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520.魔樹

 植物実験エリア――それは奇妙な部屋だった。


 まず、壁の素材が異常だった。


 傭兵という職業柄しょくぎょうがら、武器に使われる強化合金きょうかごうきんを目にすることの多いアキオには分かる。


 独特な暗灰色あんかいしょくをした金属は、ドリルなどに使われる超硬合金ちょうこうごうきんのタングステン・カーバイドだ。


 他の部屋の素材が、チタン合金であったことに比べれば、壁の硬さの度合どあいが違う。


 なぜ、ドリルや()()()()のような、金属加工用の工具に使われるほどかたい合金を壁面に使っているかは分からない。


 外部からの侵入者を防ぐためか、あるいは、()()が必要なほど()()()()()を中に閉じ込めるためか――


 天井の高い部屋は光に満ちていた。

 さらにかなりの湿度で、靄のようなものが発生し、10メートル先も見えないほど(けむ)っている。

 そして風が流れていた。


「視界が悪い、気をつけろ」

「了解」

 ミリオンは肩に埋め込まれた赤色せきしょく霧灯フォグ・ビームを点灯する。

 霧中透過性むちゅうとうかせいの高い、波長の長い赤色光(せきしょくこう)を使っているため、より遠くまで見通せるようになった。


「アキオ、この部屋の明るさって」

「基地内のエネルギーは全てここに集められているようだ」

「それはつまり――」

 彼女の言葉が途中で止まる。

 ひらめくように霧の中から何かが突き出てきたからだ。

 素早く彼女は手で払った。


 意識的にやったのではなく、強化兵の身体操作ボディコントロールシステムに標準装備されている反射行動リフレクションがとった動きだ。


 ほぼ同時に、2本の槍の攻撃を受けたアキオは、一つは(かわ)し、もう一つは手でつかんだ。

 かわした方は腹部のケースをかすめる。

 素早い動きだった。

 それが可能なのは、機械任せにすることで生じてしまう遅延(ディレイ)を嫌って、彼が反射システムをオフにしているからだ。


 アキオが、力を加えると嫌な音を立てて、それは折れた。

 同時に残りの部分が勢いよく引き戻される。


「アキオ」

 近づくミリオンに、彼は手にしたものを示した。


 それは鋭くとがった緑色の槍で、切断面からは、何らかの粘液が流れ出している。


「植物のとげ……」

 彼女は、美しく無表情な仮面のまま言う。

「わたしたちは、植物に襲われているの」

「不明だ。だが、もう少し進めば分かるだろう」


 彼の言葉通り、ふたりの前方に、密林といっても良いような植物地帯が広がり始めた。

「放射線で全滅したんじゃないの」

 ミリオンがつぶやく。

「それに、確か植物って、無重力だと、重力じゅうりょく形態形成けいたいけいせいがおかしくなって、根が樹の幹とおなじ方向に生えたりするんじゃなかった」

 アキオは答えない。

 兵士であって科学者でない彼は、それに対する答えをもっていないのだ。


 だが、兵士として分かることもある。

 これが、基地を廃棄はいきする原因となった植物兵器のれのてなら、かなり危険は状態、ということだ。


 劣悪な環境で生き残っているのは、宇宙線に耐えるように改造を受けたためか、あるいは長期にわたって放置された結果、宇宙船による突然変異を繰り返して耐性たいせいを身に着けたためだろう。


 アキオは振り返って入口を見た。

 霧で見えないが、進んだ距離から考えれば、部屋の中央近くまで来ているはずだ。

 博士の研究室へ向かう扉は反対側にある。

「注意して進め」

 今は、アキオから離れ、植物の枝につかまりながら、空中を移動する


 浮かびながら移動するミリオンが、つたに脚をからめ取られて吊り上げられたのだ。

 重量250キロを超える機械化兵の身体だが、無重力であるため、簡単に持ち上げられる。


 すぐさまアキオは、腕に仕込まれたケイバー・ナイフを射出しゃしゅつして手でつかみ、ミリオンの脚に巻きつく蔦をりはらった。


 多重焼き入れを(ほどこ)した最高の切れ味のナイフによって、植物はあっさりと切断され、彼女は自由になる。

 吊られた勢いのまま飛び去って行こうとするミリオンの脚をつかんで、アキオが引き寄せた。

 抱きとめる。


()()()は危険そうだ。独りで行かないほうがいい」

 霧に隠れて見えない方角を見ながら言う。

「あ、ありがとう」

「さっきの話だが」

「うん」

「俺たちは、植物に襲われているようだ」


 今のところ、アキオに斬られた後の、彼らのまわりの樹林に動きはない。


「食虫植物のような生態ね。かなり動きが速いけど」

「基地を廃棄(はいき)した理由は、それだったのか」

 彼の質問に、AIは左右に首を振る。

「いいえ、確か、植物が異常繁殖(いじょうはんしょく)して基地を侵食(しんしょく)しはじめたから、というのが理由だったはずよ」

 アキオはうなずいた。

 この巨大キューブが、タングステン・カーバイドで強化されているのも、それが理由だろう。


 少し考えて、彼が言った。

「直接、向こう側の扉に向かう」

「どうやって?」

 彼は、強化した視力で、霧を通して室内を見回した。

 見える限り、彼女の言うように、植物は()()()しか生えていないようだ。


「エア・ジェットを全開で噴射して、樹林の上を行く。しっかりつかまれ」

「わかった」

 答えたミリオンは、アキオの身体に手を回し、しっかりと抱きしめる。


 アキオは、脚部のジェット口を開き、いったん地面に降りると強力な脚力で地面を蹴って空中に飛び上がった。


 空気抵抗で、速度が(にぶ)る前にエア・ジェットを全開で噴射する。


 ふたりは、かなりの速度で空中を飛び始めた。


 すぐに、霧を通してうっすらと巨大な樹がそびえているのが見えてくる。

 近づくと、その樹は、室内を流れる風に豊かにしげった葉を揺らせているのが分かった。


「あれはなに?」

 樹の形はエルムの木に似ているが、その周りに、触手のようにうごめつたが宙をさまよっている。

 その蔦が、彼らを捕まえるように動き始めた。

 同時に巨大樹(きょだいじゅ)の幹から、先ほどの緑の槍のようなものが複数突き出される。


「敵だ」

 そう言いながら、アキオは全身15か所にあるジェット噴射口を開いて、小刻みにエアを噴出しつつ、それらを回避した。

 きわどい操作であったが、何とかすべてを避けることができた、と思った瞬間、

「あ」

 ミリオンが声を上げる。

「無事か」

 槍がミリオンの頭をかすめたのだ。

「大丈夫。ヘルメットが割れただけ」

 見ると、彼女の頭部を(おお)っていたヘルメットが霧の中に消えていくところだった。


 まもなく、巨大樹を過ぎ、部屋の反対側の壁にたどりついた。

 どうやら、この実験棟は80メートル四方はあるようだ。

 高さも30メートルはある。


 アキオは、宙に浮いたままドアに取り付くと、素早くパネルを操作した。

 扉が開き、ミリオンを抱きつかせたまま部屋の外に飛び出る。


 直後、追ってきた蔦と緑槍がドアに突き当たった。

 その衝撃から、この部屋の壁が、タングステン・カーバイドでなければならない理由が知れる。

 あの槍は、並みの素材なら簡単に貫通するだけの硬さを勢いを持っているのだ。


「助かったわね。これで、博士の研究室へ向かえるわね」

 ミリオンが安堵(あんど)の声を出す。

「だが――」

「わかってるわよ。脱出ポッドに乗り込むためには、帰りにもここを通る必要がある、でしょう」

「そのとおりだ」

 彼女を床に下ろした彼の眼が、(わず)かに見開かれた。


 ヘルメットの無くなったミリオンの頭には、猫のような耳がピンと立っていたからだ。

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