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502.調査

 静かな部屋に、3体の雪豹サンバルかじる食料の音だけが響いている。

 アキオに言われて、ラーカムが守護獣に餌を与えたのだ。


「ルサルカ」

 沈黙を破ってアキオが言った。

「はい」

「君の脳はあと少しで再生が完了する」

「そんなに簡単なものなのですか?」

「そうだ」

 アキオがうなずく。


 意思決定と記憶をつかさどることから多くの者が錯覚しているが、脳は、その構造自体、生体器官バイオ・オーガンとしては、肝臓などに比べても単純だ。

 重要かつ繊細(せんさい)なのは、その脳内に形成されるニューロン・ネットワークと神経接合シナプスなのだ。


「それまでスーリバッドについて教えてくれるか」

「わかりました、ですが――」


 銀色の少女は、都市が()ちてから1万年が経ち、自分が執政官になる1026年前の時点で、すでに多くの知識と情報が失伝しつでんしてしまっている、と言った。


墜落(ついらく)の段階で多くの市民と技術者メーラタが失われ、飛行装置ミンガを含む、都市機能の多くが壊れてしまったのです」


「君は、第9浮遊都市といった」

「はい、このスーリバッドは、世界に9つあるうちの、最後に作られた浮遊都市なのです」

「他の都市はどうしたの?」

 シジマが問う。

「やはり、1万年前に墜落しています」

「そうなの」

 おそらく、ドラッド・ジュノスによって落とされたのだろう。

「堕ちた後で、他の都市と連絡は取り合ってなかったの」

「7つの都市とは、初めの百年間は連絡を取り合っていたようですが、今は会話用の装置メーラトが壊れて連絡がつきません」

「ひとつ足りないよね」

 少女が指摘する。

 確かに、第9都市まであって、7つと連絡が取れたのなら一つたりない。


「最初に作られた、人口500万人の世界最大の第1浮遊都市とは初めから連絡が付かなかったようです。極北にいたことはわかっているのですが」


 シジマがアキオに目配せする。

 おそらく、その都市の成れの果てが、カマラが極北で見つけた巨大遺跡なのだろう。


「都市が堕ちた原因は分かっているのか」

「マキュラの濃度が急激に減ったためとされています」

 科学文明を嫌ったドラッド・ジュノスが落としたとは思っていないらしい。


「君たちは魔法が使えるのか」

 アキオが聞いた。

「魔法とはなんですか?」

「いや、それはいい」

 彼女は魔法を知らない。

 ジュノスが彼女たち豹人ガータスを進化させた時に、初めからWBを与えなかったのか、あるいは後に彼ら(ガータス)自身がWBを取り去って、科学文明に特化したのか――おそらくは後者だろう。


「脳の再生が完了したよ」

 シジマの言葉に、ルサルカが、さっと立ち上がった。

「では、浮遊装置ミンガの間へご案内いたしましょう。それまでに、現在のスーリバッドの様子をお見せできると思います」

 そう言いながら、先ほどまでとは、まるで違う、しっかりとした足取りで歩き始める。

 脳が再生強化された効果だろう。


「気分はどうだ」

「なんだか頭の中の霧が晴れたような、清々(すがすが)しい気分です」

「そうか」

「さあ、こちらへ」

 弾むような足取りで歩いていく銀の少女の後を、シジマ、アキオ、ラーカムと食事を終えた3体の雪豹サンバルがついていく。


 通路の左側は巨大な透明壁になっていて、その向こうには、ビル群がそびえ立っているが、窓にあかりはなく、廃墟然はいきょぜんとしている。


「かつて、100万人の人口を誇ったスーリバッドも今は1284人に過ぎません。その原因は――」

「食料不足か」

「はい。本来、世界を満たしていた豊富なマキュラを使って空を飛び、電力をまかなってきたこの都市も、マキュラの枯渇こかつしたサラムプルナの山頂では、気温を保つだけで精いっぱいなのです」


「何をエネルギー源にしているの」

「天井ドームに張られた、非常用光変換パネルを使っています」

「太陽光発電かぁ」

 シジマが腕を組む。

「こうしてみると、天井部分上空はいつも晴れてるみたいだし、かなり高効率こうこうりつなものだろうけど、ここを隠しているあの雪嵐、ニブリエフだった?あれを生み出して、この都市内の温度を293ケルビン(摂氏20度)程度にするだけで手一杯だそろうね」


「はい。ごらんください」

 少女の指し示す先では、ビルの合間の、かつては公園であったらしい土壌から農作物を収穫する市民の姿があった。


「市民は、懸命に農作物を育ててくれていますが、年々室内温度がさがるために、その発育も悪くなっているのです」


 ルサルカは天井を指さした。

「さらに、ドームに500枚張られていた光変換パネルも一つずつ壊れていて、今稼働しているのは200枚あまり、それもここ数年は機能停止が加速しているのです」


 銀の少女は、変わらないはずの表情を悲しく見せながら続ける。


「おそらく、アキオさまたちが来られた時、ずいぶん簡単に都市内にお招きしたと思われたでしょう」

「そうだな」

「かつては、様々な防御装置に守られていたこの都市の、現状における最大戦力は、この守護者ラーカムと3体の守護獣だけです。それが、あれだけ()()()()()負けてしまえば、わたしたちに対抗する手段はありません」

 申し訳なさそうに頭を下げる少女ラーカム気にするなと手を振りながら、ルサルカが続ける。

「どのみち、何かが起こり、状況が変わらない限り、この都市はあと数年たたないうちに機能不全を起こして、わたしたちは全滅してしまいます。それならば、強い力をお持ちのあなた方におすがりするべきだと考えたのです」


「正しい判断だったね。アキオは、決してあなたたちを見捨てたりしないよ。もちろんボクも」

「ありがとうございます」

 少女が歩きながら頭を下げる。



「こちらが浮遊装置ミンガになります」


 止まったままの自動階段エスカレーターをいくつも歩いて降りた一行が、都市最深部に現れた巨大な三角形の門をくぐると、ルサルカが美しい銀色の指で指し示した。


 その先には、向こうが霞むほど続く、巨大な乳白色球体の列が並んでいる。

「このひとつひとつが浮遊装置なの?」

「そうです」

「じゃあ、見せてもらうかな。絶対に危ないことはしないから安心して。心配だったら、誰か監視をおいてくれてもいいよ」

 目を輝かせるシジマの言葉にルサルカが笑う。

「危ないこと――それが分かる者が残っていれば、修理も可能だったでしょうね。では、ラーカムたちは、シジマさまとここに残って、あなたの知る限りの知識でお手伝いしなさい」

「ルサルカさまは」

「わたしは、もう少し、ヌースクアム王アキオさまをご案内しながら今後のことにについてお話をします」

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