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518.無人

 アルフォートは、()()流行(はや)りの、基地を回転させた遠心力(えんしんりょく)で重力を発生させるトーラス(ドーナツ)型ステーションではない。


 ()()()()箱型居住区キューブ連結型(れんけつがた)の静止基地であるため、ハッチに取りつくのは難しくなかった。


 ()()()()()するトーラス型基地の場合、中心部分のハブ・ゲート以外の扉から入ることは事実上不可能に近いのだ。


 ハッチにロックは掛かっていなかった。

 それも奇妙なことだったが、ひと通り探ってみて(わな)の気配が感じられなかったので、とりあえず中に入ってみる。


 ハッチを開けて抱えていたミリオンを押し入れ、続いて彼も中に入った。


 外部ハッチを閉じると、エアロックのライトがついて与圧が始まる。


 攻撃を受けたことからも分かるように、電気系統は生きているようだ。


 室内が空気で満たされると、自動的に基地内へ向かうハッチが開いた。


 もちろん、重力が発生することなどない。


 無重力の(もと)、アキオは、大腿部(だいたいぶ)側面に仕込まれた端末を外すと、室内ガスの分圧(ぶんあつ)、成分を調べ、呼吸可能なことを確認してからヘルメットを(たた)んだ。

 彼の、()()()()()生身の部分が現われる。

 重力に(とら)われない黒い髪が揺れた。


 生体部分が、ほぼ脳だけであっても、それがヒトの中で()()()()()()()()()器官(オーガン)であるだけに、念のため、体内の酸素タンクはなるべく使わない方が良いという判断だ。


 肩甲骨(けんこうこつ)付近に開いたエア・インテイクから空気を取り込んで酸素を分離、確保し、残った気体を圧縮して、先ほど移動につかった圧搾空気(コンプレスド・エア)を充填する。


 ミリオンと繋がったケーブルを外した。


「もう普通に会話できる」

「有線通話しないと、盗み聞きされる可能性があるんじゃないの」

「ここには、誰もいない」

 アキオの言葉にAIが反論する。

「さっき襲われたばかりじゃない」

「あれは基地のシステムが、自動的に防衛行動を取っただけだ。分かっているだろうが、アルフォートに()()()()()()()()()()


 宇宙基地では、年平均で80ミリシーベルトの放射線を受ける。


 ほとんどの生き物は、それだけの放射線を受けながら、15年間生き続けることはできない。

 例外はクマムシ(ウオーターベア)ぐらいだろう。

 生身の人間が許容(きょよう)できる放射線の最大値は、年間50ミリシーベルトなのだ。

 重力がないことも、肉体には問題だ。

 無重力下では、すぐに筋肉と骨が弱体化(じゃくたいか)してしまう。


 そのために、コロニーのように長く滞在することを前提とした最近の宇宙基地は、2メートル以上ある分厚い壁と、内部にたっぷり蓄えた大気によって放射線を(さえぎ)り、シリンダー型かトーラス型に設計され、回転して人工重力を得るようになっているのだ。


 アキオはケーブルを巻き取りながら言う。

(つな)がっていると、咄嗟(とっさ)の動きがとれない」

「ああ、そう」


 合成音声ながら、明らかに不服そうな声を出すミリオンを後目(しりめ)に、彼は空中を泳ぐように移動して、隣室のエアロック準備室に入った。

 

 そこは比較的大きな部屋で、オレンジ色の宇宙服が、数多く壁際のロッカーにぶら下っている。


 彼は、磁気ソールを稼働(かどう)させて床に足を吸着きゅうちゃくさせた。

 無重力であるため、磁気で足を固定しないと歩けないのだ。


 太陽光パネルと蓄電池は弱りながらも生きているらしく、室内灯が()いていた。

「宇宙服が多いな」

 基地の規模から予想はしていたが、アルフォートの収容人員は相当な数だったようだ。


 ロッカーに近づき、ヘルメットの一つを手にしてドアまで歩くとオープン・ボタンを押した。


 シュッ、と音がして扉が開く。

 エアロックより、若干じゃっかん基地内部の方が圧力が高かったことは、顔に風を浴びたことから分かる。


 磁気を切って再び浮かびながら、アキオは、用心深くそっと廊下を(のぞ)いた。


 ミリオンには、ああ言ったが、この基地に、人がいる可能性は少しだけだがある。

 それは、彼ら同様、地球から人間がやってきている場合だ。


 エアロックと違って廊下は薄暗く、ところどころに設置された緑の誘導灯(ゆうどうとう)しか点灯していない。

 やはりアルフォートの電力は低下しているのだ。


 手にしたヘルメットを通路へ向け、投げる。

 攻撃がないことを確認して外に出た。


 アキオの腕の下、脇腹わきばらのあたりが開いて、変わった形の銃把(じゅうは)が見える。

 彼は、それを(つか)んで引き出した。

 元通り蓋がしまる。


 手にしたのはベレッタM93Rだった。

 装弾数(そうだんすう)20発と弾数(たまかず)も多く、短機関銃のように連射できる上、3点バーストで撃つこともできるため、今回のような任務には向いている。

 携帯するには大きな拳銃だが、機械化され大きくなった身体からすると問題なく持ち歩くことができた。

 無骨な人工指(ロボット・フィンガー)が入るように用心鉄(ようじんてつ)は大きく広げられ、本来、あるはずの折り畳み式のフロント・グリップは外してある。


「あんた、そんなものを持って来たの!」

 ミリオンが驚いたような声を上げた。

 正規軍の強化兵にはない装備だ。


「宇宙で実弾銃なんて――」

「問題ないだろう」

 彼の言葉にミリオンは反論できない。

 生身の人間なら、真空中のステーション内で、壁に穴をあける可能性のある銃を使うのは自殺行為だ。

 だが、彼らには特に問題はない。

 彼女も、知識として銃が真空中で発射できることは知っていた。


「人間はいないかもしれないが、()()()()ならいる可能性がある。武器は必要だ」

 そう言いながら廊下を進んで行こうとして、ミリオンを振り返る。

 腕を差し出した。


「手をつかめ」

「なぜ?」

「俺のエア・ジェットで移動する」

 無重力の広い基地内を、彼女のように壁を伝いながら移動するのは非効率だ。


 驚くほど速く、手を引っ込められるのを恐れるかのようにミリオンが彼の手を掴んだ。


 アキオは、左目の暗視機能(あんしきのう)を稼働させながら、エア・ジェットで空中を進み始める。

 流れていく通路を見ながら言う。


「現段階の俺たちの任務は二つだ。回収物の探索(たんさく)と――」

「帰還用脱出機を見つけること、ね」

「そうだ」

 しばらく進むと、壁に埋め込まれた基地内情報表示(インフォメーション)用のディスプレイが見えてきた。

 手前にある操作盤(コンソール)が薄く光っているところを見ると、なんとか使えそうだ。

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