535.伯仲
手を振り下ろそうとしたシジマが、思いついて言う。
「ふたりとも、アキオが見てるからね、頑張るんだよ」
シジマの見るところ、この少女二人は、好きな人に見られることで硬くなるのではなく、より力を発揮できるタイプのはずだ。
「はい!」
良い返事をして、ふたりは剣を構える。
その時、彼女の背から澄んだ声が響いた。
「シジマ、確認しますが能力補正は必要ないのですね」
「大丈夫だよ、ユスラさま。ラーカムは、もともと怪我の治りの早い豹人だし、デルフィの体内にあるのは、グレイグー種のナノ・マシンだけだから。病気と怪我に対する耐性が向上しているだけで、身体機能はノーマルさ。だから能力の底上げは共にないよ。実力同士の対決さ」
「剣は――」
「練習用のコールド・チタン製のダミー・ブレード」
「わかりました」
ユスラは彼女にうなずく。
シジマは再び片手をあげ、呼吸をはかって、
「はじめ!」
叫んだ。
最初に動いたのはラーカムだった。
体力のベースが、猫科の生物であるのは伊達ではない。
素晴らしい速さでデルフィに駆けよると、そのまま剣を真っすぐに斬り下ろす。
豹人としての瞬発力を利用した一撃は、そのまま受け止めれば腕の骨ごと破壊されるエネルギーを秘めている。
しかも普通の人間では、とても避けられそうにない速さだ。
だが、デルフィは普通ではない。
凄まじい斬撃を直接受けるような真似はせず、ノンスリップ処理された床を真横に蹴って、右方向へ跳ねて体を躱す。
剣士として彼女の優れた点は、そのまま右方向へ逃げるのでなく、その場で蹴り返して左へ飛び戻り、剣を振り下ろすラーカムを横なぎに斬りつけたことだ。
真横にはらわれる剣を、ラーカムは前方に飛び跳ねることで躱した。
大きく飛んで空中で一回転し、身体を捻って向きを変え着地する。
素晴らしい身体能力だった。
しかし、デルフィの剣技にはその先があった。
普通なら、攻防の1期間が終わった時点で間を取るところを、彼女はそのまま攻撃を続けたのだ。
長年の修練で無酸素運動に慣れているのだろう。
着地したラーカムに向けて、身体ごとぶつかるように飛び込んで剣を突き刺す。
必殺の間合いだ。
もちろん、使っているのは練習用のコールド・チタン製、同種の金属以外に触れると硬度を無くすナノ・メタルのブレードであるから怪我の心配はない。
ラーカムは左方向に身を投げて片手を地面につき、綺麗に側転を決めた。
さらにそれをデルフィが追撃する。
その動きは、アキオと戦った時より遥かにキレがあった。
まるで、ラーカムの次の動きが分かるようだ。
あたかも、かつて地球で行われた専門家による未来予測のように、あるいは古代ギリシアで神託を受けたとされる同名の都市国家のように――
豹人の少女を剣で突き、横に薙ぎ、袈裟懸けに斬る。
その怒涛の攻撃を、ラーカムは全て凌ぎ切った。
ひと呼吸もおかず、豹人の少女が反撃に移る。
後ろに跳ねて距離を取ったデルフィに突進する。
攻撃方向を惑わすために、大きく左右にジグザグに走りながら近づき、剣を振う。
方向を変えつつ放たれる斬撃は、最初の一撃ほど力強くないため、デルフィはラーカムに合わせてジグザグに背後に飛び下がりながら、剣で受け流す。
しかし、後退しながらの防御のためか、豹人と人間の体力の差か、徐々にデルフィは追い詰められていく。
リズムよく後退していた彼女の脚が、ほんの少し床に引っかかり、バランスを崩す。
もちろん、ラーカムはそれを見逃さない。
ひと際、大きく踏み込むと、彼女の首に目がけて剣を振う。
まわりの少女たちも、これで勝負が決したと目を見開いた。
「はい、そこまで」
シジマの声が響いた。
闘技場では、ふたつの影が交錯したまま静止している。
「引き分けだね」
彼女の言葉どおり、ラーカムの刃はデルフィの首の直前で止まり、デルフィの剣も豹人の少女の喉元に突き付けられていた。
「はぁ」
ふたりの少女が同時に床に座り込んだ。
「あなたには勝てる気がしませんでした。こんな気持ちは、アキオさまと戦って以来です」
荒い息を吐きながらデルフィが言う。
「わたしの方こそ、こんなにドキドキするのは、野生の雪豹を使役する時に戦って以来です――疲れました」
ラーカムが耳を震わせた。
「すごねぇ」
ユイノが感心する。
「ふたりともナノ強化されてないんだろう」
「そうだよ」
シジマがうなずく。
ユイノとミリオンが二人に近づき、それぞれがデルフィとラーカムに手を貸して立たせる。
「驚きました。あなたは、これほど強かったのですね」
ミリオンが眼を潤ませる。
「あ、ありがとうございます。浮遊都市を守らなければなりませんでしたから」
「そうですね」
「で、でも、アキオさまには手も足もでませんでしたが」
「それは仕方ないでしょう。わたしも、子供みたいに扱われました」
デルフィが声をかける。
「おぬしの見立てはどうじゃ」
シミュラに尋ねられてアキオが口を開いた。
「いい動きだった。君たちは強い」
「修正ポイントは?」
シジマが尋ねる。
「空中で動きを変える術をもたないうちは、跳ばずに足を地につけておいた方がいい」
「つまり?」
「攻撃は、飛んで避けるより伏せて避ける」
「そうだね。実際はそれも難しいけど、一流は空中の無防備さを見逃さないもんね」
「わかりました」
ふたりの少女は深くうなずいた。
「あ、そうだ」
不意にシジマが大きな声を上げた。
「言葉だけより実際に見たほうが、絶対に分かりやすい」
そう言って、彼女は白い豹人の少女を見る。
「ミリオンさまは、いまアキオに銃を習ってるんだよね」
「はい、未熟者ではありますが」
「だったらね、初心者のうちに、極めればどこまで行けるか見ておいたほうが良いと思うんだ」
「あの、それは?」
「アキオ」
美少女がにっこりと微笑みながら言う。
「久しぶりに、銃を使ったアキオの全力を見せてくれない?」