛かってきた。


 彼は、ナイフをしまうと、木の棒となった槍を構えて前に出た。


 オプティカが、わざわざ痛い眼を見せろ、といったのだ。

 それにはきっと、もっともな理由がある。

 だからアキオは、そのように行動した。


 突き出される槍を棒で叩き折り、手元に飛び込んで腹を殴る。

 鉄製の鎧に拳の跡をつけながら、そいつは血を吐いて数メートル吹っ飛び、他の衛士をなぎ倒した。


 横にぎ払われてくる槍を棒で押さえつけて足で破壊し、続けて兵士の腕を手刀でへし折る。


 上から叩き切るように切りつける槍を、下から正確に棒で突き返して跳ね上げ、()()()()()()兵士の腕に向けて棒を叩きつけて骨を折った。

 複雑骨折して骨が飛び出した男が、わめき声をあげる口に拳を叩き込んで黙らせる。


 アキオの棒と手足が閃くたびに、男たちは腕を折られ、足を砕かれていく。


 逆関節を決められて、手が明後日あさっての方向を向いて泣き叫んでいる者もいた


 それは、一方的な肉体の破壊行為だった。

 もちろん、誰一人殺してはいない。

 力を加減して、グレイ・グーによって3日後には完治するように注意して攻撃している。


 10分たらずで、衛士たちは、ほぼ行動不能となった。


 途中からは戦意を喪失(そうしつ)している者もいたようだが、オプティカの依頼どおり、彼はきっちり全員に痛みを与えておいたのだった。


「終ったかい」

 逃げようとした指揮官らしき髭の男の両手両足を、2カ所ずつ叩き折った彼に背後から声が掛かった。

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