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510.離別

 それから二人は、それぞれが率いるチームのメンバーを選出していった。

 体力の有無は、全員が強化処置(フウーラライズ)を受けることが前提なので問題にしない。

 だから、必然的に、選出基準は科学知識を有する者というかたよったものになった。

 結果、メンバーの全員が科学局員となる。


 もっとも、墜落(ついらく)の衝撃で、科学局の多くのメンバーがすでに亡くなっているため、生き残った局員のほとんどが選ばれることとなった。

 ふたりは、そのひとり一人に連絡をとって探索への参加の有無を確認していく――


「しかし、本当に現存する機械(メーラト)を利用して高山を脱出することはできないんだな。何らかの簡単な乗り物を作ることも」

 別れ際にラモルが念を押す。

「脱出するべき人数が多すぎるのと、やはり、最初に底部格納庫(ていぶかくのうこ)に穴が開いたのが痛かった。あれで金属の備蓄(びちく)や探索用の機体や重機(じゅうき)、輸送機も全部やられてしまったからな」

 厳しい表情で話すマブゼに、ラモルが手を上げて納得の表情を見せた。

「そうだな。では明日」

「ああ、明日だ」



 その夜、食事を終えた彼は、リジリィと並んで食器を洗いながら話をしていた。

「こうやって一緒に暮らすまで、あなたが食器を洗うところなんて想像できなかったわ」

 なぜか、しみじみとした口調で言う少女の耳を、上から眺めながら彼がつぶやく。

「そうなのか」

 だが、考えてみれば、彼は、科学局にいる時はきょくの自動食堂で食べ、家にいる時は、昼、夜とリジリィのレストランに食事を頼んでいたのだった。

 朝食は当りまえのように抜いていた。


 もっとも――墜落で使えなくなるまでは、どこの家でも、食器は自動洗浄機で洗っていたはずだ。

 彼がそれを指摘すると、

「それはそうなんだけど……」

 少女は泡のついた手で、(あご)に指をつきそうになって、あわてて彼がそれを止める。

「あなたは、()()マブゼ博士なのよ」

 ()()、が、()()()()()なのかはわからないが、唇を突き出して言う少女が可愛くて、思わず彼は大きくうなずいた。


「世界を変えていく発見をする人が、今日食べた食器を洗ってるって、なんだかやっぱり少し変よ――さあ終わった」

 小柄な豹人ガータスの少女は、泡のついた手を洗ってタオルで拭く。

「誰でも食器ぐらい洗うだろう」

 それはそうだろうけど……と少女は言いかけ、鋭く首を振った。

「いいえ、違うわ。それぐらい、あなたはわたしにとって雲の上の人なのよ」

 そうして、彼女に続いて手を拭いた彼を背後から抱きしめる。


「俺はただの男さ」

 彼は少女の手をはずし、くるっと半回転して、片手で彼女を抱き上げた。

「正確にいうと、君のことで頭が一杯の哀れな豹人ガータスだ」

 彼の腕に座るように抱き上げられたリジリィは子供のように()()()()

「まあ、高いわ。あなたには世界がこんな風に見えているのね」

 そういって両手で彼の頭を抱えるように抱きしめる。

 少女の柔らかな胸が彼の顔に当たり、かぐわしく甘い匂いに包まれて、マブゼの鼓動は速くなる。


「でも、それは背の高さの違いだけじゃないわ。頭のいいあなたの目から見る世界は、きっとわたしが目にする世界とは違って見えているはず」

「そんなことはない」

「いいえ、あなたは特別な人。わたしのそばにいてくれるのは、ほんの少しの間だけ、それは分かっているのよ」

 おそらく、リジリィは、彼女一流の勘の鋭さで、彼が何かをしようとしていることに気づいているのだろう。

「リジリィ」

 少女の胸から見上げた彼の顔に、暖かな涙がこぼれ落ちてくる。

「こんなことをいったら、皆から恨まれるかも知れないけれど、わたしはね、あなた――」

 少女の腕に力がこもる。

「この大災害が起こって良かったと思っているの。たくさんの人が亡くなって、その中には、わたしの両親も含まれているのに」

 彼女は、両方のてのひらで彼の顔を挟んで、じっと見つめる。

「そうでなければ、あなたは決してわたしを見てくれなかったから。家族を失ったわたしだからこそ、あなたは引き取ってくれたんだもの」

「君は俺を大きく考えすぎている。さっきもいった、俺はただの男だ。ちょっと科学が得意なだけの――」

 彼の言葉を受けずに、少女が静かに告げる。

「さっき、テスミンと話したの」

「テスミン?」

 確か、科学局の情報処理職員だ。

 主演算装置と記憶回路が破壊されたので、今は避難市民の対応をしている女性だった。

 年齢は、リジリィと同じくらいだろう。

「ラモルさんが、スーリバッドを守るために、都市の外に出るっていってたって」

 それで彼は思い出した。

 ラモルの家の大家おおやはテスミンの父親だ。

 おそらく、部屋で飼っているポジを預ける時に、その話をしたのだろう。

「あの人が出かけるなら、必ずあなたも一緒でしょう」

 それを聞いて、迷っていたマブゼは心を決めた。


 彼は少女を抱いたまま歩くと、部屋の隅のベッドに少女をおろした。

 自分はその横に座る。

「テスミンのいうとおりだ。俺とラモルは、スーリバッドを救出するために外に出かけることになった」

「やっぱり」

 少女の小さな手がきつく握りしめられる。

「でも、心配はいらない。ちゃんと準備と用意をするから危なくはないんだ。約束する。絶対に俺たちは死なない」


 そして胸の中で続ける。

 確かに俺たちは絶対に死なないだろう。

 それどころか、おそらくスーリバッドの誰より長生きもするはずだ。

 知性なき獣として――


「本当なの」

「本当さ」

「約束してくれる」

「もちろん」

 そこで、少女はやっと笑顔を見せてくれた。

 彼の大きな体に抱きついてくる。


 良かった。

 マブゼは心でひとちる。

 豹人ガータスとしての最後の夜に、愛する少女の笑顔を見ることができた。


 今、彼女に事実を教えられないのは、彼の弱さのせいだ。


 いずれ彼女も真実を知り、彼を恨むようになるだろう。

 憎むかもしれない。


 少女の頭を撫でながら彼は天を仰ぐ。


 それでも、マブゼは今この時だけでも、リジリィの笑顔を見ていたかった。


 その笑顔は、やがて彼の末路(まつろ)を知って消え去るかもしれないが、その()()()()を無くさないために、彼は豹人ガータスであることを捨て、極寒の地に足を踏み出すのだから。

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