541.双子
「と、いうわけだ」
ケイブが、お手上げ、というように肩をすくめてみせる。
「リリーヌったら、まだ、あんなことをいってるのね」
悲しそうな表情でフレネルが言った。
すでに彼女は、自分の家系が、ひとつの身体に二つの精神を宿すものであることを知っている。
弱かった自分に代わって、本来、表にでられなかったリリーヌが、工夫を凝らして外に出て、自分を守ってくれたことも――
リリーヌは、フレネルが怪我をしたり死んだりしたら、自分も消えてしまうから仕方がなかった、といっているが、それだけではないことは彼女にも分かる。
自分が死にたくないだけなら、今になって全てを彼女に譲って消えようなどとは言わないはずだからだ。
それ以前に、ひとつの身体を共有する仲間として、フレネルにはわかる。
彼女は、長い間、双子の姉のように、陰に日向に自分を守ってくれていたのだ。
リリーヌは優しい。
もちろん、彼女が行ってきたのは、殺人を含む恐ろしい犯罪行為ばかりだ。
だが、今から考えると、それは若く力のない少女が、さまざまな外部の暴力から身を守るために必死に戦った結果に過ぎないように思える。
それも、わたしを守るために――
彼女自身に、そんなことはできなかった。
友達からいじめられても黙って耐えるだけであったし、商会が危機に陥った時も、ただ黙って、その厄災が過ぎるのを待っていただけだ。
だからこそ、リリーヌへの罰はふたりで分け合わなければならない。
フレネルはケイブを見た。
彼女はまた、彼にも大きな負債を背負っている。
リリーヌは、彼の優しさを利用して悪事に手を染めさせた。
それなのに、彼は、以前と変わらず彼女の傍にいてくれる。
もう感謝する以外にない。
彼女は、机から立ち上がった。
自分の手を見る。
それは、わたしの手、そしてリリーヌの手でもある。
この手を使って、犯した罪の償いを少しでも行っていかなければならない。
さいわい、時間はある。
英雄王ノランは、彼女たちの人格が安定するまで待つとおっしゃった。
ケイブがいつまで彼女たちの傍にいてくれるかはわからないが、リリーヌを説得して、ひとつの身体、ふたつの精神で罪を償っていこう。
「いいか、フレネル」
同じように机から立ち上がったケイブが話しかけた。
「君が休んでいた2週間で、ずいぶん花壇も菜園も良くなった」
「まあ、そうなの」
「ああ、リリーヌが頑張ったからな」
始めのうち、リリーヌは、なぜわたしがこんな土いじりを、だとか、こんなバカげた作業をさせて、これが罰というものなのね、と不平を漏らしていた。
だが、作業を始めて10日が過ぎるころに、咲き始めた花を目にし、小さく実をつけはじめた果実を発見すると、彼女は一切の文句を言わなくなった。
陽が傾く頃に、腰を伸ばして花壇と菜園を見下ろして微笑むその表情は、彼が見たことがないほど穏やかで美しかった。
「見にいくだろう」
「ええ」
離れから出ると、オレンジ色の髪と瞳を持つ女性が、つばひろの帽子を持って立っていた。
「フレネルさんにこれを。陽射しがきつくなってきましたので」
そう言って微笑む。
「ありがとうございます」
少女は礼を言って帽子を受け取った。
この、年齢不詳の変わった髪色の美少女は、名をアイリンといい、サフランの話では、頭に大怪我をして記憶が曖昧になっているのを、ここで働きながら療養しているらしい。
2週間前に言葉を交わした時は、人形のように無機質で無表情であったのが、いまは随分人間らしくなっている。
順調に、快方に向かっているようだ。
帽子を被った少女は空を見上げた。
雲ひとつない、高い空だった。
現在、フレネルたちがいるのは、パルナ山脈南部にある、サザナ山の山頂付近に作られた邸宅内だ。
彼らの足下、山の中には広大な洞窟が広がり、普段、アイリンはサフランとともに、そこで暮らしているのだという。
洞窟の中は、外界と同じように陽の射す工夫がしてあって、そこには、もうひと組、サフランの世話を受ける人たちが暮らしているようだ。
サフランの話では、もともと彼女は人間ではなく、伝説のドラッド・グーンの生まれ変わりで、ヌースクアム王アキオに頼まれて、フレネルたちの世話をしているとのことだった。
にわかには信じられない話だが、珍しい浅紫、いわゆる藤色の瞳と髪色の少女が持つ様々な力を目の当たりにすると、信じざるを得なかった。
なにより、あのヌースクアム王アキオの知人なのだ。
普通でないのは納得できる。
フレネルは、アイリンに会釈すると、陽射しのきつくなった庭園を菜園へ向けて歩いていった。
ケイブが後に続く。
「まあ」
彼女が声を上げた。
想像以上に、花壇には花が開き、菜園で実が生っていたからだ。
「ほんとうにリリーヌは頑張ってくれたのね」
目を輝かせる少女に向かって彼はうなずく。
「ああ、そうだとも」
その日は、昼食はケイブが作ってくれたムサカをパオカゼロに挟んだ弁当を食べ、夕方まで、菜園の手入れを行った。
翌日も同様の作業を繰り返す。
そうして11日目の朝――
いつものように、ケイブがフレネルを起こしに来た。
だが、その様子は、ふだんとは少し違っている。
彼の背後に藤色の髪の少女、サフランが立っていたのだ。
さらにその背後に、二つの影があった。
ひとりめは、長身で逞しい男だった。
もうひとりは、オレンジ色の髪の美少女だ。
しかし、それはアイリンではない。
その証拠に、彼女の頭には、短いがきれいな形の角が生えていたのだ。