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519.緑園

 コンソールに触れると、ディスプレイが光り始めた。

 表示される文字は、サイベリア語だ。

「やっぱり、サイベリアの基地みたいね」

 ミリオンがつぶやく。

 初めの頃と、言葉遣(ことばづか)いがすっかり変わっている。


 アキオがコンソールを操作すると、画面に基地の立体図が表示された。


 先に述べたように、基本的に、アルフォートは20メートル四方の箱型居住区キューブが三次元的につながった形で構成され、それに沿うように、チューブ型の通路が張り巡らされる構造になっている。


 キューブ同士、通路同士の連結は、左右の場合もあれば上下の場合もある。

 しかし、無重力なので、地上のように上下移動に梯子(はしご)が必要なくただ繋いであるだけだ。


 表示されたマップには、各キューブの名称(めいしょう)記載(きさい)されている。


 そして、近づく時には分からなかったが、基地中央部に、巨大な空間を持つブロックがあり、そこには()()()()と書かれていた。


植物ボタニカル実験エリア、ね」

 マップを示しながら言うミリオンの言葉に、彼がうなずく。


「これを見て!」

 叫び声を上げたミリオンの指先には、脱出ポッド格納庫の文字があった。

 表示される内容から、ポッドは3機残っているようだ。

 これで、帰還の心配は()()()()なくなった。


「それで、捜し出すべき回収物だが――」

「実験エリア3のローゼリア博士の研究室にあるといわれてたわね」


 今回、彼らが回収依頼を受けたのは、アルフォートで秘密裏(ひみつり)に研究、実験されていた、水をほとんど必要とせずに成長する穀物(こくもつ)の実験データだ。


 いま、世界各地では、限られた水資源を奪い合う水戦争(ウンディーネ・ウオー)が勃発している。

 そんな世界にとって、水をほとんど必要とせずに生育する穀物は素晴らしい福音(ふくいん)だ。


 15年前当時は、それほど水不足が問題されていなかったため、ローゼリア博士の研究は、並行して進められていた複数の植物実験のひとつに過ぎなかったらしい。


 実験中の事故で博士が亡くなり、データを持ち出すこともできないまま、生存者が基地を放棄して去って15年が経過したのだが、今になって、その研究の重要性が再認識され、今回のデータ回収任務となったのだ。


「ここだ」

 アキオの指が、ローゼリアの名が示されたキューブを指す。

「残り時間は?」

 ミリオンに尋ねられ、彼は端末を取り出して確認した。

「あと3時間だ」


 今回の任務を、彼女が、()()()()()()()()()()、という理由の一つに、この時間制限がある。


 数日前に、サイベリアの宇宙観測衛星が、地球に近づく隕石群いんせきぐんを発見した。


 それほど大きくもなく、侵入角度的にも、ほぼ大気圏中で火球となって燃え尽きると思われたので、地球上では、まったく問題視されなかったのだが、飛来経路を特定する中で、それらがアルフォートを直撃することがわかった。


 そこで、()()()回収に向かうことに()()()()()ローゼリア博士のデータを急遽きゅうきょ回収することになり、彼らのチームが招集されたのだった。


 隕石が基地をつらぬくまで、あと3時間。


 もともと、あまり時間的余裕の無い計画であったが、ブラック・ペンシルを破壊されて、さらに余計な時間をとられたため、かなり時間が圧迫されてしまったのだ。


「B実験場を通るのが最短ね」

 アキオはうなずき、マップの詳細を記憶すると、ミリオンの手を掴んで再び通路を移動しはじめた。

 角を曲がるたびに、敵の襲撃にそなえて身構えるが、実際には何の危険もなく、彼らは第一目標であるボタニカル・エリアに近づいて行った。


「この基地が破棄された事故について聞いたか」

 アキオの言葉に、しっかりと腕につかまりながらミリオンが答える。

「いいえ。実験上の事故と聞いているけど、詳しいことは知らないわ。今は安全だと説明を受けたから、研究植物の暴走じゃないかしら」

「そうだろうな」

 一度は暴走、繁茂(はんも)して危険な存在になった植物が、大量の放射線を浴びて枯れはてたのだろう。


「しかし、警戒は(おこた)るな。まだ生きている防御装置もあるかもしれない」


「アキオ、あんたって、本当に歴戦の兵士なんだね」

 感心したような声を出すミリオンを、彼が見る。


「初めて来る無人の基地でロケットを壊され、あと3時間で隕石が当たるっていう状況でその落ち着きようは、さすがだ」

 アキオの眼が(わず)かに細められる。

「俺の経歴は知っているだろう」

「いや、あんたが腕のいい傭兵だとしか聞いていない」


「俺は――戦争のために作られた化物――()()()。身体よりも頭の中身がだ。だから、人の身体を失って機械化兵になった今は、頭と身体がうまく釣り合っているとよく言われる。()()()()()()()()()()()だ。落ち着いているのは当りまえだろう」

「でも、でも……」

 ミリオンが()()()()()()()()言葉を継ぐ。

 ()()()()()――そう考えてアキオは苦笑する。

 愚かなことだ、AIが記憶を忘れることなどあり得ない。

 そう見えるようにプログラムされているだけだ。

 彼の考えをよそに、彼女がつぶやく。

「人間……化物……違う……なんだろうその言葉、なにか()()()()()――」


 これまでと違う巨大な扉の前で、アキオは静止した。

「ボタニカル・エリアだ。集中しろ」

 手を引いたミリオンに警告する。


「その前に――待ってくれ」

 そういって、バックルから噛み煙草を取り出して口に放り込んだ。

「痛むのかい」

 心なしか心配そうな声でミリオンが尋ねた。

「痛みにも(しび)れにも慣れている。こいつは習慣だ。悪習だな」

 そう言って、扉のオープン・ボタンに手を掛ける。


「開けるぞ。いきなり襲われることはないと思うが、用心しろ」

 ミリオンがうなずく。


 アキオはボタンを押した。

 扉が開き、中から白いきりのような空気な流れ出る。

 濃霧のため、視界が悪く、奥が見えない。

 嗅覚センサーによると、霧には濃厚のうこうな植物の香りが含まれているようだ。


「ボタニカル・エリアを突っ切って、ローゼリア博士の研究室に向かう」

「了解。急ぎましょう」

 だが、言葉通りに急ぐことはできなかった。


 中に入った途端とたん、彼らは何者かの襲撃を受けたからだ。

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