536.演習
「銃、か」
アキオはつぶやいて下げ銃にしたM16を手にする。
兵士として実務的であることを好む彼は、見世物的な演習を好まない。
だが――
彼は、彼を取り囲む少女たちを見た。
その反応は3種類ある。
シジマやヴァイユのように期待に目を輝かせる者と、ピアノやカマラのように常と変わらぬ冷静な表情をする者。
そして、ミリオンやデルフィのように、言葉の意味が良く分からず、彼と少女たちの間に視線を往復させる者だ。
全体の比率は、期待派が8割を占めているように見える。
アキオが口許を緩めた。
彼には、まだよく分からないが、ヒトには娯楽あるいは息抜きが必要らしい。
だから傭兵仲間は、戦闘の合間に酒保で酒を飲み、女を買いに出かけるのだと言っていた。
ヌースクアムの生活――
少女たちの多くはジーナ城に来て久しい。
日々、彼女たちは各々が自分で決めた研究を行い、あるいは戦闘の訓練をし、あるいは菜園で育てた野菜や果物を収穫して過ごしている。
それは穏やかで優しい生活ではあるが、明らかに外の世界にいた時より娯楽が少なくなっているはずだった。
彼女たちが、そのことで不満を言うのを聞いたことはないが、退屈させるのは可哀そうだ。
この数週間は、交代で外に連れ出してはいるが、その頻度は決して高くはない。
演習が退屈しのぎになるのなら、それに越したことは無い。
ならば――
「やろう」
彼は答えた。
「わぁ!」
以前に、彼の演習を見た者たちが歓声を上げる。
「じゃあ、武器実験場に移動して」
シジマに言われ、彼は隣の建物に移動した。
全員がその後に続く。
扉をくぐると、室内であるにもかかわらず荒地が広がっていた。
そこは、かつて少女たちが噴射杖の練習をしたほど大きな空間だ。
さらに、ナノ・マシンを使って、武器実験のためのさまざまな地形を人工的に作り出すことができる。
シジマがアーム・バンドに触れると、平坦であった地形が大きく動き、岩で囲まれた荒野になった。
「シジマ、これってアレかい」
ユイノの質問に彼女が答える。
「うん。ドッホエーベに似せて作ったんだ」
アキオは、荒地の真ん中付近に見える金属製の台に歩み寄った。
その上には、いくつか武器が並んでいる。
武器実験場において行われる演習では、レイル・ライフル等の新式銃ではなく、火薬弾を使う旧式銃を使うことになっている。
新式では威力が強すぎて、装弾、照準、射撃の適度な練習にならないからだ。
彼は、台の上に置かれてある、中型のポーチがついたベルト型弾倉帯をナノ・コートの上から巻いた。
無造作に、台に置かれた箱の中から、肩から掛けていたM16A2用の30発予備弾倉10本を手にした。
弾倉帯に差し込む。
実弾専用に改造されているP336は、ナノ・コートのホルスターに挿し、その15発予備弾倉も5本、弾倉帯に加えた。
少し考えて、カマラが手に入れてきたラグナタイト合金の弾頭を5発内臓している弾倉を1つ手にする。
これは、オスミウムの3倍近い質量を持つ金属で、弾丸一発が鉛の10倍近い重さになっているものだ。
火薬も増量してあるため、普通なら反動が強すぎて使い道は無いところだが、彼は普通ではないため、それなりに用途がある。
最後に彼が手に取ったのは、ハイスタンダード・ライオット・ガン、いわゆる散弾銃だった。
彼が好むショットシェルである、12番3インチのスラグ弾が7発装填されている。
今回は、肩づけして狙う用途には使わないので、ナノ・ナイフを取り出すと、グリップから後ろの銃床部分を切断した。
ハンドガン・タイプになった散弾銃をコート内側のライフル・ポケットに落とし込む。
大きめのポーチに、予備のスラグ弾30発を入れた。
過去の演習時より多めの弾数だが、なぜか、そうした方が良いと彼は感じたのだ。
最後に、短く縮められた避雷器を弾倉帯に挿して彼の準備は終わった。
多数の敵と戦う時は、手榴弾が有効だが、今回の戦闘はミリオンに銃の扱いを見せるという意味合いもあるので、アキオは台の上の榴弾には手をつけなかった。
「いつものように30分の時間制でいくよ」
台から離れて立った彼を見てシジマが言う。
彼女の操作で、台は地面に吸い込まれた。
危険が無いように、少女たちは演習場の端に移動している。
「前の演習から学んで、色々工夫してあるから気をつけてね」
アキオがうなずくと、少女は手を上げた。
「レディ……ゴー」
叫びと共に手を振り下ろす。
と、同時に素晴らしいスピードで少女たちの立つ観客場まで走り出る。
ガゴ、と音が響いて地面の一部が陥没し、多数の穴が現れた。
その穴から、灰色の獣が走り出て来る。
その数およそ50。
マーナガルを模した魔獣型ライスだ。
スピードに特化されているため、通常のライスでは考えられないほどの速さで走って来る。
大きさは、実物の魔犬の1.5倍程度だ。
アキオは自動小銃を肩づけすると射撃を開始した。
ビースト・ライスは演習用の模擬敵のため、眉間を撃ち抜けば行動不能になって消滅するように設定されている。
いつものように、アキオは素早く単射を繰り返し、マシンガンのような速さで連射しつつ魔獣型ライスの眉間を撃ち抜いていく。
たちまち30発を打ち尽くしたアキオは、素晴らしい速さで予備弾倉に交換し、さらに撃ち続ける。
この演習では、基本的に敵は銃撃はしてこない。
アラント大陸に銃は存在しないからだ。
そのかわり、この世界には魔法がある、よって――
ビーストの口から、一斉に火球が撃ち出された。
銃弾の代わりに、魔法に似せた攻撃を行うようにプログラムされているのだ。
火球は衝撃波で破壊することができるため、ビーストだけでなく、今度は火球も狙い撃ちしていく。
「凄いですね」
ミリオンがつぶやいた。
「ほとんど外しておられませんように見えます」
「今のところ命中率は100パーセントだね」
シジマが言い、
「さすがじゃな」
シミュラが腕を組んでうなずく。
「ま、これぐらいは何でもないよね。だから――」
シジマがアーム・バンドに触れると、さらに荒野に無数の穴が開き、それこそ地を埋め尽くすような数のビースト・ライスが溢れ出始めた。
灰色の奔流のように、アキオ目がけて押し寄せる。