545.採掘
軍服を来た女性に案内されて、少女たちは、連絡艇の客室に入った。
すでに、宇宙服から、いつものナノ・コートに着替えている。
ニューメアの連絡艇は、高性能ではあるが、駒鳥号や白鳥号のようにAI制御ではなく、客室と隔てられた操縦室で軍人が操縦している。
客室は明るく広かった。
主に王族が使うための飛行艇であるため、室内には革張りの湾曲した長椅子が、ゆったりと向かい合って置かれてあるだけだ。
まず、ユスラが前向きに座り、対面の椅子に少し離れてカマラとピアノが座った。
シミュラやラピィが見たら、3人の少女の距離感を如実に表した座り方だとからかったことだろう。
別に、3人の仲が悪いわけではない。
もともとカマラもピアノも寡黙であったし、ユスラも自ら話しかけるタイプではないからだ。
だが、機内に出発のアナウンスが流れ、加速しつつ斜めに上昇した機が水平飛行に移ると――
「やっと終わりましたね」
ユスラが口を開いた。
「思ったより苦労しました」
カマラが自分の横に置いたケースに触れて笑顔になる。
「でも、最近は楽になっていました」
ピアノも目元を緩める。
「確かに」
ユスラがしみじみととした声を出す。
「カイテンAとカイテンBで、アキオに隠れてこっそり出かけていた時は――」
操縦室から女性兵士が出てくるのを見て、彼女は言葉を止める。
兵士が湯気のたつティーカップをテーブルにおいて出ていくのを黙って待つ。
彼女が一礼して扉を閉めると、
「カイテンAとカイテンBで宇宙に出ていた時は辛かったですね」
ティーカップに手を伸ばしたユスラが続ける。
「はい。シミュラさまが、カイネたちの乗ってきた銀の塔を思い出されたおかげで、安全に余裕をもって小惑星帯に出かけるようになりました」
カマラが微笑んでカップを口に運んだ。
「ナノ・マシンのサポートはあっても、2人でひとつの狭いセイテンに入って12Gを超える加速度に耐えるのは苦労でしたね」
しみじみとユスラがつぶやいた。
「2回目の時でしたか、カイテンBが故障して、迎えのCが来るまで、半日近く宇宙空間に浮いていたのも、今となれば良い思い出です。」
「シジマが、最初から建造するのではなく改造ならすぐにできるといってくれて、実質2日で銀の塔を改造してくれた時には、久しぶりに彼女を見直しました」
ピアノも普段より口が軽い。
「ええ、ほんとうにそうです」
それは、まるで陽だまりの下で催される茶会の会話のように穏やかなものだった。
だが、いま、少女たちは音速を超えて飛ぶ機内にいて、交わされる会話の内容も宇宙空間における厳しい経験だ。
その困難な内容に関わらず、悠揚迫らない落ち着いた会話は、上流貴族そのものだった。
そうであるのも無理はない。
もともと彼女たち全員が、世が世なら大国の女王なのだから
最初のうち、すぐに採掘は終わると考えられていた。
だが、彼女たちが小惑星帯で捜しているラグナタイトは思ったより発見が難しく、1日おきに宇宙に出ても、ほとんど見つからなかった。
宇宙空間は、常に危険に満ちている。
ある時は巨大プロミネンス、つまり太陽の一部が太陽面から飛び出した結果、危険なほど高密度の放射線が降り注ぎ、またある時は、どこからか現れた隕石群に襲われた。
しかも、太陽フレアの異常爆発は、度々長距離通信を途絶させてしまうため、彼女たちを宇宙空間で孤立させてしまうのだった。
いざとなれば、生身で彼女たちを地表へ連れ戻せるサフランが傍に居てくれたからこそ可能だった作戦だ。
「変ねぇ」
彼女たちの話を聞いたラピィが、つぶやいたことがあった。
「地球では、それほど太陽フレアの異常爆発は観測されてなかったはずし、それによる通信障害もほとんどなかったはずよ。飛来物にしても、地球と違って宇宙ゴミは、まったくないはずだし……」
「わたしたちの太陽と地球の太陽は、スペクトルはほとんど一緒だけど、中身は同じじゃないのよ」
その時、カマラはそう説明したが、確かに彼女の中にも違和感はあった。
そういった危険も、宇宙空間で長期間生活することすら可能な銀の塔の稼働でほぼなくなった。
カイテンの時は、宇宙服を着たまま乗り込んで宇宙で作業し、そのままジーナ城に帰投するという強行軍だったのだ。
ナノ・マシンの機能によって、作業途中でトイレに行きたくなるようなことは無く、疲労も空腹もほとんど気にする必要はないが、やはり宇宙服を着たままの長時間作業は、精神的に疲れる。
それが、宇宙船の中で談笑しつつ食事を摂り、風呂にさえ入ることができるようになったのだ。
天国と地獄とはこのことだ。
「あとは、このラグナタイトを、ラピィに加工してもらうだけですね」
ユスラが、愛おし気にケースに手を触れる。
「はい、他のジンバル・リングや慣性制御版は、すでに用意できていますから」
ピアノがうなずく。
「結局、わたしたちが一番作業を遅らせてしまったのですね」
ユスラが申し訳なさそうにつぶやく。
「でも、わたしは嬉しい。これができれば、たとえ遠くに離れても、アキオがヌースクアムに――わたしたちのもとへ帰る指針となってくれるはずだから」
「カマラ……」
ピアノが紅い眼で、ユスラが青灰色の眼で、それぞれ少女を見た。
その眼は優しく、哀しい。
かつて彼女は、アキオを救うため、プロトタイプのカイテンに乗って、たったひとりで片道切符の宇宙へ飛び出したのだ。
ヌースクアムの少女たちは、それぞれアキオに恩があり、彼のことを愛している。
その気持ちに序列をつけることなどできないし、それは無意味だ。
だが、それでも、人生のすべてを彼から与えられたと考えているのは、おそらく、カマラと――アルメデだけだろう。
カマラは人として1からアキオに育てられ、アルメデは幼少時に彼に命を救われてから、130年の間、途切れることなく彼を愛し続けている。
だからカマラは、命のすべてを賭けてアキオをヌースクアムに導く道具を作ろうとしているのだ。
「え」
不意に、温かく、良い匂いのする影が落ちてきてカマラは驚いた。
ナノ強化したような勢いで、横からピアノが、前からユスラが彼女に抱きついたのだ。
「どうしたので――」
少女の言葉が途中で止まる。
なにか温かいものが彼女の両頬を濡らしたからだ。
それは、涙だった。
彼女の両側から抱き着いた少女ふたりの、優しく温かい涙だった。