544.馬鹿
「お帰りになられましたか」
カマラとピアノが黙って会釈し、ユスラが口を開いた。
「はい、無事に帰りました」
「サフランさまは?」
「やり残した仕事があるとのことで、先にサザナ山に戻られました。おふたりによろしくとのことです」
「わかりました」
クルアハルカが笑顔になる。
「それで、作業は終わられたのですか」
彼女は、細く儚げな首、肩、形の良い胸、くっきりと縊れたウエスト、そこから流れるように膨らんだ腰のラインが薄い銀色の服によって強調された少女たちの、三者三様の美しさに、同性ながら半ばうっとりしつつ尋ねる。
「はい、予定通りに」
ユスラたちは、それぞれが手に下げた銀色のハードケースを持ち上げて示した。
「アキオに気づかれないよう、ニューメアの銀の塔を使わせていただいてありがとうございます」
「わたしたちの方こそ感謝しています。シジマさまとカマラさまによって、銀の塔が、この星最高の宇宙船に生まれ変わったのですから」
「いうまでもありませんが、銀の塔をニューメア一国のために私用しないでくださいね」
言ってからユスラは苦笑する。
自分たちこそが、ただアキオへの贈物に使う材料を採掘するためだけに宇宙に出るという、私用の最たる行為を行っているという自覚があるからだ。
「もちろんです」
そんな矛盾をまったく気にせずハルカが答える。
「ご存知のように、国民にも、我が国がロケットを打ちあげていることは秘匿していますので」
「大気検査用の装置だと周知しているのですね」
「はい、ニューメアの国民には、魔王の霧――」
カマラとピアノの視線を感じて、少女が言いなおす。
「グレイ・グーの拡散の事後調査のために、定期的に銀の塔を打ちあげていることになっております」
「今回で、小惑星帯における採掘は終わりましたので、しばらくは発射はひかえた方が良いでしょうね」
「はい」
「ユスラさま」
カマラが口を開く。
「少し間隔をあけて、銀の塔を使っても良いですか。もう一度、宇宙空間に残った魔法菌類の調査をしたいのです」
基本的にヌースクアムの少女たちに上下関係はない。
アキオを王とする以外に序列はないのだ。
ただアキオへ迷惑をかけないため、何らかの目立つ行動を起こす際には、国家間の駆け引きの知識の豊富なアルメデ、ユスラ、ミストラ、シミュラに相談を行うことが暗黙の了解となっている。
「宇宙に広がる高次元菌類ネットワークをこの星が通過した時に、通常の菌類がPSを生み出すプロトタキオン・イクス・ファンガイムに変化するのでしたね」
「そう。数千年前に、この星がネットワークを横切った時にPSが生まれ、それ以来、菌類ネットワークとは接触していませんが、ここ半年ばかり、ネットワークが拡大しているように見えます。定期定期に調べてはいますが、地表からの観測だけでは詳細がわからないので、宇宙に出たいのです」
ユスラはうなずく。
「しばらく間を空けて、その調査に危険がないのなら、わたしは良いと思います。アルメデさまも同意見でしょう」
「わかりました」
「銀の塔を使えば、詳しい調査がおこなえるはず――それでよいですか、ハルカさま」
「もちろんです。見かけ上、ニューメア、エストラ、サンクトレイカ、西の国は、独立国となっていますが、実質はヌースクアムを頂点とする連邦なのですから、遠慮なさらずに、ただヌースクアム王の名の下に命じられれば良いのです」
「ありがとうございます。ですが、おそらく我が王は、それを望まないでしょうね」
ユスラが苦笑し、ピアノがうなずいた。
「それでは、これでお暇します」
少女が軽く会釈する。
「わかりました。ヌースクアムまでお送りしましょう」
「では――」
銀のケースを下げ、背を向けて去っていく少女たちの美しい後ろ姿が、ドアの向こうに消えるとクルアハルカは小さな溜息をついた。
あの、同性である彼女ですら見惚れるほど美しい少女たちは、ヌースクアム王に贈り物をするためだけに、危険きわまりない宇宙に何度も出かけていたのだ。
「どうしたんだい」
それまで、余計な口をはさまず黙っていたルイスが尋ねる。
「彼女たちをどう思います?」
「美しい方たちだね」
「ええ、確かに」
なにげなく言ったあとで、はっと彼女が彼を見る。
「あなたも男だということを忘れていました」
ハルカが唇を噛んだ。
おそらくルイスも、少女たちの、裸同然の身体のシルエットに見惚れていたのだろう。
「どういうことだい」
そう言ってから、ルイスが朗らかに笑う。
「妬いてくれているのかい。心配しなくても、君は、いつでも誰よりも綺麗だ」
クルアハルカが、ルイスの胸を叩く。
「うそ!それが嘘であることぐらい、わたしにもわかります」
長らくアルメデ女王の影武者として彼女の姿で生活していた彼女は、大怪我をナノ・マシンで治療する過程で本来の容姿に戻った。
髪と目の色は父の遺伝を受け継いだものの、容姿が母に似ている彼女は、きりっとした自分自身の顔を決して嫌いではない。
しかし、同時に、美しさという点で女王やヌースクアムの王妃たちには到底及ばないことも、また自覚している。
ルイスに背を向けて俯いた彼女は、肩を持たれて引き寄せられ、彼の腕に抱きしめられた。
彼はハルカの顎に手をやって上を向かせ、その目を覗き込む。
「僕にとって、傭兵、月鬼姫は憧れであり、英雄であり、命の恩人だ。君はその彼女に瓜二つだ」
ルイスは、幼少時、アドハードを出て王都に来る途中、月鬼姫率いる3月傭兵団に命を救われていたのだ。
「あなたは母が好きなのよ」
彼の胸を押して離れようとするハルカを無視して、ルイスは続ける。
「そして、初めて会った時に、君が見せた勇気、忍耐、行動力、その全てで僕は君が好きになった――ハルカ、僕は医者として、仕事ばかりに夢中になって女性と話したことがほとんどない。気の利いた会話もできない。でも、苦手を承知でいうよ、聞いてくれ」
彼が彼女の手を握る。
「ルイス……」
「君より美しい女性はいるだろう。君より可愛い女性も、強い女性も、優しい女性もだ。だけど、全てをあわせて君以上の女性はこの世に存在しない。僕は君が好きなんだ」
「バカね……」
「知らなかったのかい」
ルイスは彼女の額に口づけて言う。
「恋する男は皆バカなんだ」