524.愚か者の城4、
「ミリオン、移動には、プラズマ・ジェットを使え」
今さら、ステーションに穴が開こうが、植物が燃えようが問題はない。
そもそも、タングステン・カーバイドの合金らしき壁がその程度で破壊されるとは思えない。
さらに、アキオの脳裏に、胸部に溶けたような穴が開いて倒れていたロボット兵の姿が蘇る。
「こいつらには触れられるな」
言いながら、アキオは、霧の中から飛んでくる緑の槍を回避した。
彼の手首の内側が埋没し、銀の放射口が現れる。
彼の特殊装備である火炎発射管だ。
そのまま槍の根元に向け、クルミ大のナパーム球を発射する。
化学合成で燃焼温度を高めた特殊ナフサに、分子増粘剤Sナパームを増せて球状にしたものだ。
対象物に命中すると、本家ナパーム剤の数倍の粘性をもって、しつこく絡みつき燃え続ける兵器で、主に機械化兵の目くらましに使われる。
当たった瞬間、ボッと火の手が上がり相手が炎を上げて燃え上がった。
想定より火炎の大きさが大きいのは、光合成により室内の酸素濃度が高めだからだろう。
「アキオ、あれ!」
彼より下方を飛んでいたミリオンが声を上げる。
炎を上げているのは、体高が2メートルたらずの樹木に似た人間、というより人間の形をした樹木だった。
槍に見えたのは、彼らの腕の先端で、それをどういう構造になっているのか、考えられない速さで伸縮させて攻撃しているのだった。
ようするに、この樹木人間が、その語源はわからないが、博士のいうトリフィド兵なのだろう。
トリフィド兵は、炎を薙ぎ払おうとするが、身体にまとわりついたナフサは容易にははなれようとせず、じりじりと身体を焼かれ続けて、近くにいるトリフィド兵に炎がうつり始めている。
「アキオ」
ミリオンの声より早く彼が反応し、上から降り注ぐ何かを回避した。
彼の傍を水が降り注いでいく。
身体を回転させて天井を見ると、そこには、巨大な緑の壺状のものがあり、その底を一人のトリフィド兵が槍で貫いていた。
形状から考えて、ウツボカヅラ(ネフェンティス)の食虫植物だろう。
流れ出た粘性のある溶解液は、燃えるトリフィド兵の火を消していた。
植物兵士個人の考え、というより、おそらくドライアドの指示による行動だろう。
シュッと、高圧空気の抜けるような音が響いて、アキオは高速で何かが近づくのを感じた。
咄嗟にナイフの腹で防ぐ。
嫌な予感がして、斬り裂くのではなく、ナイフの刃で弾くようにしたのだ。
同時に、腕と背中の推力器で、身体にモーメントを加えて横回転させ、継ぐ次飛来する弾丸のようなものを回避した。
ナイフを見ると、弾いた部分が少し溶けている。
その感じは、床に倒れていたロボット兵の穴に似ていた。
アキオは、さらに飛んでくる物体に対して回避行動をとりつつ、天井へ向けて上昇した。
身体を反転させて屋根に着地する。
磁力を発生させると、簡単に屋根に張り付くことができた。
彼を追いかけて飛んで来た物体は、空気抵抗によってスピードを殺されているため、容易にナイフで停止させることができた。
空中に浮かぶそれを、身体に触れないように注意して観察する。
親指の先ほどの大きさのそれは種だった。
ロボット兵は、撃ち込まれた種によって行動を支配されたのだ。
同時に、種は子孫を残すための装置でもある。
アキオは、知能ある植物ドライアドの考えていることを理解した。
彼らのうちの、どちらか一方にでも良いから種を撃ち込んで行動を支配し、種子を地球に持って帰らせて、生き延びようというのだろう。
いわゆる、宇宙種子作戦だ。
だが――アキオは、蠢きながら多数現れるトリフィド兵の素早い動きをみながら考える。
ローゼリアは何と言っていた。
短時間で無限に増殖する、とは言わなかったか。
ただでさえ水不足の世界に、大量の植物兵は危険だ。
アキオは壁を蹴った。
エア・ジェットで加速し、予測不能な軌道で霧の中に突入していく。
白い霧の向こうに巨大な影が現れた。
ドライアドだ。
一斉に多くの種がアキオを襲う。
先ほどは、霧で良く見えなかったが、大きな樹の枝のつけ根あたりにヒマワリのような器官が多数見える。
そこから無数の種が発射されていた。
さらに樹から伸びた長い蔦のようなものが、空中をさまよって、彼を捕まえようとする。
眼を下に転じると、太い樹の根元に虚のようなものが見えた。
銃声が響いて、発射機関が霧散する。
次々と、弾かれるように消えていく。
ミリオンの援護だ。
補正プログラムのお蔭だろう、なかなかの腕前だった。
その隙に、アキオは空中からドライアドに近づくと、幹に沿って真下に降下し始めた。
根元にある巨大な虚に近づく。
その間も種による攻撃と、ドライアド自身が操る、蔦の攻撃は続いている。
どうやれば、植物がこれほど素早く動けるのか、彼には想像がつかない。
その意味で博士の発見したスペクトルZ線は、なかなか大したものだった。
さらに彼を捕まえようとする蔦の数が増えたため、アキオは腕のミサイル発射管を開いた。
各腕に6発ずつ装備しているペンシル・ミサイルのうち二基を発射する。
狙い過たず、ミサイルは、ドライアドの蔦を吹き飛ばした。
その合間も、ミリオンの援護射撃は続いている。
アキオは、虚の中に降り立った。
そこにローゼリアはいた。
赤い髪、薄茶の瞳――だが、その眼にはすでに光はなく、彼女は死んでいた。
現在も、大量に降り注いでいるスペクトルZ線によるものか、その身体は生きているかのように瑞々しかった。
ただ、肌の色は透き通るように白い。
アキオは、彼女に近づくと、その首にかかったシリコン・メモリのペンダントを外した。
その瞬間、アキオの胸を複数の種が貫く。
博士の背後に、種が配置されていたのだ。
身体の大部分を失ったローゼリアがゆっくりと回転しながら虚の外へ流れていく。
その顔は、まるで、勝利を確信して笑っているかのように見えた。