521.愚か者の城、
無骨な強化兵の身体に、か弱そうな動物の耳は、アンバランスな感じを与える。
「行こう」
容姿に触れずにアキオが言った。
彼女の姿がどうであろうと、任務に支障がなければ問題はない。
再び彼女の手を引いて、アキオは空中を移動し始めた。
彼の手につかまるミリオンに尋ねる。
「見たか」
「何を?」
どうやら、彼女は気づいていないようだ。
それなら、目的地に着いてから話した方が良いだろう。
そう考えて彼は答えた。
「いや、今はいい」
「情報は、すぐに共有したほうがいいと思う」
ミリオンが食い下がったので、
「そうか」
アキオは口を開きかけ、
「あれだ」
視線でミリオンに示した。
ボタニカル・エリアとは違って薄暗い廊下の床に、複数の人型の何か、が倒れている。
「機械化兵?いや、ロボットかしら」
「ロボット兵だ」
一般的な機械化兵とロボット兵は、戦時において部品を共用することも多いので、一見、違いがよくわからないのだ。
「ボタニカル・エリアでも、蔦に絡めとられる形でロボット兵がつかまっていた」
「15年前の脱出時に壊れたり、捕まったりしたロボット?」
彼につかまって小首を傾げるミリオンの姿は、人間大の猫のようだ。
体形が鍛え上げられたボディ・ビルダーのように無骨なシルエットであるのはともかくとして――
「型式から見ると、この2、3年のものだ」
「確かなの?」
アキオはうなずいた。
それっきり、ミリオンは黙り込む。
その後、ふたりは、いくつか通路に作られたハッチをくぐりコーナーを曲がった。
その間、何度かミリオンが、猫が眠気を覚ますかのように、首を激しく振るのを見て、アキオは尋ねる。
「大丈夫か」
「うん。だけど……何だか考えがまとまらなくて……」
「俺たちが回収を命じられたのは、あの攻撃型エルム・ツリーに関するデータであると考えて間違いないだろう。おそらく開発者はローゼリア博士だ」
彼は、マップに従って最後の角を曲がってから、強くジェットを噴射させた。
ふたりは、滑るように空間を進んでいく。
「ここね」
アキオが、小刻みにエアを噴射して静止すると、ミリオンが言う。
眠気がすっかり去ったように、言葉がはっきりしている。
扉の横にはサイベリア語で、「第3植物兵器研究室 責任者タリア・ローゼリア」と書かれていた。
「ローゼリア博士って、女性だったんだ」
ミリオンのつぶやきを背に、アキオは扉の開閉ボタンに触れる。
ロックはかかっておらず、圧縮空気の音がして扉が開いた。
ほとんどの電力がボタニカル・エリアに割かれているのか、この部屋も誘導灯の緑の明かりが点灯しているだけだ。
薄闇の中をアキオは進み、壁のパネルに手を触れた。
一瞬で、まばゆい光が研究室内に溢れる。
「電力をバイパスさせた」
「資料を捜すの?」
それには応えず、アキオは、室長と記されたデスクに近づき、制御盤を操作した。
意外なことにロックはかかっていなかった。
「あんた、軍用コンピュータが操作できるんだ」
彼は小さくうなずく。
少年兵の頃は、優れた戦闘力と小さい身体を生かして、尖兵と潜入が専門だった。
その頃から、実用的なコンピュータ操作は叩きこまれている。
以来、戦闘と潜入、荒事と隠密行動を主として戦場を渡り歩いてきた彼は、今も最新のコンピュータ操作とネットワークの知識に長けている。
一般的な科学知識はほとんど持ち合わせてはいないが――
彼の眼が細められた。
データが見つからないのだ。
セキュリティ・ロックがかかっているわけでも、隠しファイルがあるわけでもない。
ただ、主要なデータがすっかり無くなっていた。
「データが持ち出されている」
「わたしたちより先に誰かが持ち出した?あ、あのロボット兵?」
表情を変えずにアキオが言う。
「わからない。だが、参考になりそうな動画記録がある。日付からいって、基地が廃棄された日のものだ。符号復号化処置が特殊だが――」
彼の操作で、研究室の壁面一杯に人の姿が表示された。
宇宙の研究施設では珍しい、白衣を来た女性だ。
年齢は30代半ばぐらいだろうか。
赤い髪に薄茶の瞳をした女だった。
「きれいな人」
ミリオンのつぶやきに、アキオは眼だけを動かして彼女を見た。
彼にはよくわからない女性の美醜が、AIである彼女には分かるらしい。
どうやら、この眼と鼻の位置の比率が、美しい条件のひとつのようだ。
そういえば、ミリオンの乳百色のマスクも同じような位置とパーツの形をしている。
しばらくして、復号化が終わったのか、スクリーンの人物が動き出した。
「この映像を見ているものに告げる。わたしは、タリア・ユスリノフ・ローゼリア。白海帝国の皇帝に連なる者だ」
白海帝国とは、スカンジナビア半島東、バレンツ海の属海である白海付近に、一時期、存在した国だ。
30年ほど前に、サイベリアに併合されて消滅している。
「同じ映像データをサイベリアの無能どもにも送りつけた。もっとも――」
女は妙な笑いを顔に浮かべる。
「瓶にいれた手紙式に、非常通信カプセルにデータ・キューブを入れて、サイベリア付近に打ち出したから、届くかどうかはわからないが。やはり、人の話を聞くためには、お前たちのように足を運ばないとな」
女は奇妙に明るい笑いを浮かべて続ける。
「では、聞け。わたしが生み出した、短時間で無限に増殖するトリフィド兵についての話を。そして、この宇宙に浮かぶ不夜城、植物園の玉座に在すトリフィド兵の女王、意思を持つ究極植物、クイーン・ドライアドの話を――」