538.謀反
「ああっ」
ミリオンが悲鳴のような声を発した。
一瞬、シジマの顔を見る。
彼女は笑っていた。
何てこと!
アキオさまの身が危険だというのに。
豹人の少女は信じられなかった。
そんな彼女の思惑をよそに、シジマは目を輝かせてアキオを見つめていた。
その動きのすべてを眼に焼き付かせるように――
巨人の足を避けて高くジャンプしたアキオは、同時にショットガンを手放した。
ホルスターからP336を引き抜き、弾倉止めボタンを押しながら、マガジンを引き抜く。
通常なら自重で落下するのを待つのだが、今はその時間がない。
そのままマガジンを捨て、弾帯のラグナタイト合金弾の予備弾倉を引き抜くとP336に叩きこむ。
遊底を引いて特殊弾を薬室に送り込むと引き金を絞った。
通常弾の十倍の質量を持ち、火薬量を1.5倍に増やしたラグナタイト弾は、発射と共に凄まじい反動を発生する。
重いアキオの身体が、馬に蹴飛ばされたように向きを変え吹っ飛んだ。
その彼の身体をリトーの拳が掠めて行く。
身を縮めたアキオは、再びP336を下方に向けて発砲した。
反動に会わせて前方に回転しながら再び宙高く飛びあがり、身体を伸ばしつつ捻る。
巨人の顔を見た。
予想通り、リトーの眉間にも弱点を示す照準マークが刻まれている。
つまり、あれに弾丸を打ち込めば終了だ。
これまでは、巨人の体格が大きすぎて、手を目の前で手を広げられるだけで、顔面を狙うことができなかった。
いま、彼はリトーの腕をかい潜りって、まともに巨人の顔を狙える位置にいる。
が、リトーの戦闘プログラムは彼が思ったより優秀だった。
今度は、宙に浮かぶ彼目がけて倒れながら巨大な足で蹴り上げてきたのだ。
アキオは再び発砲した。
今度は激しい勢いで横方向に弾き飛ばされ、巨人の足を避けることができた。
マガジンに入っていた特殊弾は5発。
現在までに3発撃って、残弾は2発。
だが問題がある。
反動が強すぎて、あと2発の発射に銃が耐えられないかもしれないのだ。
そう考えた彼が、差後の1発を残して倒れゆく巨人の額に狙いを定めた時――
ひやりと背筋が冷えるのを感じた彼は、その感覚を理解する前に斜め下に向かってP336を発砲した。
空中で、再び向きを変えた彼のすぐそばを、すさまじい速さの巨大な岩塊が通り過ぎていく。
リトーが倒れながら彼に向かって投げた岩石だ。
アキオを空中で回転し、身体を捻ると巨人に向けて銃口を向け、最後のラグナタイト弾を発砲した。
同時に遊底が吹っ飛んで銃がバラバラになる。
目の端で、巨人の鼻から上が消滅するのを確認した彼は、再び猫のように身体を捻って足から荒野に着地した。
初めに跳び上がってから20秒近く空中にいたことになる。
「アキオさま!」
ものすごい勢いで、白い塊が彼に向かって突っ込んできた。
ミリオンだ。
全力で走ったために、ナノ強化が発動したのだろう。
アキオもナノ強化して少女を受け止めようとしたが、彼女は彼のすぐ前で向きを変え、土煙を上げながら荒野を滑って彼の前で止まった。
彼に背を向けて立つ。
遅れて走り寄って来るヌースクアムの少女たちに向けて、大きく手を広げ、彼を守るようにして叫んだ。
「どういうつもりですか!」
美少女が眼を吊り上げる。
「演習のふりをしてヌースクアム王を殺そうとするなんて。あなたたちは謀反でも起こすつもりなのですか!」
笑顔で先頭を走ってきたシジマの顔が驚きに凍りついた。
立ち止まる。
「え、あ、あの……」
他の少女たちも、白豹の少女の怒りの剣幕に足を止める。
「来るなら来なさい!アキオさまはわたしが守ります」
大きく美しい眼をさらに吊り上げながら、必死の形相で彼女が叫ぶ。
少女たちは――動けなかった。
ミリオンの真剣な表情に圧倒されて。
ただ、3人の少女だけが集団から抜け出して、ミリオンに近づいていった。
「く、来るのですか。それなら――」
彼女の言葉が途中で止まった。
近づく少女たちの顔を見たからだ。
3人の少女、カマラ、ピアノ、キィはそのまま、ミリオンに近づき、彼女を抱きしめた。
きつく抱きしめる。
「え、な、何ですか」
どう対処してよいかわからないミリオンが慌てる。
「そやつらはな、嬉しいのじゃ」
集団から抜け出したシミュラが声を掛けた。
「嬉しい?」
「ええ、あなたが、命を懸けてアキオを守ろうとしてくれたから」
同様に前に出たユスラが優しい目になる。
アキオはミリオンに近づき、三人の少女から抱きすくめられている彼女の頭に手を置いた。
「心配するな。ただの演習だ」
「し、しかし――」
「ごめんね、ミリオンさま。ボクの説明不足だった」
シュンとしてシジマが謝る。
「いや、説明しても、実際に目にしない限り、理解はできないじゃろうな」
シミュラが首を振る。
「ミリオン、わが王の演習はいつもこんな感じなのじゃ。何度も見ているわたしたちには、シジマの仕掛ける新しい罠に、どうやって最強たるわが王が対処するかが見どころなんじゃが、初めて見るそなたにとっては、殺すための罠に見えても仕方がない」
「あ、あれのすべてが、ただの演習だというのですか。特に最後のあの巨人――」
ミリオンが身を震わせる。
「リトー、ね。アキオにとってはお遊びみたいなものなのよ」
ラピィが笑う。
「そ、そうなのですか」
やっと、ミリオンが身体から力を抜いた。
彼女から離れた3人の少女たちを見る。
カマラたちは、優しさと微笑みと切なさがないまぜになったような複雑な表情をしていた。
近づく彼女たちを拒絶できなかったのはそのためだ。
「ミリオンさま。あなたのお気持ち、たしかに見せていただきました」
そう言ってキィが跪き、ピアノとカマラが微笑んだ。
「こやつらは、妻たちの中でも、絶対にわが王を守ると誓っている者たちでな。おぬしに同じ心持ちが見えたのが嬉しかったのじゃろう」
「アキオさまを、守る」
ミリオンがつぶやく。
「わたしの……仲間」
「そうじゃな」
「もちろん、その子たちだけじゃなくて、みんなそうよ――わたしもね」
ラピィが朗らかに断言する。