514.会話
「はい」
豹人の少女は胸の前で両手を重ねて、うなずいた。
肩口で白い髪が震える。
ヌースクアムの少女たちが彼女の元に走り寄った。
一番最初にルサルカに飛びつき、抱き上げたのはラピィだ。
雪豹が好きなようだったが、さっきアキオに掛けた言葉からわかるように、豹人も気に入っているのだろう。
赤い肌の大柄な少女が小柄で純白の少女を抱きしめる。
宙に浮いたルサルカの形の良い脚と尻尾が優美に揺れた。
シミュラも、手を伸ばして少女の頭を撫でている。
「仲がいいな」
アキオはそれを見ながらつぶやいた。
これまで、誰かがヌースクアムに加入する時は、多かれ少なかれ反発もあったような気がするが、ルサルカに関しては、ほとんどそれを感じない。
「アキオ」
背後から声がした。
振り返らなくともカマラだと分かるので、前を向いたまま彼は尋ねた。
「君は、彼女がやってきてもいいのか」
これまで、カマラはジーナ城に人が増えるのを嫌がっていたはずだ。
「あの方の資質は女王、あるいは指導者、つまりアルメデさまやシミュラさまと同じ枠ですから」
「枠――」
アキオは振り向いて美少女を見た。
「君は違うのか」
それを言えば嫌がるだろうが、カマラも、本来、その身は西の国の女王だ。
「わたしの本分は科学者ですし、この命はアキオを守るためにありますので」
そう言って、彼の腕を抱く。
前から感じていたが、この世界の少女たちは、地球より人の身体に触れたがる傾向があるようだ。
そう思いながら、彼は答える。
「そうだな」
もちろん、それは、この世界の一般的な傾向ではない。
この大陸でも、女性は軽々しく男に手を触れたりはしない。
目を離した隙に、どこかに行ってしまいそうな彼を、少しでも捕まえておきたいという彼女たちの気持ちが、そうした行動に駆り立てているのだが、アキオはそれに気づかないのだ。
「カマラが防刃服なら、わたしたちはナイフですね」
いきなり、カマラと反対側の腕に抱き着いたピアノとヨスルが横から口をはさむ。
それを言うなら「盾と剣」だろう、とアキオは思うが口にはしない。
暗殺を生業として過ごし、最近は、地球の武器を使った訓練も行っている二人なら、「武器はナイフで防御は防刃服」あるいは「銃と防弾服」となるのも納得できるからだ。
「それに、とても可愛い方ですから。あの猫のような耳と尻尾も魅力的です」
ヨスルが微笑む
彼の眼から見ても、最近の彼女の笑顔は柔らかく優しい。
だが――
アキオは、さっき思ったことを口にする。
「ああいった耳と尻尾なら、すでにラピィが――」
「彼女は別格です。忘れましたか?アキオ。ラピィはわたしたちよりずっと先輩ですよ。カマラは別として」
言われてみれば、彼女には、カマラの次、キィとほぼ同時に出会っているのだ。
「それに、ドッホエーベで彼女が見せた勇気と献身は……いま思い出しても胸がつまります」
あの時は、少女たちみんなに無理をさせた。
二度とあのようなことは繰り返してはならない。
そう考えたアキオの眼が厳しくなる。
そんな気持ちを読んだように、ピアノが彼の胸に掌を当てて言う。
「アキオ。済んだことです」
少女の手の温もりが、彼の緊張をほぐしていく。
「そうだな」
彼は言った。
「それに、ラピィは人間型になって耳と尻尾はなくなりましたからね」
「スペクトラは――」
「彼女の角は魅力的ですが、まだ身体の縮小が終わっていませんから」
その言葉は、少なからずアキオを驚かせた。
どうやら、スペクトラは身体を人間サイズにしているらしい。
そのようなことを言っていたが、技術的な問題から、実現するのは、まだ先だと思っていたのだ。
確かに、本来、人の大きさにすべきところを、途中で放置されてあのサイズで留まっていたのだから、サフランが手を加えて当初の予定通りの大きさに変えるのは順当な気がする。
この世界で生きていくにしても、大きすぎる身体は、多少不便だろう。
アキオがそう言うと、
「まあ」
ヨスルが声を上げ、カマラとピアノの緑と紅の眼が彼を見つめた。
「スペクトラが体を小さくする理由はひとつですよ」
カマラが言う。
「食料効率か」
「あなたに抱きしめてもらいたいからですよ、アキオ」
声が掛けられ、顔を上げると、ルサルカを先頭にヌースクアムの少女たちが立っていた。
言ったのはユスラだ。
「と、いうわけで――」
シミュラがうなずくと、カマラとピアノたちが彼から離れる。
とん、と後ろから衝かれた白い少女はアキオに倒れかかり、そのまま彼の胸に飛び込んだ。
手を回してしっかりと彼を抱きしめる。
アキオの手は、しばらく空中をさまよったが、最後には少女の身体を抱いた。
ルサルカは、そのまま彼の胸に顔をうずめていたが、やがて顔を上げると言うのだった。
「アキオさま――末永く、よろしくお願いいたします」