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522.愚か者の城2,

「ドライアドって、オークのの精霊じゃなかった?」

 ミリオンのつぶやきに、アキオは首を振る。

 ()()()()()を彼が知るはずがない。


 スクリーン上の女は、身振(みぶ)りを交えながら、言葉を発し続けている。

「思い起こせば、サイベリアの手先となった奸物かんぶつどもにおとしいれられた皇帝さまが、その地位を()くされて以来――」


「ミリオン」

 携帯端末に眼を落したアキオがAIに声を掛ける。

「なに?」

 画面に見入ったまま、()()()を彼の方に向けて彼女は答えた。

 あの耳は、単なる飾りではなく動くようだ。


「ローゼリア博士の言葉は記録しているな」

「もちろん」

「重要部分をピックアップして、あとで要約してくれ」

「あなたは聞かないの」

 ミリオンが顔を向けた。

 アキオは、手にした端末を彼女に示す。

「時間がない」

 隕石群がやって来るまで、あと1時間を切っていた。

「それより気になることがある」

 アキオは、そう言い残して研究室を出ると、床に転がったロボット兵へ近づいた。

 磁力ブーツをオンにして床に着地し、肩のライトを()けて調べ始める。

 無重力なのに、なぜ浮かんでいないのか不思議だったが、腹部にある磁気パーツのため、床に張り付いているのがわかり、納得(なっとく)する。


 興味深いスクラップだった。


 集中して調べていると、

「アキオ」

 頭上から声がして、彼は顔を上げた。

 ミリオンが上から(のぞ)いている。

「終わったか」

「ええ、自慢話(じまんばなし)が8割の面白くない映像だった……」


 アキオは磁力を解除して空中に浮かび、ミリオンに並ぶ。


「要点を。科学的な話は不要だ」

「博士は、宇宙線を使って植物をいびつに進化させたの。知能を持たせ、動くことができるようにね。15年前の事件は、ローゼリア博士が、自分が発見した、太陽風に含まれるスペクトル(ジィ)線を増幅、強化して使おうとするのを科学アカデミーから止められ、ステーションから追放されそうになったことで、わざと研究段階の植物兵――トリフィド?を暴走させた結果らしいわ」

「なぜ、止められた」

「スペクトル(ジィ)線は――わたしは聞いたことがなかったけど――危険なものらしいの。使い続けると、次元の壁が薄くなるって」

「彼女のやりたいことは」

 アキオは話題を変えた。

 今は、科学の夢物語より現実の問題が優先だ。

「別に世界を破滅させたい、とか、サイベリアを壊滅かいめつさせたい、とか、そういう物騒な考えじゃないみたい。ただ強力な兵士を作り上げて、自分の名と白海帝国はっかいていこくの名を歴史に刻みたかったそうよ」

「いま、ローゼリアは――」

「当然死んでるわね。人間の身体が、この場所で数年以上生きられないことは彼女も知っていたでしょう。だから、数年以内にサイベリアの探査チームがやって来た時に、彼女の生み出した植物兵とその指揮官、ドライアドを見せつけるために、植物実験棟――彼女はボタニカル・ラボと呼んでいたけど――の太陽灯たいようとうを全開で照射し、同時に太陽風にわずかに含まれるスペクトル(ジィ)線を増幅して植物に照射することで、進化を(うなが)し続けるよう設定するといってたわ。彼女の計算では、2年以内に調査チームがやってくるはずだったみたい。でも実際は――」

「15年か」


 サイベリアは、13年前に勃発(ぼっぱつ)したトルメアとの領土争いで、廃棄はいきした宇宙ステーションに関わる余裕をなくしたのだろう。


「研究データはどこだ」

 アキオが尋ねる。

 彼の任務はデータを持って帰ることだ。

 そうしないと――

「博士が持っているわ。首から下げたペンダント型のシリコン・メモリの中に。そして彼女がいるのは、おそらくはドライアドの近く。彼女のそばで眠りにつく、といっていたから」

「わかった」

「あなたは何をしていたの?」

「こいつだ」

 アキオは、床に転がったロボットを見下ろした。

 エア噴射で床に降り、ロボット兵をひっくり返して胸に開いた大穴を見せる。

「それが?」

「ここにあるロボット兵のうち、一体だけにこの穴がいて中に枯れた植物が残っていた。あとの4体は、おそらく、こいつの武器でやられている」

「そのいいかただと、ロボットが植物に操られて同士討ちしたように聞こえるわね」

「そういっている」

「まさか」

 ミリオンの耳はクルクルと良く動く。

「だから、やつらの攻撃には気をつけろ。科学的なことはよくわからないが、長年の兵士としての勘が教える。あの植物は()()()には危険だ」


「アキオ!」

 突然、ミリオンが叫んだ。

 彼の腹を指さす。

 眼をやると、腹部のケースから植物が生えていた。

 先ほど、緑の槍がかすめた場所だ。

 アキオは、ケースごと外して通路へ投げ捨てる。

「やはり、危険だな」

 彼の言葉に、ミリオンはうなずき、

「それで、どうするの」

「焼き払う。どうせすぐにアルフォートは、隕石によってデブリ(ゴミ)に変わる」

「さすがアキオ。頼もしい。いい子ね(グッド・ボーイ)

 わずかにアキオの片方の眉が上がるが、表情を変えずに彼が言う。

「とりあえずボタニカル・ラボに行こう」

「了解」


「アキオ」

 彼の腕につかまって通路を移動しながら彼女が話しかける

「現段階の、あんたの考えを教えて」

 一瞬、確信の持てない考えを語ることに躊躇ちゅうちょした彼だったが、残された時間があまりないことを思い出して口を開く。

「あの破壊されたロボット兵は、おそらくドライアドが()()()()()ものだ。()()が基地の機能に干渉(かんしょう)してモールス符号でも送ったんだろう」

 ワシーリオは、断言はしなかったが、そのようなことを匂わせていた。


「理由は、おそらく、放置される時間が長すぎて基地の損傷がひどくなってきたからだ」

「ドライアドと基本的な基地システムとの接続は、博士がやったのね」

 アキオはうなずき、

「有人ロケットを送り込むのは負担が大きいので、サイベリアはロボット兵を送り込んだはずだ。そして、彼らは、アルフォートに()()()()()ことを知った」

「でも、ドライアドが思ったより、サイベリアの反応は鈍かった」

 つぶやくようにミリオンが言う。


「宇宙におけるトルメアとのにらみ合いで、サイベリアは動けなかったんだろう」


 大国(たいこく)同士の打つ上げ競争で、宇宙は監視衛星だらけだ。

 彼らも、見つからないように、かなり無理をしてここまでやってきた。

 ()()は、簡単に宇宙に出られる時代ではないのだ。


「それでも、(あわ)てることはないと彼女は思っていたんだろう。とりあえずサイベリアの気を引くことはできた。だが――」

「あぁ」

 ミリオンが、機械的な声ながら、ため息をつくように言って彼の腕をきつく締め付けた。

「隕石群に気づいた」

「おそらくは、そうだ」

「このままでは子孫も残せず死んでしまうことを知って、彼女は、さらにサイベリアが興味を抱くような情報を与えたのね」

「トリフィド兵の情報だろう。彼女の言葉を使えば、無尽蔵(むじんぞう)な兵士の補充が可能になる。だからサイベリアも飛びついた」

「そして、わたしたちが送り込まれたのね」

 言った後で、情けなさそうにつぶやく。


「ひどい話。わたしなんて兵士ですらないのに」

「どういうことだ」

「言葉通りよ。ヒビト博士のKZシリーズは、7までは兵士として作られたけれど、KZ8は自我の追求、KZ9は――」

「なんだ」

「恋をするAIとして作られたの」

「戦闘用AIでないなら、なぜ今まで黙っていた」

 そういった詐称さしょうは、チームとして致命的な欠点になりかねない。

「忘れてた」

「AIが忘れる――」

「正確にいうと、外部回路で言動に制限をかけられていたの。サイベリアは、(さき)のトルメアとの局地戦で、博士に連れられて前戦に来ていたわたしとKZ8を拉致らちした。その後、わたしを、KZ7までのシリーズのように優秀な兵士に変えようとしたけれど、もともとの設計コンセプトが兵士じゃないから無理だったのね。サイベリアの科学者たちは、わたしの中身をいじろうとしたみたいだけど、これまでと全く違うヒビト博士のAI設計思想には手が出せなかった。だから、外部回路でわたしの記憶を抑え込んで思考に偏向バイアスをかけたのよ」

「あのヘルメットか」

「そう」

「だが、ヒビトの作ったAIは貴重だろう。研究対象としても」

 ミリオンは、ふふ、と乾いた声で笑う。

「彼らにとって、()()()()()なんて不良品に過ぎないわ。なまじKZ7までが兵士として優秀だったから、ぜっかく手に入れたKZが不良品だったことに上層部が腹を立てて、使い捨てにすることに決めたみたい。ヘルメットをかぶせる前に、科学者がそう教えてくれた。1オーグルにもならない存在なのよ、わたしは」

 アキオは黙ったまま、エア・ジェットを噴射して、大きく通路を曲がった。


「ひとつだけ聞く」

「いいわよ」

 アキオは彼の腕にしっかりとつかまるミリオンに尋ねた。

「君の、本当の中身はアカネなのか」

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