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052.感謝

 翌朝、アキオはいつものように爽やかに眼を覚ました。

 この目覚めの良さのためだけでも、ナノ・マシンを体内に宿す価値がある。


 彼に半身を重ねるようにして眠る銀髪の少女の背を撫でてやる。

 カマラが一緒に寝ていることに驚きはない。

 昨夜、魔法理論の一端(いったん)を解き明かした褒美(ほうび)に一緒に寝てやってくれ、とミーナに説得されたからだ。

 朝起きたら身体を撫でてやれとも言われている。

 ミーナに言わせると、撫でるのは愛(ラブ イズ ラブ)ということらしい。アキオにはよくわからない理屈だが。


 しかしアキオの手はすぐ止まった。

 カマラが裸だったからだ。

 確か寝るときは服を着ていたはずなので、いつの間にか脱いでしまったらしい。


 仕方なくアキオはシーツごと少女を抱きしめて、その上から撫でてやる。

 カマラが、寝たまま身体を動かしてアキオの顎の下に頭を入れようとした。

 ポンポンと頭を叩いて起こそうとすると、嫌々をするように頭をふる。

 昨夜の大人らしい振る舞いの欠片かけらもない、別れた時そのままの子どもっぽい仕草だ。


 起こすのをあきらめたアキオが天井を眺めてぼんやりしていると、カマラが身じろぎするのを感じた。

 視線を下げるとカマラが上目遣いに彼を見つめている。

 いたずらっぽい表情だ。

「どうした」

 アキオが尋ねると同時に両手を伸ばし、彼の首につかまると体を引き上げて唇を重ねた。


「気が済んだか」

 かなり長い口づけのあとで少女が顔を離すとアキオはたずねた。ご褒美はこれぐらいで勘弁してほしい。

「気は済みません」

 少女はきっぱりと言う。

「長い間、わたしをほっておいて、次々とあんなきれいな人たちと楽しく過ごしていたなんて、あんまりです」

「お前も、彼女たちがきれいだと思うんだな」

「もちろんです。美の黄金比も理想配色も勉強しましたから」

「そうか」

「でも、もういいです。アキオの気持ちが、初めて会ったときと変わらず宙に浮いているのがわかったから――」

「妙なことをいうんだな」

「妙なことをいうんです」

「難しいことをいうようになった」

「難しいことをいうようになりました」

「そうか」

「たくさん勉強して、たくさん考えたから。でも、何も変わりません。昨夜もいいました。わたしはカマラ。アキオのカマラ。別れた時は、どう伝えればいいかわからなかったけど、今ならいえます」

 少女はアキオに馬乗りになって上からエメラルドグリーンの瞳で見つめる。

「あの雪原でゴランの餌になるところを、あなたは救ってくれた。ありがとう」

 そういって頬を寄せた。

 アキオの裸の胸に少女の柔らかい胸があたる。

 そのまま、囁くように続ける。

「あの洞窟で、何も知らず何も分からないまま動物のように生きて死んでいく運命だったわたしを、あなたは広い世界へ連れ出してくれた。感謝します」

「世界が良いものとは限らない」

「そうかも知れない。でも、そんなことはどうでも良いのです」

 そこまで言って、少女は激しい口調になる。

「いいえ、いいえ、いいえ、こんな嘘を並べるのはやめます。世界なんてどうでもいい。たった今消えたってかまわない。あなたが、アキオがいさえすれば他には何もいらない。あなたが必要とするなら、わたしのすべてを好きにしてくれたらいい、それがわたしの望み。わたしの腕、脚、細胞の一片までアキオのものだから。わたしはカマラ、アキオが名付けて育て、この世に生み出してくれた生き物――」

「よしよし」

 アキオは、カマラの頭を撫でてやる。

「子どもじゃ――」

「お前は子どもだ。頭のいい、な」

「ち、ちが――」

「ありがとう」

 はっとカマラが眼を見開く。

「お礼なんて」

「だが、俺は、お前の――全身全霊を込めた感謝を受けるに値しない人間だ。いや、実のところ、俺はまだ人間ですらない。ただ――」

 アキオはカマラの頭を抱く。

「お前より300年近く長生きしている経験者として警告しておく」

 そのまま、体を入れ替えて上になり、少女の髪の毛をくしゃくしゃとかき乱した。

「あまり一所懸命になるな」

 そう言いながら体を起こし、ベッドから降りる。


「カマラ、朝だ。起きろ」

 アキオに促され、少女も起きあがった。

 全裸のままベッドサイドに立つ。

 腰近くまである銀色の髪が揺れる。


「なぜ裸に」

「久しぶりだったから」

「答えになってないな。服を着ろ」

 そう言い残して部屋パーティションを出る。


 すでに、車内のテーブルには、ユスラ、ピアノ、ミストラ、ヴァイユ、ユイノの姿があった。

 皆、一様に眠そうだ。

 アキオはアーム・バンドで少女たちのバイタルを確認する。

「なぜ、全員、睡眠不足なんだ」

「ちょっとね」

 ユイノが笑う。


「アキオ」

 ミーナの声がインナーフォンに響いた。

「みんな2人でひとつのベッドで寝たから睡眠不足なのよ」

「パーティションの数は6で、カマラが俺の部屋で寝たからベッドは全員分あっただろう」

「きっと仲良く二人で寝たかったのよ」

「そんなものか」

「ちなみに誰と誰が寝たか気になる?」

「いや」

「『ユスラとユイノ』『ヴァイユとピアノ』」

「ミストラが余るな」

「ほらぁ、興味があるでしょう」

 ミーナは笑い、

「彼女はわたしと話をしてたの」

「おまえが睡眠の邪魔をしてどうする」

「コミュニケーションは大事よ。意外じゃなかった?もともと仲の良い『ユスラとピアノ』じゃなくて『ピアノとヴァイユ』の組み合わせなのよ」

「どうでもいい」

「アキオ、あなたは、ここにいる女の子たちの仲が良いということが、どれほどの奇跡かわかってないのよ」

 アキオが口を開く前に、ユイノが近づいてくる。


「アキオ、朝飯の前にちょっとやって欲しいことがあるんだ」

「なんだ」

「なに、簡単なことさ。そこに立ってくれればいい」

 そういって、馬車の中央付近に彼を立たせる。


「じっとしてておくれよ」

 そういって、ミストラの背後に回り、背中を押してアキオに押し付ける。

 ぽんとアキオにぶつかると、少女は嬉しそうにアキオを抱きしめた。

「ああ――」

 ユイノがため息をつき、

「これがそうなんですね……」

 ふたりを見つめてユスラがつぶやいた。


「次は、あんただ」

 舞姫ダンサーが今度はヴァイユを押す。

 ユスラ、ピアノと続き、最後にアキオの部屋から出てきたカマラの背中が押され、ユイノ以外のすべての少女との抱擁は終わった。


「なるほどねぇ。みんな、良い色してるね、うらやましいよ」

 昨夜は、アキオの血をもらったものの、実際に色が見え始めるのは数時間後からと言われて朝を楽しみにしていたのだ。


「ユイノさんも!」

 ミストラとヴァイユが舞姫ダンサーの背後にまわり、勢いよく背中を押す。

 優れた身体能力で勢いを殺し、ユイノはポフ、と優しくアキオの胸に納まった。

 そのまま背に腕を回し顔をすりつける。

「まあ!」

 少女たちの声で顔を上げると、一瞬、景色が虹色に見えた。

「あ、あれ?」

「ずるいです。ユイノさん」

 ヴァイユが叫ぶ。

「きれいな色……」

 ミストラがつぶやき、

「やっぱり夢中ですね」

 ユスラが断言した。


「いったい何の騒ぎだ」

 ユイノの頭を撫でながらアキオが言う。

「た、ただの朝の挨拶だよ。おはよう、アキオ」

 彼から離れたユイノが、片手を上げて挨拶する。

「さすがに苦しい言い訳ね」

 少女たちのインナーフォンにミーナの笑い声が響いた。

「そうか。飯にしよう」

 そう言ってアキオはギャレーに入っていった。

「あれで納得するんだ」

 ユイノが感心し、

鷹揚おうような殿方は好きです」

 ユスラが微笑む。


「アキオの方は、あたしたちの色を感じてないのかい」

「おそらく、元々がアキオのナノ・マシンだからわたしたちが彼の状態を感じるのであって、逆は起こらないのでしょう」

 カマラが言い、

「不思議ですね」

「その方がいいだろ、ヴァイユ」

「逆があったら恥ずかしいです」

「ナノ・マシンには、これを含めていくつか不思議なことがあるのよ」

「なんだい?」

「変だと思わない?兵士として危機感知に優れたアキオが、なぜあなたたちの夜中の侵入に気づかないのか」

「そうですね」

 ピアノがうなずく。

「これは仮説だけど、彼の体内のナノ・マシン自体が、あなたたちの存在を彼にとって良いものだと理解してアキオを寝たままにしていると――」

「それは少しファンタジー過ぎないかな」

 カマラが異議をとなえる。

「あら、いうわね」

「でも、そうだとしたら嬉しいです」

「ナノ・マシンがわたしたちの味方だなんて……」

 口々に少女たちが言う。

 ギャレーの扉が開いてアキオが顔を出し、皆、口を閉じた。


「天気が良さそうだから外で食べる。テーブルと椅子を出してくれ」

「はい」

「もうすぐ湯が沸くから、茶とレーションも運んでくれ」

「わかりました」

 少女たちは返事を返し、それぞれに行動を開始する。


「これからの予定だが」

 食後の茶を飲みながらアキオが言った。

「俺とカマラ、ピアノ、ユスラは馬車でシュテラ・ザルスに向かう。3人には通行(もん)がないからな」

「それですが」

 ヴァイユが手を挙げて発言する。

昨夜ゆうべのうちにカマラさんたちから通行文に必要な情報をお聞きして、今朝早くにガルで送っておきました。街の近くで受け取る手はずになっています」

「ダンクが許さないだろう」


 ミーナ経由で連絡を取り合ったユイノ、ミストラ、ヴァイユは、昨日の夜明け前に、ユイノの用意したザルドに乗って、街を抜け出してここまで来たのだ。

 もちろん、ダンク(父親)には無断で。


「父?なぜです」

「あいつに頼まないと通行文は手に入らないだろう」

 ああ、という顔をミストラがする。

「アキオさまは誤解しています。ヴァイユがいないと何もできないのはダンクの方です」

「え」

 ユイノが驚く。

「秘密にされていますが、あの街を実質仕切っているのは彼女ヴァイユなのですから。彼女がいなければ街は回りません」

「やめて、ミストラ」

 ヴァイユは身を縮める。

「わたしはちょっと数字に強いだけです」

 アキオは納得した。

 今思えば、少女たちが誘拐された時のダンクの慌て方には、娘を誘拐された以上の焦りがあった。

 にわかには信じがたいが、シュテラ・ザルスの謎のナンバー・ワンはヴァイユだったようだ。


「今頃は、君たちを捕まえにこっちへ向かっているだろうな」

「それはないね」

「大丈夫です」

「だって、街道はゴラン警報が出て封鎖されていますから」


 アキオは銀髪の少女を見る。

「カマラ――」

「ゴランですか?出てたんですね。知りませんでした。でも大丈夫」

 少女がスカートに手を走らせると、美しい手に、魔法のように小型銃が現れた。

 太股にホルスターをつけているらしい。

「ワルサーPPKN――か」

「P99Nと悩みましたが、わたしはこちらが好き。ナノ・ブレット(弾丸)だから銃の大きさと威力に関係はないし――」

 少し見ない間に少女はガンまで扱うようになっていたらしい。

「それにゴランなら、すでに何体も倒しています」


「あの……それなんですが」

 ミストラが言いにくそうにする。

「ゴラン6()だろ。やっつけたよ。来る途中で」

 ユイノがあっさり言う。

「すごいですね。6()も……」

 ユスラが感心した。

「アキオがくれたナイフなら一発さ。()()()だけで死ぬからね」

 ユイノがさっと投げナイフを取り出す。

「そうですね」

 ピアノも銀針を取り出して光らせた。


「ま、まあ、あなたたち。そんな危ないものはしまってちょうだい。お願いだから」

 ミーナが困ったように言う。

「とにかく、ゴラン警報はでてるけど、このあたりは安全さ」

「ですから父の追跡もありませんし、通行文はわたし個人の部下に頼んであるので、ゆっくりご一緒できるのです」

「カマラは?」

「これからはいつもアキオと一緒です。もう離れません」

 アキオは少しだけ表情を曇らせた。

「ザルドはどうする」

 ラピイの近くに、少女たちが乗ってきた馬に似た生物がつながれているのだ。

「ザルドなら大丈夫。利口なやつらさ。手綱をゆるく馬車につないでやればゆっくりついてくるよ」

 ユイノが笑い、

「というわけで――」

 舞姫ダンサーが、くるっと回ってびっくりするほど優雅なカーテシィを見せた。


「わたくしどもを守って街までお連れ下さいな。英雄さま」

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