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551.良運

 ナノ・マシンに、そのような副作用はない。


「じゃあ、特に、3つの草に身体を治す力があるわけじゃないんだ」

「そうだ」

 アキオが穏やかに言う。

「だが、効果は高い」

「あの子のつくる薬で、たくさんの人が救われるんだね」

 オプティカが朗らかな声を出した。



 そうやって話をする間に、円形広場サーカスに多くの屋台が店を広げ、行きかう人々が増えてきた。


 ふたりの前では、高く吹き上がる噴水ふんすい水飛沫みずしぶきに陽の光が当たって虹を形作っている。


 アキオは、柔らかな微笑みを浮かべて七色のアーチを眺めるオプティカの横顔を見た。

 たくさんの人が救われる――

 そう彼女は言った。



 封印の氷(コキュートス)の戦い以降、意図したものでは無かったが、この世界の者たちにもナノ・マシンが()()()()()()()


 地球とは違う経緯ではあるが同じように。


 3ヶ月の眠りから覚め、その事実を聞いた彼はアルメデたちと協議した。


 とりあえず、グレイ・グーの暴走はカヅマ・タワーによっておさえられている。


 さらに、タワーを使えばグレイ・グーを完全に停止することができるだろう。

 機能を停止したナノ・マシンは、2日もあれば体外に排出されるはずだ。


 だが、主にこの世界で生まれた者たち、ミストラ、ヴァイユ、シジマたちがそれに反対した。


 医学の発達していないこの世界は危険に満ちている。

 定期的に疫病えきびょう蔓延まんえんし、小さな怪我が、ただちに死に結びつくアラント大陸には、ナノ・マシンが必要なのだ、と。


 ニューメアのように地球の科学を押しつけず、この世界のゆるやかな発達に任せる、というのが、異世界人であるアキオやアルメデの大方針だいほうしんだ。


 当然、医学技術を広めることもしない。


 しかし、科学を抑制(よくせい)することで、助かるはずの命が失われるのは間違っている、と少女たちは言うのだった。

 だからこそ、偶然にも人々の体内に入ったグレイ・グーを使うべきだ、と。


 ナノ・マシンの最低限の身体維持機能を働かせることで、人々は病気に強くなり、怪我が治りやすくなる。

 医学を広めることなく、免疫めんえきと回復力を底上げすることで、結果的に人々の命を救うことができるのだ。

 助けすぎることはない。

 さいわいにも、大陸には人口爆発を心配するほどヒトの数は多くない。


 話し合いの結果、アキオとアルメデは、最終的に彼女たちの意見を取りいれて、グレイ・グーを残すことにしたのだった。


 ウイルスや病原菌から身体を守り、怪我も手足の再生は無理だが、指先の再生程度はできるように調整する。


 今回、少年に教えた薬草は、怪我に対するナノ・マシンの効力の()()()()()()()を壊すかもしれないが、それも許容範囲(きょようはんい)だろう。



 いつの間にか、広場に流れ始めた楽器の音色を聞きながら、彼は虹を見つめる。

 (おだ)やかに頬を撫でる心地よい風を感じ、流れ来る陽気な音楽を聴いてると、かつてヒビトがハーモニカを使って小銭を稼ぐ姿が脳裏に蘇った。


 ふと視線を感じて横を見ると、オプティカが彼を見上げていた。


「どうしたんだい」

「いや」

 アキオが首を振ると、

「そろそろ行くかね」

 彼の手を引いて歩き始める。


 広場の端でアキオが足を止めた。


 彼の視線の先では、少女ふたりが鳥かごを足下(あしもと)に置き、声を会わせて放鳥スロウプ口上こうじょうべていた。


 面影が似ているから、ふたりは姉妹なのだろう。


放鳥はなしどりしませんか。放鳥スロウプしませんか。可哀そうな鳥を放して、ラキを変えませんか。悪運バラキ良運ヨラキへ、哀しみを喜びに、罪を無に――」


 少女特有の高い声が、ユニゾンによる厚みを持って青空に吸い込まれていく。


放鳥スロウプだね。見るのは初めてかい?」

 彼の肩に手を置いてオプティカが尋ねた。


「見たことはある」

 かつて、彼はカマラと西の国(サイアノス)のシュテラ・ドルドーに出た時に放鳥スロウプを目にしたことがあった。


 国によって言語は違っても、口上こうじょうの内容は同じらしい。


「やってみるかい」

「いや」

 アキオは首を振る。


 かごの鳥を逃がすだけで、100万を超える人を殺してきた彼の罪があがなえるとは思えないし、思ってはいけないだろう。


 もちろん、後悔はしていない。


 そんなアキオの顔をオプティカはのぞき見て、少し哀し気で優しい笑顔を浮かべ、彼の頬に手を触れた。


「わかったよ」

 パン、と手を打って笑顔になり、彼の手を持って少女に近づいていく。

放鳥はなしどりさせておくれ」

 オプティカが声をかける。

「ありがとうございます。鳥に代わって感謝を――」

 少女たちが笑顔になった。

「何羽の良運(ヨラキ)をご希望ですか」

 背の高い、姉らしき少女が尋ねる。

「そうだねぇ」

 オプティカが頬に指を当てる。


「一羽ってことはないだろうな」

 足を止めて少女たちの口上を聞いていた輪の中から声が上がる。

「そんだけ年をとってるんだからよ。やってきた悪事も多かろうさ」

「誰だい、いまふざけたことをいった奴は?」

 オプティカは、振り向くと声を張り上げた。

 彼女の声は美しく、身体に見合った大きさで良く通る。


「と、普段なら腹を立てるところだけど、今日のあたしは機嫌がいいんだ。なんせ、愛しい人と一緒だからね」

 そう言ってアキオの腕に顔を当て、

「決めたよ、全部の鳥を放しておくれ!」

 広場全体に聞こえるように言い放つ。


 えっと、少女たちが驚きの顔になった。

 まだ一日は始まったばかりだ。

 今、全部鳥を逃がせたら、昼までにもう一度鳥を集めることができるだろう。


「姉さん、豪気(ごうき)じゃないか」

 人の輪の中から声がかかる。

()()()……やっと正しい評価がでたようだね」

 そう言いながら、オプティカは(かご)に書かれた料金を見て、少女に金を払った。


「よろしいですか」

 少女が尋ねる。

「やっとくれ、景気よくね」

「では、お名前を」

「アキオさ」


 彼がオプティカを見る。


 少女はうなずき、籠に手をさし入れ、鳥をつかみだした。


「鳥よ、お前たちの命を救い、自由を与えたのは優しきアキオさま。感謝し、悪運バラキを持ち去り良運ヨラキを運べ」


 歌うように、さとすように、声を合わせて少女たちが鳥に話しかけ、空に放つ。


 鳥たちは、少女とオプティカの周りをくるりと回ると、高い空へ向けて飛び立って行った。


 すべての鳥が放たれると、期せずして拍手が巻き起こった。


 アキオは苦笑する。

 彼のように少女たちに祭り上げられた偽りの王ではなく、オプティカは、そこにいるだけで注目を集め人心(じんしん)をつかむ、生まれながらの女王だ。


 深く頭を下げる少女たちに手を振ると、彼女はアキオの腕につかまって歩き始めた。

「どうだったアキオ」

 探るように彼の顔を見る。

「君は王だな」

 思った通りを口にするが、オプティカは不満そうに口を(とが)らせた。

「あたしは王じゃない。ただのあんたの――女さ」

「そうか」

「そうだよ」

 追いかぶせるようにそう言うと、

「聞いただろう、アキオ。これで鳥たちは、あんたの悪運バラキを持ち去って良運ヨラキを運んでくれるはずさ」

 彼女は輝くような笑顔を見せるのだった。

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