051.再会
数分してミーナは復活した。
口々に少女たちに、からかいの声を投げ掛けられる。
「ムサカの肉を焼くから、手伝いに来てくれ」
アキオがギャレーから顔を出して言った。
「はい」
すぐに、ピアノ、ユスラ、ミストラが立ち上がる。
ヴァイユは腰を浮かしかけたが、少女たちが小走りに向かうのを見て椅子に座りなおした。
ユイノは初めから立とうとしない。
「感心だねぇ」
そういいながらお茶を飲んでいる。
「あ、アキオ、今日のメニューは?」
ミーナが尋ねる。
「あるものを食べるだけだ。ムサカとシュテラ・ゴラスで買ったパンだな」
「ああ、パオカゼロっていうあの堅焼きパンみたいなのね」
ミーナの言葉でヴァイユは嬉しくなる。
パオカゼロはシュテラ・ゴラスの名物で、堅くて美味しい主食だ。
アキオたちのいうパンというものは分からないが、彼らの世界の食べ物なのだろう。
赤い眼の少女がパオカゼロを運んできてテーブルに並べた。。
ピアノというその娘は、美しいけれど、どこか冷たい感じがしてヴァイユは苦手だった。
続いて、ユスラがムサカの皿を持ってくる。
特徴的な桜色の髪が綺麗な黒髪になった少女は、今まで見せたことのない穏やかな表情をしている。
これまで、その細い体にかかっていた恐ろしいほどの重圧がなくなったからだろう。
この笑顔を見られただけでも、ミストラと謀ってアキオに彼女のもとへ行ってもらった甲斐があると思う。
最後にミストラが飲み物をもってやってきた。
伯爵令嬢として育った彼女は、給仕などしたことがないはずだ。
それでも慣れない手つきながら、きれいにカップをテーブルに並べていく。
三人ともタイプは違うが美しかった。
ヴァイユは向かいに座る紅髪の少女を見た。
出会ってすぐに大好きになった舞姫は、嬉しそうに鼻歌を歌いながら食事を待っている。見ているだけで微笑ましくなる笑顔だ。
ヴァイユは、横を向いて、車内の鏡に映る自分の姿を見た。テーブルに座る、どこにでもいるようなプラチナ・ブロンドの少女がそこにいる……
ふと彼女は、美しい少女たちに囲まれて自分が場違いな場所にいるような気になった。
自分にできるのは、ちょっとした数字の計算だけだ。
さっき、アキオは、ミーナ以外はだれも同じ、というようなことを言っていたが、そんなことはないと思う。
「ヴァイユ」
インナーフォンにミーナの声が響く。
「どうしたの。暗い顔になってるわよ」
「いえ、みんなきれいだなと思って」
小さな声で少女がつぶやく。
「まあ」
ミーナがインナーフォンで大きな声を出す。
「輝く銀色のブロンドで、夢みるような金色の瞳をしたあなたが何をいうの」
「でも……」
「うーん、そうね。いいことを教えてあげるわ。今日、アキオにね、あなたたちのどこを見てるか聞いたの。どこだと思う?」
「さあ」
ヴァイユは返答に困る。英雄であるアキオがまさか胸とかは見ていないと思うが……やはり顔だろうか。
「バイタルと眼と眼の間だって」
「え」
「バイタルっていうのは、生命兆候、簡単にいうとあなたたちの健康状態よ。彼は、ナノクラフトでそれがわかるの。眼と眼の間っていうのは、顔のどこも見てないっていうことよ。つまりね――」
ミーナは続ける。
「外見じゃなくヴァイユが元気でにっこり笑っているかどうかを彼は見ているの。あなたの英雄を信じなさい。彼は見かけの美に重きを置かないわ」
「はい」
ヴァイユがにっこり笑った―――ちょうどその時、
突然、馬車の扉が開いた。
皆が一斉にそちらを見る。
そこには、白いコートを来た人物が立っていた。フードをかぶっている。体つきから女性のようだ。
女性は車内を見渡して言った。
「こんばんは――」
良く通る美しい声だった。少女のようだ。
「えーと、あんたは?」
ユイノが困ったような顔をして尋ねる。
「あなたはユイノさん。そしてあなたはヴァイユさん」
少女は言い、何ごとかとギャレーから顔を出す三人の少女を見て続ける。
「ミストラさん、ユスラさん、そして――ピアノさん」
「あ」
ミーナが絶句する。
「キューブも探さずに、こんなにきれいな人たちに囲まれて……」
ギャレーからアキオが出てきた。
「いったい何をしているの、アキオ!」
言いながら少女がフードを取った。
銀色の髪が滝のように流れる。
車内の皆が息を呑んだ。
まばゆい銀色の髪に緑色の瞳の少女があまりに美しかったからだ。
「誰だ」
アキオが言った。
少女は、つかつかとアキオの目前まで歩き、彼を見上げる。
「きれいな女の子に囲まれ過ぎて、わたしも忘れましたか、アキオ」
「カマラか――」
アキオがつぶやき、
「アキオ、久しぶりなんだから、言葉に――」
気をつけて、と、ミーナがインナーフォンでアキオに叫ぼうとしたが――
「話し方がしっかりしたな」
「――」
「背も少し伸びたか」
ミーナがこころで額に手をやる。
久しぶりにあった親戚のおじさんではないのだ。
「こんな短い時間で背は伸びません。それより――」
少女はアキオの腕に手を置いた。
「魔法の話は聞きましたか」
「ああ。よくやった、カマラ」
そういって、アキオは少女の頭を撫でる。
「子どもではありません」
「そうか」
「あれからWBについて新しい発見が――」
「あの……カマラ、みんなこれから食事をしようと思っていたんだけど」
ミーナが遠慮がちに言う。
少女はエメラルド色の眼を上げ、
「ああ、そうね。ミーナ。皆さん、申し訳ありませんでした。どうぞ、お食事をなさってください」
そういって、軽く頭を下げる。
「ただ、アキオはちょっとお借りします」
アキオの袖を引いて、研究室へ入っていく。
パタリと戸が閉まった。
「いやいや」
ユイノがため息混じりに言う。
「きれいな娘だねぇ。あれが……」
「カマラよ。みんなには話したでしょう」
ミーナが言う。
「美しい方ですが、ちょっと冷たい感じがしますね」
ピアノが言い、ヴァイユは呆気にとられる。
「冷たいほどきれいなのは、あんたとどっこいどっこいだよ」
ユイノが皆の感想を代表して言う。
「……」
その後、しばらく皆が黙り込み――
「やっぱり、気になるよね――」
そういって、ユイノが研究室の扉に近付いた。
「いけません、ユイノさん」
ミストラが止める。
「あんたたち気にならないかい」
「気になります!」
ヴァイユが叫ぶように言い、皆が驚いた顔をする。
ユイノが扉をそっと開け、隙間から覗いた。
「!」
舞姫はすぐに扉を閉める。
「なんです?」
ミストラが尋ね、
「どうして、そんなすぐに――」
ユイノが顔を真っ赤にしているのを見て、言葉を切った。
ミストラは黙ってラボに近づき、扉を開けて覗く。
順番に少女たちは隙間を覗き、最後のユスラが静かに扉を閉じた。
「ピアノさんは?」
ユスラの問いに、ピアノはゆるゆると首を振る。
少女たちは、脱力して椅子に座り込んだ。
「なんだい、あれは」
「あんな冷たい表情で――」
「あんなに冷静な印象なのに――」
「中身は……」
「メロメロじゃないか!」
ユイノがミーナの言葉を使う。
「彼女を許してやってね」
初めてミーナが口をだした。
「久しぶりにアキオにあったものだから――」
「いいさ、話はあんたから聞いてるしね。わかるよ」
ユイノが鷹揚に言う。
「あの人が、この間まで言葉も話せなかったカマラさん……」
ミストラが言い、
「きれいな人」
ヴァイユがつぶやく。
「―――」
ピアノは何も言わない。
しばらくして、アキオとカマラが研究室から出てきた。
少女は、さっきと同じように落ち着いた雰囲気だが眼が赤かった。
ヴァイユたちのカマラを見る目が、目に見えて暖かくなる。
「カマラ、自己紹介して」
ミーナに促されて、カマラがテーブルにつく少女たちに向かって頭を下げた。
「初めまして。わたしはカマラ。カマラ・シュッツェ・ラミリス・モラミス」
「え!」
少女たち全員が驚いて立ち上がる。
「こらこら」
アキオがカマラの頭を押さえる。
「いつからそんな名前になった?」
「最初から。生まれた時からわたしはカマラ・シュッツェ・ラミリス――」
「ミーナ!」
「あー、アキオ、とりあえずは、その名前で――」
「ダメだ」
「じゃあ、一つだけなら?キイだってモラミスを使ってるんだし……カマラもわがままいわないで」
ミーナが必死に説得する。少女たちは全員彼の名を欲しがってるのだ。
「だったらシュッツェ。カマラ・シュッツェ」
カマラが躊躇なく答える。
「シュッツェがいいの?」
ミーナが尋ねる。
「シュッツェ、サジタリウスはケンタウロスが弓を引く姿。かならずアキオの心を射抜く象徴」
カマラが地球語で言う。
「この世界にはない星座だ」
「だからいい!この世界にはなくてあなたの世界だけにある星座の名だから」
「勝手にしろ」
アキオも地球語で言った。
「話し合いの結果、カマラ・シュッツェに決まりました」
自分たちにわからない言葉で交わされた会話に眉をひそめる少女たちにミーナが説明する。
「さあ、ちょっと冷えたけど、食事にしないかい?カマラも食べるだろう」
微妙な空気を変えるように、ユイノが元気に言う。
カマラはうなずいてテーブルについた。
皿を一枚増やし、食材を切り分けてみんなで食事を始める。
食べるうちに、皆の気分が明るく変わっていった。
さらにミーナが会話をコントロールし、楽しげな雰囲気のうちに食事は進む。
少女たちが暖かく接するうちに、初めのうち硬かったカマラの態度も柔らかく変化しはじめた。
「ちょっと、研究室に行く。ミーナ、来てくれ」
食後、アキオがそう言い残し部屋に入った。
「やっぱりアキオはミーナなんだねぇ」
ユイノが軽く言う。
「一緒に過ごした時間が違うから」
カマラがつぶやく。
「そうそうカマラ、さっき傑作なことがあってね」
ユイノがそういって、ミーナがフリーズした話をする。
「そうでしょうね」
カマラが言う。
「ミーナは色が違うもの」
「ああ、そうですね」
ミストラとヴァイユが同意の声を上げた。
「色?なんだいそれは」
ユイノが不思議そうな顔をする。
「待ってください」
そういって、カマラが袖をまくってアキオに似たアーム・バンドを出し、軽く触れた。
「大丈夫です。ミーナは、いま、アキオとの会話にかかりきりで、ここにはいません」
「そんなことがわかるんだ」
「ええ」
「それで、色って?」
ユイノがテーブルに肘をついた腕に顎を乗せて聞く。
「皆さんは、アキオがその人のことを考えている時、色を感じませんか」
カマラが尋ねる。
「色?わからないねぇ」
ユイノは言い、
「ピアノは?」
「わかります」
「わかるんだ!」
それからユイノが一人ずつ質問し、ピアノ、ミストラ、ヴァイユ、カマラに『色』を分かることが判明した。
「なぜ、あたしとユスラだけがわからないのかねぇ。それで、どんな色なんだい」
「そうですね。ほとんどの場合、色はありません」
ミストラがいう。
「でも、ここにいる人のことを考える時、アキオの周りは、少し赤くなります」
「わたしも、アキオと別れる前はよく分からなかったけど、今、再会してはっきりとわかるようになりました。わたしたちのことを考えると赤く、科学や行動計画を考えるときは青色に近くなるんです」
カマラが言う。
「そう、戦闘計画を立てるときや実際に戦っている時は青で――」
ピアノが続ける。
「わたしたちのことを考える時は、ピンクになったり赤くなったり、ですね」
ヴァイユがうなずいた。
「さっき、カマラさんが来たと分かった時は、結構濃い赤でしたよ」
ミストラが言う。
「そうでしたか?」
「でも、ミーナと話したり、考えたりするときは……」
「なんていうのでしょう。赤ではなく、ピンクのような、橙色のような……」
「優しくて、暖かくて、ちょっと悲しさの混じった感じの色ですね」
ヴァイユが言い、
「まるで片思いの恋みたい。さすがミーナです」
ユスラが微笑む。
「でも、もっとすごいのは……」
ピアノが口ごもる。
「ええ、そう、わたしも驚きました」
「本当に……」
『色』の分かる少女たちが一様にうなずく。
「ええ!ミーナより、すごい反応の娘がいるのかい。それは……噂のキイさん?」
「いえ、まだキイさんがどんな色かは分かりません」
「じゃあ、誰なんだ?まさか、あの女性?」
「違います」
少女が揃って否定する。
「じゃあ、誰なんだい。じれったいね。教えておくれよ」
「ラピィです」
ヴァイユが言い、他の少女たちがうなずく。
「え」
「ああ、あのケルビですね」
ユイノが驚き、ユスラが納得したようにつぶやく。
「確かに、ここに帰った時も、アキオはまっすぐに彼女のところに行っていましたね」
「なんだい、あたしたちはケルビより下ってことかい……でも、それはそれでアキオらしいねぇ」
「そうです」
ヴァイユが言う。
「あの方にとっては、人間であろうがケルビであろうが関係ないのです」
「ラピィに触れ、彼女のことを考える時のアキオの色は……赤くて、ピンクで、ところどころ橙色で、暖かくて本当に綺麗な色なんです」
「へぇ、そうなんだ。あたしたちも見てみたいねぇ、その色。なんで、あたしとユスラだけ、それが見られないんだい」
ユイノが悔しそうな顔をする。
「理由ならはわかるわよ」
突然ミーナの声が響く。
「ちょっと留守にしている間に、面白い話をしてるんだから」
「いや、まあ、ただの世間話だよ。それで理由は?」
「色のわかる娘たちのナノ・マシンは、アキオが血を分けて与えた同種株のマシンなのよ。だから近くにいると、少しずつアキオの精神状態があふれ出て分かるのね」
「でも、わたしたちは、ユイノさんからもらった液体でナノ・マシンを……あ」
ヴァイユがそう言いかけて気づく。
「あの時の、アキオさまの血が――」
「ああ、ゴランからあんたたちを守ってアキオが血を吐いた、あれが身体の中に……」
ユイノが思い出す。
「そうだったのですね」
ミストラとヴァイユが手をとりあう。
「そうね。そうやって何らかの形でアキオのナノ・マシンが体内に入っているとマシン同士がシンクロして影響を受けるのよ」
「研究テーマとしても面白いわね。ミーナ。いつか調べてみましょう」
カマラが提案する。
「へぇ、そういう理屈なんだ。でも、それよりも今は血だね」
ユイノがユスラを見る。
「はい。わたしも欲しいです。アキオの血」
「可愛い顔して、怖いこといっちゃダメよ」
ミーナが慌てる。
「あんたは教えてくれただろう。今、ここにいないキイもアキオの血をもらってるって?」
「あー、そうね」
「じゃあ、あたしたちも貰わないとねぇ。アキオの血」
ユイノが悪い笑顔で笑い、ユスラもそれに和した。
「なんだか怖いです」
ミストラとヴァイユが身を寄せる。
「大丈夫です、ユスラさま。アキオならきっと血をくれます。たくさんの血を」
ピアノが断言して、ヴァイユは少し引きながらも少女を見直す。
だが、交わされる言葉だけを拾うとおぞましい会話だ。
それが麗しい少女たちによるものだと知ると、なおさらインパクトがある。
研究室のドアが開いて、アキオが出てきた。
「アキオ!」
立ち上がったユイノがアキオに近づく。ユスラがそれに続いた。
さっと、舞姫がスカートの裾を跳ね上げ、すんなり伸びたきれいな脚のガーターから細いナイフを抜きだす。
「どうした」
尋ねるアキオを見上げて少女はナイフを差し出した。
「アキオ、血をおくれ!」
「わたしもください!」
「なぜ」
「理由なんていいんだよ。早く血をおくれってば」
「そう血です、アキオ」
ナイフを差し出しながら、ふたりの美少女が、血、血と迫る姿を目撃し、ミーナは車内との接続を切って本体のジーナに戻ろうとした。
が、
「ミーナ」
アキオに呼び止められる。
「何かなぁ……」
「この説明はあとでしてもらうからな」
結局、その後アキオは少女たち全員と長い口づけを交わすこととなったのだった。