516.敵性
「さっきから気になってるんだけど」
アキオと並んで座席に固定されたミリオンが、顔だけ彼に向けて話しかける。
「あんたの左目って作り物だろ。よくできてるけど色が違う」
正規兵とは違い、傭兵の装備は個性的だ。
そして、寄せ集めの集団で戦うことが多い彼らは、仲間内の裏切りに対応するため、本当に気を許した仲間以外に自分の特殊兵装は教えない。
そういった習慣から、最初は、俺は虹彩異色症だから左右の眼の色が違うだ、とごまかそうと考えたアキオだったが、考え直して本当のことを言う。
「そうだ」
作戦行動中に左目を失って以来、他の傭兵同様、長きに渡ってアキオも赤く光る単眼鏡のような、筒型の人工眼球を目に埋め込んでいた。
多機能義眼をメタル・アイリス=金属の虹彩と呼ぶのは、兵士一流の毒のあるユーモアだ。
肉眼を凌駕する能力を持つ人工眼球は、裸眼では識別できない遠方のものを確認し、赤外線や紫外線、いわゆる不可視光線を感知する機能が備わって使い勝手が良かった。
欠点であったバッテリーの持ちも、改良型が出るたび長くなり、いまでは充分に実用に耐えるものとなっていった。
彼はそれで満足していたのだが、先日、ミーナに強く勧められ、人工眼球にあった欠点を克服するため、大金を払って最新式の生体工学眼に変えたのだった。
「それで、大丈夫なのか?こいつは――」
そう言って、ミリオンは腕を伸ばしてブラックペンシルの壁を叩き、
「問題が多すぎて、ずっと前に稼働を停止したマス・ドライバー、いわゆるパチンコ発射台だ」
「良く知っているな」
アキオは感心する。
AIとしての彼女の年齢はせいぜい5歳程度だろう。
20年以上稼働しているミーナとは経験値が違うはずだが、さすがヘルマン製だけあって、データ・バンクは充実しているようだ。
彼の言葉に耳を貸さず、AIが続ける。
「ここのマス・ドライバーは長い距離をかけてロケットを加速するから、死ぬほど強い加速度は加わらないだろうけど、それでも義眼は危険じゃないか?」
「そうだな」
アキオが得意とする攻撃方法は、背面と足に埋め込まれたプラズマ・ジェットの加速によるスピード勝負の肉弾戦だ。
そういったタイプの攻撃方法を採る兵士には、人工眼球が致命的になることがある。
他の肉体部分より比重の大きい機械を埋め込んでいるために、急に動くなどして、身体が外部から強い加速度を受けると、慣性の違いから生身を傷つけてしまうのだ。
重い義眼が、周りの身体の動きに置いて行かれ、結果的に内部組織を破壊してしまう。
乗り物でも同様で、もし、人工眼球を付けたまま、マスドライバーに乗り込もうものなら、加速で頭部がめちゃくちゃに破壊されてしまうだろう。
それを避けるためには、面倒な手順を踏んで義眼を取り外さなければならない。
「問題ない」
彼は答えた。
「生体工学眼だ」
「へぇ、それが」
仮面のため表情は変わらないが、ミリオンは明らかに驚いた声を出す。
「重さも大きさも、ほぼ本物と同じで、機能は人工眼球より上なんだろう。いいな、それ」
傭兵なら当然口にするべき、高かったんだろう、という言葉は彼女から聞かれなかった。
それが、兵装を支給されるのが当然な正規兵であるからなのか、そこまで気が回らないのかは分からない。
兵装が基本的に自分持ちである傭兵は、稼いだ金の多くを、より優れた装備につぎ込む自転車操業を余儀なくされる。
漕ぐのをやめればすぐ死んでしまうのだ。
「発進10秒前」
室内に声が響いた。
カウントダウンがなされ、
「ゼロ、発進」
ブラックペンシルは動き出した。
「スリング・ショット・ロケットの場合は、離陸じゃなくて発進なんだな」
ミリオンが言う。
それが素なのか、そういった設定なのか、好奇心は旺盛なようだ。
「サイベリアなのに、トルメア語を使うのも不思議だ」
サイベリアは、トルメア同様、世界各国を取り込んだ共同体国家だ。
使用言語も、分野によってバラツキがある。
当然、AIは知っているはずだから、それは単なる軽口なのだろう。
ドライブ・ポッド同様に、地下パイプのつなぎ目で発生する周期的な音が、段々と速くなり、それにつれて加速度も強くなっていく。
側面と前面に開いた、小さな窓を走る光が、点滅から連続点灯のように繋がり始めた。
やがて、進行方向が上向きになると、さらに加速度が増加する。
ブラックペンシルの震動が激しくなり、バラバラになるのではないかと思った瞬間、窓から眩しい光が差し込んだ。
ダウラギリ山の山頂付近から外部に出たのだ。
そのまま、鉛筆は、進行方向をさらに上方に曲げられる。
いきなり、これまで激しく鳴っていた金属音が消えた。
垂直カタパルトから空へ飛び立ったのだ。
「この後は、監視衛星の隙間を縫って二回、ブーストをかけるんだな」
「そうだ」
「あんたは第3区域は何度目?」
ミリオンは、初めのうち彼をお前と呼んでいたが、今はあんたに変えたようだった。
「4度目だ」
「ということは、噂の地獄エリアから3度、生きて帰ってるってことか。大したものね」
今、気づいたが、彼女の言葉遣いには、その時々で微妙な揺らぎがあるようだ。
データベースの女性言葉と、アカネから教えられた言葉が混ざっているためだろうか――
やがて、2度に渡って、数秒間ブースト・ロケットが点火され、ブラックペンシルは秒速7.9キロメートル――第一宇宙速度に達した。
ブースト時間が短いのは、その言葉通り、星のごとく大量に静止衛星軌道上に浮かんで、敵性ロケットを監視、攻撃する軍事衛星に見つからないためだ。
「地球って、こんなふうに見えるんだ」
窓の外に広がる青く輝く惑星を見てミリオンが声を上げる。
「とても、水不足で戦争を起こしている星とは思えない」
首を起こして、ゆっくりと左右の窓を見やる。
「人によっては、この景色で考え方そのものが変わってしまうっていうものね」
無表情な仮面のまま、彼女は感動の言葉を発した。
「話に聞く地獄とは思えない。第3区域経験者のあなたはどう思ったの」
「特に地上と変わりはないな」
アキオが答える。
銃弾と砲弾、レーザーが飛び交う戦場と宇宙空間は、ミスをすれば一瞬で命を失うという点で何ら変わりはない。
前回までとは違い、今回の身体は完全機械化されているだけに、これまでより安全性は高まっているだろうが、何かが起これば死ぬことに変わりはないだろう。
鉛筆の前方に、銀と黒のまだら模様の基地が見えてきた。
経年劣化で、ステルス塗装がはがれているのだ。
「ドッキング・ベイは無事だといった――」
アキオの言葉が途中で途切れる。
アルフォートから、ミサイル照準がつけられたことを示す警告音が室内に鳴り始めたからだ。
「どういうこと?」
ミリオンが叫ぶ。
「どうやら」
アキオが言う。
「アルフォートは俺たちを敵だと思ってるらしい」